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極限報道#64 宗教家に洗脳される 河野は1億円を請求される

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 三友不動産広報室の会議室。河野は広報室長の桜木と向かい合って座った。河野の隣には、杖を持った大神が座っている。桜木は河野に対して抗議するつもりだったが、大神が一緒に来たことに戸惑っていた。


 「今日は河野さんに抗議する場です。大神さんが来られることは聞いていません。別の会社なのに同席というのは困ります。大神さんは改めて別の日に取材の予約をとってください」。桜木は落ち着かない様子で言った。

 

 「同じグループの会社なので一緒に来ました」と大神が丁寧に言ったが、なお、「困ります」と言った桜木に対して、突然、大神がキレて、「グダグダ言ってるんじゃないわよ」と大声で言い放った。これには桜木だけでなく河野もびっくりして目を大きく見開いて大神を見た。


 「私はあなたたちのせいで瀕死の重傷を負ったんですよ」と言って、セーターの首元を広げて右肩から胸にかけて覆っているギプスを見せつけた。

 「なんならギプスを外して傷口をお見せしましょうか。なんであなたは平気な顔してそこに座っていられるの。殺人未遂容疑で逮捕されるべきでしょう」

 あまりの剣幕に桜木はうろたえ、「私は何も知りません」と繰り返した。河野でさえ、これだけ鬼気迫る大神を見たのは初めてだった。


 「知らない? ふざけたことを言わないで。私が三友不動産本社の屋上でヘリに乗せられるまでは、桜木さんの案内に従った。その間のやりとりはちゃんとテープで録音していますから」

 「録音している」と言ったのは嘘だったが、桜木はひどく動揺した。


 「だから、私は言われた通りにしたまでです。その後のことはなにも知りません」

 「言われた通りって、誰に命じられたというの?」

 「社長です」。桜木は大神の勢いに押されてきた。


 「私のことを『同志』と言いましたね。私が『防衛戦略研』に誘われることを知り、入会するという前提で言ったんでしょう。あなたも『防衛戦略研』のメンバーですね」

 「私は社長に言われるままに動いていただけです。ヘリが飛び立った後に何があったかは知りません。翌日の朝に社長が予定になかったウエスト合衆国に飛び立ったことも、後から秘書から聞いてびっくりしたのです」

 桜木は人が変わったように素直になった。このまま大神のペースで進めば、「完落ち」するのは時間の問題かと思われた。


 ところが、河野が割り込むようにとった突然の行動が事態が一変させた。机を手のひらで叩きながら、「『防衛戦略研』について知っていることをすべて話してもらおうか。辛島がメンバーだったことはいつ知ったんだ。俺に抗議なんてしている場合じゃないだろう」とどなって問い詰め始めたのだ。


 これが逆効果だった。机を叩く異質な音で、桜木はふと我に返ってしまったのだ。そして、気を取り直したように言った。

 「大神さんの件はこれ以上言いません。取材ということであれば改めて取材申請してくだい。ところで河野さん、本題に入ります。田森課長の証言は根拠も証拠もない捏造なのにネットニュースとして流されて大変な痛手を被りました。名誉棄損で法的手段に訴えます。これまでの当社の損害は1億円に上ります。弁護士と協議の上できっちり請求します」


 「1億円!」。河野は飛び上がった。

 「そんな。大金を払えるはずない」

 形勢が一気に逆転してしまい、この後、大神が何を言っても桜木は「知らない」の一点張りで通し、逆に河野への攻勢を強めた。河野は社に戻って社長と相談し、返事をすると約束した。


 帰り道、大神は河野に言った。

 「机を叩いたりして、プロの取調官にでもなったつもり? せっかく、あと一歩まで追い詰めたのに台無しよ」

 河野は「はあ」とため息をついた。1億円を請求されることをどのように社長に伝えたらいいのかで頭が一杯になり、大神の怒った声も耳に届かなかった。


 大神はそれでも、桜木がヘリを見送るまでのことを認めたこと、後藤田社長の指示で動いていたことを直接聞き出せたのは大きな収穫だったと感じた。

 肩の傷が癒えておらず、自宅に帰るなり横になった。痛みがぶり返し、一気に疲れが出た。取材に出向くことは当分、難しいなと感じた。


 ほかのメンバーから「シャドウ・エグゼクティブ」に対する取材経過が次々に届いた。


 著名な宗教家・藤原顕孝は、アフリカでの布教活動から数日前に帰国していた。橋詰と村岸が電話で取材を申し込むと、本人が直接出てきて言った。 

 「もちろんOKです。富士山麓の『学びの館』に来てください。まずは私たちの世界に足を踏み入れていただき、体験を通して一端でも理解していただいた方が、取材ははかどると思いますよ」


 「こんなチャンスはない」。橋詰と村岸は早速、山梨に向かった。お花畑が広がる広大な敷地に「学びの館」はあった。3時間の講義をほかの信者と共に聞いた。藤原教祖は瞑想しながら語り続けたという。


