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極限報道#66 予定稿「防衛戦略研は殺人組織だった」 大神渾身の記事はボツなのか!

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は自らの体験と取材して得た情報に、ほかの社会部員が「シャドウ・エグゼクティブ」から聞き取ったデータを加え、原稿を書き始めた。


 「防衛戦略研は殺人組織だった」という仮タイトルにしたが、いざ書いてみると難しい。おまけに興梠警視庁キャップからは、情報源を示すクレジットで、警察は捜査途中なので一切使わず、独自取材オンリーで書けと念を押された。原稿はデスクを通さなければ紙面にならない。とにかく記事になることを最優先させて、相当抑え気味の原稿にしてみた。



朝夕デジタル新聞社

スクープ記事(予定稿)


 「防衛戦略研」、暴力組織使い、敵対する人物を標的に攻撃 

 「孤高の会」とも連携して活動


 日本の防衛、戦略面での調査、研究を行うシンクタンク「日本防衛戦略研究所」(防衛戦略研)が、殺人事件で摘発された暴力グループ「雲竜会」を結成し、事件を起こしていたことが、朝夕デジタル新聞社の調べて明らかになった。「雲竜会」のメンバーは社会評論家、岩城幸喜氏を殺害した容疑で3人が逮捕されているほか、記者を拉致した事件でも4人が逮捕されている。いずれも「防衛戦略研」トップの指示だった。「防衛戦略研」は、政治集団「孤高の会」とも密接に連携をとっており、「孤高の会」の防衛に関する主義、主張に反対の立場をとる人物を標的にしていた。


 「防衛戦略研」は戦後、日本の防衛について研究する一般財団法人として設立され、10年前に株式会社になった。社長と常務は防衛省OBが務めているが名ばかりで実権はなく、実質的な運営は、三友不動産の後藤田武士社長をトップとする「シャドウ・エグゼクティブ」という名称の幹部10人による「最高幹部会」が担っている。


 朝夕デジタル新聞社の調べや、「防衛戦略研」の複数の幹部の話によると、「雲竜会」は後藤田社長が2年前に資金援助して結成した暴力グループ。社会評論家の岩城氏は、新宿・歌舞伎町で男たちに囲まれてナイフで刺されて殺された。犯人グループ3人が逮捕されたが、いずれも「雲竜会」のメンバーだった。けんかの末の犯行とされているが、岩城氏は「防衛戦略研」が謎の多い組織だとして独自に調査しており、口封じのための計画的な犯行だった可能性がある。


 朝夕デジタル新聞の社会部記者、大神由希と知人の弁護士が拉致された事件でも、「雲竜会」のメンバー4人が逮捕された。大神記者は直前に「防衛戦略研」本社で常務取締役を取材し、疑惑の数々について質問していた。女性弁護士を襲って右手に大けがを負わせた大学教授は、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」の1人。不正について大神記者から具体的な取材を受けて危機感を持った「防衛戦略研」が、「雲竜会」を使って2人を拉致し、情報源を探ろうとしていたものとみられる。


 さらに大神記者は、港区赤坂周辺再開発地に完成した劇場で、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」9人に囲まれ、「シャドウ・エグゼクティブ」になるように勧誘を受けた。断ると、2人にナイフで刺された。そのうちの1人である競泳選手の遠藤駿容疑者は殺人未遂の疑いで警察に逮捕されたが、調べに対して、「交際していたが別れ話を切り出されてカッとなって刺した」と供述している。しかし、大神記者は「交際の事実はない。後藤田社長の指示で私を殺そうとしたことは明らかだ」としている。


 「防衛戦略研」と「孤高の会」は互いに連携して活動。その周辺では事件や変死事案が頻発している。全身を刃物で刺されて殺害された「トップ・スター社」の伊藤社長は「防衛戦略研」の顧問。生前に書き記したメモには、「『シャドウ・エグゼクティブ』は自らの手で敵対者を殺すことで結束を図っていく」と書かれていた。

 

 建設中の「タワー・トウキョウ」から転落死した金子代議士は、「孤高の会」の中心メンバーであり、「防衛戦略研」のパーティなど会合にもたびたび出席していた。金子代議士は亡くなる前、両組織の不正を平然と行う姿勢や方針に反対の姿勢を取っていた。

                                        止



 長文の本記原稿だった。あらっぽい予定稿だったが、一面トップを想定した。劇場で大神が襲われたときのことは「被害者の証言」として社会面で詳細に書くことにした。ほかにも「違法な金の調達」についても防衛産業からのキックバックの実態についてわかっている範囲で記事にして社会面に載せようと考えた。


 一面本記の予定稿は、井上キャップから社会部のデスクに渡たされた。編集局長兼社会部長になったばかりの西川や編集局長補佐も参加して、この原稿の扱いについて会議が開かれた。

