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極限報道#65 シャドウが編集局長室にいた 辛島はにやりと笑った

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は病院を退院してから初めて朝夕デジタル新聞社に行った。

 丁度、人事異動が発令されており、編集局長が交代していた。

 

 辛島は腎臓の病気で激務に耐えられないことを理由に、自ら編集局長の職を辞したという。後任は社会部長の西川で、当面、社会部長も兼務することになった。


 大神は、社会部を回り、同僚らと挨拶を交わした後、編集局長室に向かった。西川はすでに局長席に座っていた。肩の傷の状態などを報告しようと、西川の席に近づいた時、一瞬にして体が凍り付いた。

 信じられない光景を見たのだ。


 編集局長室の窓側は3人の編集局長補佐の席になっているが、さらにもう一つ机が新たに設置されていた。その席に辛島が座って仕事をしているではないか。なぜ、辛島がここにいるのだ。留置場にいるべき人物だ。大神をナイフで刺した張本人が、目の前で平然と仕事をしている。


 警察の事情聴取に対して、アリバイを主張し、「完全否認」して逮捕にはいたっていないことは聞いていた。しかし、警察の監視下にあるはずではないのか。まさか、編集局長室でのうのうと仕事をしているとは。


 「おう、大神、いろいろと大変だったな。重傷だと聞いたが、大丈夫なのか」と大きな声を出した西川の腕を引っ張って、奥の編集局長応接室に入った。


 「辛島がなんであそこにいるんですか?」


 「ああ、辛島さんか。顧問になってもらったんだ。急な異動で俺もわからないことが多いからな。体調がいい時だけ来てもらうことになっている」

 「何を言っているんですか。『防衛戦略研』の『シャドウ・エグゼクティブ』なんですよ、辛島は。殺人鬼です。私を刺したんです」

 劇場での惨劇や田森の逮捕について、大神は社会部の井上キャップに報告書を提出し、その内容は、編集局長室にも伝わっていた。


 「警察とは連絡を取り合っているから心配するな。辛島さんの容疑はまだ固まっていない。俺も直接本人に聞いたが、『何かの間違いだ』と笑われた。辛島さんが、そんな殺人組織の一員なんて信じられないんだ。他人の空似だったのではないか?」と西川。


 「110番しましょう」。大神が悲痛な叫び声をあげても、西川は黙ったままだった。

 「私の言うことが信じられないのですか。私がこの場で辛島をナイフで刺せば、みんな目を覚ましてくれるのですか。やりますよ、私は。それだけひどいことをされたんですから」


 「めったなことを言うな。警察の捜査が進めばはっきりするはずだ。それまでは手出しできない。まあ、疑わしきは罰せずと言うこっちゃ」


 西川は相変わらず軟弱でいい加減な男だった。そもそも編集局長室のたるんだ空気がたまらなく嫌だった。局長補佐たちはパソコンに向かって黙々とキーを打っているだけで、会話もない。自社の社会部記者が重大事件に巻き込まれた異常事態にもかかわらず、緊張感というものが全くなかった。


 「君は疲れているんだ。傷が完治するまで家でゆっくり休め。辛島さんのことは心配するな。俺がしっかり見張っているから」

 「私の前で、辛島の名前に『さん』とかつけないでください。虫唾が走ります」


 「わかった、わかった。それと五輪取材班の方はどうだ?」

 「入院中だったので旗揚げの会議には出ていません。顔合わせだけでまだ取材にはいっていないようです」

 「そうか。まあ、ゆっくりやれや」


 編集局長室に戻り、また辛島の机の方を見た。この場で問いただすか、モノでも投げつけてやろうかと思ったが、体がいうことをきかなかった。


 狂気を含んだ人間を前にすると、意に反して体が凍り付いてしまう。辛島がナイフを持って近づいてくる姿が蘇った。心臓がバクバクと音をたてていた。言い知れぬ恐怖が襲いかかってきた。


 大神はそのまま、ドアのところまで行って、再度振り返った。その瞬間、辛島と目が合った。辛島はにやりと笑った。気味の悪い笑い方。背筋が凍った。劇場の壇上の椅子に座り、ナイフを持って迫ってきた時の顔に間違いなかった。


 大神は辛島を見て、いてもたってもいられなかった。警視庁捜査一課の鏑木警部補に連絡すると、自宅マンションにやってきた。


 「辛島が編集局長室で仕事をしていたんです。編集局長の職は病気を理由に退きましたが、顧問として局長室に机を置いていました。もう、信じられないことばかりです。編集局長室には、記事になる前のニュース素材のすべての情報が入ってきます。それがそのまま『孤高の会』や『防衛戦略研』に筒抜けになります。それよりなにより、あの人は殺人鬼なんですよ。殺そうとして、私を刺したんです。すぐに逮捕してください」


 「君の言うことはよくわかる。君からの被害申告を元に、辛島を3日間、厳しく取り調べた。捜査一課の取り調べのプロが朝から晩まで徹底的に追い込んだんだ。しかし、全く供述が動かない。アリバイがしっかりしていて崩せなかった」

 「アリバイ?」

 「銀座の料亭で旧知の国会議員とその秘書と3人で食事をしていたというんだ。相手からも店からも裏が取れている」


 「口裏合わせです。周到に練ったアリバイ工作です。三友不動産の桜木広報室長にあたってください。私の取材でも、劇場での惨劇の日のことはある程度認めました。辛島のアリバイは崩れるはずです。『スピード・アップ社』取締役の河野さんも隣で聞いています。私が辛島の車で三友不動産まで行ったことやヘリコプターに乗せられたことについては証言するはずです」

「わかった」。あまりにも切迫感のない返事だった。

 

「私が辛島を刺し殺せば、警察は動いてくれるんですか」。怒りで声を荒げた。

 「バカなことを言うな。君に手錠なんかかけたくない」

 「それでは辛島に今すぐ手錠をかけてください」

 「これから桜木にあたる。俺が直接調べる。辛島についても聞く。もう少しだけ待ってくれ。辛島について動きがあればすぐに連絡してくれ」


 鏑木は難しい顔をしながら言った。


(次回は、■記事出稿に二の足踏む上層部)



お読みいただきありがとうございました。

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