 「人類が偉大なる地球の支配者であり続けるための実践的な宗教です。まずは学ぶことです。そして行動するのです。私はそのお手伝いをするだけです。生きていくうちに必ず幾多の試練が訪れます。私の頭の中には、人類が悩み続けた事例と解決策がすべて納められています。あなたたちが相談してくれれば、一瞬にして悩みを解決します。以後、すばらしい人生が開けてくるでしょう。行動しましょう。あらゆることを体験するのです。『孤高』を極めましょう。じっと座っていてもなんにもなりません」


 3時間の教義の後、取材に入った。


 「シャドウ・エグゼクティブ」としての役割について橋詰が聞くと、藤原は「同志の悩みを解決することです」と答えた。大神が襲われた新劇場での事件について、村岸が強い口調で問い質すと、「気高い思考を持ったあの方は、トップに立つ運命を背負っている。一度お会いして話し合いたいものです」と言うだけで煙に巻く。そして唐突に、「ところであなたがたの悩みはなんですか?」と2人に問いかけてきたという。


 橋詰は「仕事が順調にいかないことです」と言い、村岸は「妻との意思疎通がうまくいかないことです」と話した。すると、藤原は瞬時にアドバイスをした。2人は、目が覚めたように肩の荷が降りて、身軽になった気がしたという。


 2人は、高い精神性を維持するための「精神向上プログラム」の受講を勧められて戻ってきた。最初の1か月の受講料は150万円。「孤高の会」のメンバーは全員が受講しているという。「防衛戦略研」については、結局何も聞き出せていなかった。そればかりか、橋詰は、人生、痛み、悩み、精神性について語りだし、大神からストップをかけられた。


 「完全に洗脳されているじゃない。取材はどうなったのよ。テープはとったんでしょうね?」

 「取材は次回です。まずは人間関係をつくることから始めないと。いきなり聞き出すのは無理ですよ」と橋詰が言い、村岸までもが「相手の懐に入ることが取材の基本だ。藤原教祖はとてもソフトで感じのいい人だった。『精神向上プログラム』を受講してみてもいいかもしれない。150万円は取材費からでないかな。取材の方は、あせらずにじっくりといこう。大神にも会いたがっていたぞ」と言い出した。


 「呆れた。そんなお金はないし、悠長なことをしている時間はありません。とにかく目を覚まして!

」と大神はぴしゃりと言い放った。

 「宗教家にマインドコントロールされた状態で狂気に突っ走っていく。受け入れるものは拒まず、反対するもの、抵抗するものに対しては徹底的な弾圧を加える。つくづく危険な組織だわ」


 自衛隊幹部の畠山は、「防衛戦略研」の幹部であることは認めた。大神については知っていると言った。

 「幹部に登用しようという話になり、私は賛成するつもりだった。現状、女性が1人しかいない。なにより大神さんの心の中が『孤独』なのがいい」

 

 この自衛官はパイロットであり、ミサイル防衛について詳しく、大学にもよく講演に行っていた。大学に信奉者が増えているのは、講演活動による勧誘の影響が大きいようだ。


 沢木は河野と岸岡に対して、「すべてオフレコ」という条件で、結構、しゃべった。大神が襲われた劇場にいたことも認めた。ステージ上の椅子に座っていて、競泳選手・遠藤駿の次に、自分が大神を刺す番だったという。遠藤の後ろ姿をステージから見ていたところ、突然、劇場の外で大きな爆発音がして照明が消えた。


 「散らかれ」という号令が聞こえ、ステージ裏側の通用口から出て車に乗って逃げた。自分はまだ、人を殺していないが、来年前半には人を殺す順番が回ってくる。

 殺害対象になる人物は事務局が10人を提案、それを「シャドウ・エグゼクティブ」全員による投票で3人に絞る。


 沢木はここまで言うと、「これ以上は勘弁してほしい」と言って泣きじゃくり、訳のわからないことをわめき始めた。以後は取材にならなかった。


 「組織を脱退したいと言っていた。情緒が極めて不安定になっていた。話した後になって、『記者にここまでの話をしたら、殺される』とも言っていた。『残れば殺人者。脱退すれば殺人被害者』と怯えて泣き叫び、落ち着かせるのが大変だった」と河野が言った。


 「沢木の精神状態は危険ね。警察に出頭してくれればいいのだけど。こちらも連絡を取り合って出頭を勧めよう。次に会う時は、私も一緒に行くわ」と大神は言った。


 ファッションデザイナーの池内麻美には、吉嵜、吉野が取材した。文化、芸術、政治について熱く語ったが、組織については関与を否定し、一切話さなかった。

 「城香寺博物館」の理事になった経緯についても「友人に誘われた」と言うだけで、「ノーコメント」を貫き、隙を見せなかったという。


(次回は、シャドウが編集局長室にいた!)


お読みいただきありがとうございました。

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