極限報道#62 田森逮捕。大神も共犯? 田森の犯行予告映像が流れる
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
「副総理、会見中に刺されて重体 暴漢を逮捕」
丹澤副総理が記者会見場で刺された事件は、発生直後からテレビの速報で流され、夕方から、ニュース番組では特集が組まれた。「孤高の党」の立ち上げについての記者会見中だっただけに、衝撃は大きかった。
(朝夕デジタル新聞・デジタルニュース速報)
丹澤副総理刺され重体 「孤高の党」結成の記者会見で 男が刃物で襲撃
9月1日午後1時半、東京・日比谷の帝都ホテル大会議室で、記者会見に臨んでいた副総理の丹澤仁一朗氏が、ナイフを持った男に壇上で襲われた。胸や腹部を2度刺され、その場に倒れた。救急車で搬送されたが意識不明の重体。男は警備員らに取り押さえられ、駆けつけた丸の内署員に殺人未遂の疑いで逮捕された。男は黙秘しており、丸の内署は身元を調べている。
調べによると、午後1時から丹澤副総理が記者会見し、10月1日に新党「孤高の党」を結成すると発表した。主催する政治団体「孤高の会」に所属する国会議員が中心メンバーとなり、民自党だけでなく野党にも参加を呼び掛けていく、という内容だった。
結成についての宣言の後、今後のスケジュールについて下河原代議士が説明し、記者からの質疑に移った後、ナイフを持った男が壇上に駆け上がりいきなり、副総理を刺した。男は「お前が諸悪の根源だ」と叫んでいたという。
事件から3時間後、容疑者は三友不動産都市計画課長の田森翼であることが判明した。ニュース映像に映った横顔から、三友不動産の社員が気付き、警察に通報したのだった。
日本で業界トップの売り上げを誇る不動産会社の課長がなぜ、副総理を襲ったのか。動機について警察は発表しておらず、どの番組も「不明」としていた。しかし、選挙に関わる重大な会見中に起きた暴挙として、田森容疑者に対する非難の声が沸き上がった。
会見はテレビカメラが一部始終を撮影していた。ナイフを突き刺している決定的なシーンには、ぼかしが入ったものの、丹澤副総理が椅子から崩れ落ちて泡を吹き、その横に田森が立ち、下河原が床にはいつくばっている構図は生々しく、「衝撃のシーン」として世界中に配信された。
大神は信じられない思いでニュースを見た。田森は4日前の電話でのやりとりで記者会見について、「ヤマ場だ。覚悟はできている」と言っていた。あの時点で襲撃することを決めていたのだろうか。まさか、ナイフによる襲撃を意味していたとは思いもしなかった。
大神自身、当初は静かに記者会見を傍聴するつもりだったが、あまりにも緊張感のない質疑にいらだち、「防衛戦略研」との関わりについて質問した。さらに公然と嘘をつく丹澤の態度に感情が高ぶり、「雲竜会」との関係についても質した。
スクープ情報の一端を会見場で披歴したことで、すべての報道機関に、「防衛戦略研」の疑惑が伝わることになった。だが、大神は「それでも構わない」と思うようになっていた。
巨悪による犯罪が水面下で行われているのだから、誰かが記事にして公にしなければならない。朝夕デジタル新聞に記事が載らないのであれば、他の報道機関が書いてもいいのではないか。
もし、「防衛戦略研」の実態についてライバル社が取材と称して聞いてきたら、教えてしまうかもしれない。どの社でもいいから、一刻も早く「真相」を表ざたにして欲しい。気持ちは切羽詰まっていた。
記者会見場を追い出されてからは、ホテル前で待機していたタクシーで病院に戻り、以後、面会謝絶の個室に閉じこもっていた。田森が起こした事件については、病室のテレビで初めて知ることになった。
田森は逮捕されたが、時をおいて冷静になった記者たちは、その直前に会見場の後ろの席から、突飛な質問を繰り出した女性記者がいたことを思い出し始めた。
あの記者は誰なのか。警備陣が暴れる女性記者の方に気を取られている間に、田森が壇上の副総理を襲ったわけだが、2人に共謀関係があったのではないかと勘繰る記者がでてきた。
警察もその情報を入手し、女性記者が大神であることを突き止め、病院を訪れた。
「大神さんは田森容疑者と事前に連絡を取り合っていたようですね」と刑事に聞かれた。警察が家宅捜索した際、大神の名刺が出てきたほか、通話の履歴も確認されていた。
大神は「はい」と答えた。取材先とはいえ、田森と知り合いであった事実を隠すことはできなかった。
「田森容疑者が副総理を襲う計画を知っていたのではないか?」