 辛島は出席していない。というか、大神と鉢合わせして以後、出社していない。大神が辛島の所在を秘書や西川に何度も尋ねたが、連絡がとれなくなっているらしい。


 大神と橋詰が待機していた控室に、2時間後、西川が顔を出した。


 「この原稿は、まだ紙面に載せられない。今のままでは無理だ。この記事は、政権がひっくり返るほどのインパクトがある。それだけの内容にしては、証拠が不十分だ。記事になって訴えられても勝てるような絶対的な証拠をもっと揃えなければならない。編集局長兼社会部長の立場として、ゴーサインは出せない」


 「原稿に書かれたファクトに誤りはありません」

 「だが、『事実無根』だと抗議が来た時に、支えになるものはなんだ。捜査当局がただちに摘発するならば別だが、その動きはまだないようだ。殺人の現場を直接見たのか? 大神の体験談が出ているだけだ。金子代議士は亡くなっていて、田森は凶悪犯として逮捕されている。そもそも知能犯罪ならばともかく、凶悪事件は捜査機関が十分な捜査をした上で、なお裁判にかけて確定するものだろう。警察が捜査中なのに先んじて報道するのは、危険すぎる」


 西川の見解は、正論と言えば正論だ。原稿は、大神が自ら体験したり、見聞きしたことが拠り所になっている。つまりクレジットは大神なのだ。第三者の証言や物的証拠が乏しいという、致命的な欠陥があることは大神自身も理解していた。現時点で「出稿できない」と上層部が判断すれば、受け入れるしかない。


 「わかりました。原稿を引き上げます」

 大神はそう言ったが、橋詰は反論した。

 「俺は納得できませんね。これ以上、どんな証拠を集めろというんですか? 無理ですよ、そんなの。大神先輩の証言以上の証拠なんてありませんよ」


 しかし、状況は変わらなかった。


 「乾坤一擲」の気持ちで出稿した原稿だったが、日の目を見ることはなかった。これまで積み重ねてきた突撃取材、先輩、同僚の協力のもとで進めてきた詰めの作業、田森からの死を覚悟した上での情報提供……。それらすべてを取り込んでニュースとして扱ってもらえるように抑え気味に書いた原稿だったが、それでも上層部からストップがかかった。


 事件報道は、捜査当局の調べに沿って記事が書かれてきた。「夜討ち朝駆け」で捜査の進捗状況を刑事や警察幹部から聞き出しては、「特ダネ」として他社に先んじて速報するのが事件記者だった。事件記者として優れた者は「敏腕」と言われ、表彰される。表彰の数が多い者が、出世の階段を駆け上がっていった。


 しかし、報道の手法も意義も評価も、ネットの隆盛で変わっていった。捜査機関が確実に発表することが決まっている案件を、1日早く他社に先んじて書いたとしてなんの意味があるのか。そんな根本的な問い掛けがされるようになった。


 事件記者の地位は相対的に下がっていった。速報性で圧倒的に有利なネット、お茶の間へさっと浸透していくわかりやすいテレビニュースに対して、紙の新聞は「調査報道」に活路を見出そうとした。全国に広く取材拠点を持ち、記者の数では他の媒体を圧倒している。嗅覚の鋭い精鋭たちを集めて「調査報道班」に投入した。


 そうした記者がいなければ将来にわたって表面化しなかったであろう「隠された真実」を暴いていく。その点では、実践の場で十分な記者教育ができている新聞社が優位であるという考えの元で生き残りを図ろうとしてきた。


 権力には、表もあれば裏もある。しかし、裏側は巧妙に隠されており、市民の目にはなかなか見えてこない。税金の使い道も、その一つだ。疑惑の端緒をつかんだ報道記者が、裏付けを取りながら真相を追い、記事にしていく。有権者が民主主義の根幹である選挙に向かう際、判断の材料を提供するのは当然の務めであり、記者の責任、義務である。


 その流れからすれば、たとえ凶悪事件だったとしても、調査報道チームが捜査当局に先んじて真相を暴いたとしてもいいはずだ。


 しかし、いざ、そんな原稿を目の前にすると、上層部は二の足を踏む。「もっと証拠を集めろ」「核心にいる当事者に記事の骨格部分を認めさせて、実名で証言をさせろ」と言っては再取材を命じる。


 記事化のハードルは、限りなく高い。しかも、今回は捜査着手がいつになるのかわからない。その間に「孤高の党」が政治の実権を握ってしまうかもしれない。独裁政権になれば、捜査機関へ圧力をかけることなど容易いはずだ。そうなる前に「孤高の会」と「防衛戦略研」が積み重ねてきた悪事、悪行の真相を暴いていかなければならない。

 

 「極限」に追い込まれた中での報道の在り方、存在意義が問われていた。


(次回は、突然の「公益通報」)



お読みいただきありがとうございました。

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