「全く聞いていません。ただ、『覚悟はできた』とか、『会見がヤマ場』とは言っていました」
「それでピンと来なかったのか?」
「まさか副総理を刺すなんて思いもしませんでした。覚悟とかいうのであれば、私も『防衛戦略研』を相手にしている時は、いつも死を覚悟しています。これまで私自身が巻き込まれた事件の時も事情聴取では同じことを言い続けています」
警察は、大神の記者会見での質問と田森の犯行には直接的な共謀関係はないと判断した。しかし、「要注意人物」として、大神はその後も度々事情聴取を受けることになった。
報道各社は事実関係を時系列で淡々と伝える内容が大半で、事件の背景まで切り込んだ社はなかった。
ただ1社、「スピード・アップ社」だけが異色の展開を見せた。殺人未遂容疑で逮捕された田森容疑者による「告発映像」を公開したのだ。田森が自分で動画をとり、それを事件を起こす直前に、「スピード・アップ社」に送りつけていた。報道責任者の河野が映像を確認したのは事件後。田森本人に間違いないという確認作業に時間がかかった。
大神が横浜のホテルで田森と会った時、「ネット系のニュース社を知らないか」と聞いてきたのは、「告発映像」を送り付けるためだったのだ。
田森が真っ白な壁の前に背広姿で座り、「檄文」と称する文を読み上げている。事件発生から5時間後にニュースコーナーにアップされた。
(スピード・アップ・ニュース)
丹澤副総理を刺した田森翼容疑者が「スピード・アップ社」に郵送してきた告発映像
田森容疑者の発言
丹澤副総理は、「孤高の会」の代表である。新しい政党「孤高の党」を立ち上げ、第一党に躍り出ることになるだろう。目指すのは、独裁政治だ。私は政治的主張がどのようなものであっても構わない。だが、許せないのは、副総理と三友不動産社長の後藤田が、シンクタンク「日本防衛戦略研究所」、通称「防衛戦略研」の事実上のオーナーでありながらひた隠しにしていることだ。「防衛戦略研」は極めて危険な組織なのだ。
私は命を狙われている。にわかに信じがたいことだろうが、これは事実だ。組織に背いた親友も行方不明になっている。何もしなければ私はただ、殺されるだけだ。切り刻まれてポイと捨てられるだけだ。だから、自ら行動を起こす。巨悪の黒幕であり、根源である丹澤仁一朗と刺し違えるのだ。
田森は言葉通り、ナイフで副総理を襲った。この檄文がネットニュースで流れた直後、丹澤副総理の代理人は「事実無根だ。副総理に対する侮辱であり、法的な手段に訴える。政治的なテロは断じて許さない」と声明を発表。
三友不動産も「信じられない誤報だ。社長に対する名誉棄損だ。法的措置を講じる」とコメントした。
「スピード・アップ社」の社内でも映像を流すかどうか意見が分かれていた。危機管理担当役員は「編集してニュースとして流すだけにした方がいい。殺人未遂の容疑者の一方的な主張をそのまま流すのはリスクが大きすぎる」と主張した。しかし、報道責任者の河野は「『防衛戦略研』の疑惑は、提携している朝夕デジタル新聞の取材で裏がとれている」とし、映像をそのまま公開すると言った。
「その朝夕デジタル新聞でも記事にしていないことを田森は発言している。内容も支離滅裂だ」と反論する声に対し、河野は「重大事件の容疑者による証言は極めて貴重だ。人物像や動機がこれほど明確に出ている映像はない。評価はこれを観た市民に委ねるべきだ」と押し切った。
大神は、告発映像を観た後、河野にテレグラムで連絡をとった。
「俺は由希を信じている。『防衛戦略研』はとんでもない危険な組織であることは俺も理解している。そして由希を殺そうとした。断じて許さない」
「その信念はすごいし、格好いいと思う。でも大丈夫かな? 加害者の一方的な言い分で、相手方の取材ができていないのでは?」
「副総理側、『防衛戦略研』側には取材したさ。でも『ノーコメント』か、無視だった。ネットのニュースを甘く見ている。ネットに出ればどれだけの影響があるか、わかっていないんだ」
新聞、テレビ各社は「『スピード・アップ社』に田森容疑者が犯行予告の映像を送り付けていた」と簡潔に報じた。一部のジャーナリストが「防衛戦略研」の実態解明に動き始めたが、容易なことではなかった。
大神のように、命を危険にさらして、ようやく真相に近づくことができる。それほど秘匿性の高い組織だ。
取材はすぐに行き詰まった。
(次回は、■私はペンの力で立ち向かう)
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