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極限報道#61 舞台が血の海になった 大神が「防衛戦略研」について質問

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 9月1日。日比谷の帝都ホテルの大会議室は「孤高の会」の記者会見の開始1時間前には報道陣で埋め尽くされていた。150人を超える記者が詰めかけ、記者クラブに所属していないフリーのジャーナリストの姿も目立った。


 大神はいてもたってもいられず、杖を突いて病院を抜け出し、タクシーでホテルに向かった。会見出席の手続きはしていなかったが、ダメ元で朝夕デジタル新聞社会部の名刺と社員証を受付に差し出すと、通してもらえた。

 杖をついた痛々しい姿が、受付をしていた女性の同情を誘ったのかもしれない。最後部の席に座った。政治部の同僚記者たちは最前列に陣取っていた。


 午後1時、丹澤副総理が壇上に上がった。

 「『孤高の会』は、国内外の危機から日本を救うために、数々の提言をしてまいりました。そして多くの方から賛同をいただいてきました。しかし、今の日本の現状はどうでしょうか。年ごと、月ごと、日ごとに状況は悪化しています。これまでの提言を、実行に移すときが来ました。立ち塞がる難題に果敢に立ち向かっていくために、新党『孤高の党』を結成することを、ここに宣言いたします」


 「孤高の党」と書かれたパネルが掲げられた。人間国宝の書道家・雲斎の筆によるものだ。カメラのフラッシュが一斉に炊かれた。会場の照明が落とされて、完成したばかりのPR映像が流された。

 

 《私たちの未来 新民主主義への道程 孤高の党》というタイトルが浮かび上がった。ミサイルが発射されるシーンから始まった1分間の映像。大神が劇場で見せられたものと同じものだった。同時になにやら甘酸っぱい香りが漂ってきた。あの時と同じだった。尖った神経を麻痺させる効果があるのかもしれない。


 衝撃的な映像に、記者の誰もが声を失った。続いて丹澤が、党の政策と理念について語り出した。


 「我々は、世界平和の実現を目的に、10年後を目途として『新・民主主義』体制を確立します。そのためにすぐに実行しなければならないことは、憲法を改正し、大統領制を導入し、政策実現のスピードを高める必要があります。なんといっても防衛力の強化は不可欠です。さらに敵基地攻撃の態勢も一層充実させていきます。

 『孤高の会』に参加した同志が中心になりますが、現職の国会議員、元職、新人にも、広く門戸を広げて参加をお待ちしています。すでに他党からも参加したいという声が届いています。来るべき総選挙では、小選挙区すべてに候補者を擁立し、比例区では著名な人材を中心に立てて闘っていきます」


 下河原代議士が登壇して丹澤の隣に座り、「孤高の党」の今後のスケジュールを読み上げた。10月1日に結党大会を開き、その場で党の公約が発表される。結党に参加する議員全員が壇上に上がり、自己アピールをするという。


 記者からの質問が相次いだ。丹澤副総理と下河原代議士が丁寧に答えていった。新党執行部の体制、政党の規模、選挙戦略について質問が出た。主張の柱である防衛、攻撃力強化については特に時間が割かれた。

 ただ、漂う怪しげな香りのせいだろうか、記者たちは毒気を抜かれたようだ。質問が鋭さを欠いていた。


 質問が20を超えた時、マスクをした大神が最後列から手を挙げた。司会が「後ろの女性の方」と言って指した。大神はマイクを受け取り、はっきりした口調で言った。


 「副総理、『日本防衛戦略研究所』、通称『防衛戦略研』についてお聞きします。副総理が深く関わっているこのシンクタンクですが、『孤高の党』の結成にかかる巨額資金を生み出す組織であると考えてよろしいでしょうか?」

 

 会場がざわついた。記者たちは手元のノートパソコンに質疑の模様をメモしたり、会見の記事を書き始めていたが、その手を止めて後ろを振り返った。


 「なんという質問をしているんだ」「どこの社の記者だ?」と言った好奇と軽蔑が入り混じった視線が一斉に大神に注がれた。壇上では、下河原が丹澤にマイクに入らないように気を付けながら耳打ちしていた。


 下河原は大神であることに気づき、どういう記者かということを説明しているようだ。丹澤が一瞬、険しい表情を浮かべた。新劇場での惨劇の当事者である「大神由希」がこの場にいることに、驚いたに違いない。だが、すぐに平静な表情に戻ってマイクを握った。


 「私が深く関わっているというのはどこの情報ですか? もちろん、『防衛戦略研』の存在は承知しています。日本の防衛問題について真剣に研究しているシンクタンクだと聞いていますが、それだけです」


 「『防衛戦略研』は違法な手段で資金集めをしており、その金が『孤高の党』の結党資金として流用されているのは問題だと思いますが、この点について、副総理はどのように考えているのかを聞いているのです」


 「何を言っているんだ」と下河原が怒鳴った。「記者だからと言って、事実無根の不規則発言をしていいというものではないぞ!」

 「まあまあ、いいから」と丹澤が下河原を押しとどめながら、「先ほども聞きましたが、どこの情報ですか? 違法な手段で資金集めをしているというのは本当ですか。裏がとれているのですか?」と言った。

 「私自身が取材で確かめました。情報源は言えません」


 「おおっ」と、会場がどよめいた。

 「あなたは記者ですよね。取材で確かめたのであれば、どうして記事にしないのですか? 記事にできない内容を、こういう会見の場で公にして反応をとろうとするのは、ルール違反ではないですか?」


 「もちろん記事にしますので、ご心配なく。副総理にはこれまで何度も取材を申し入れましたが、断られ続けているのでこの場で質問しているのです。不正に集めた金を、結党資金として使っていると認めるかどうかを聞いているんです。答えられないのですか?」

 

 「認めん。事実無根だ。そんな質問に答えることはできん!」

 それまで穏やかに対応していた丹澤が、一転、厳しい口調でどなった。大神がさらに質問しようとすると、あわてた司会が「質問は一人一問にしてください」と言い、会場係がマイクを取り上げようとした。

 しかし、大神はマイクを渡さず、さらに質問を続けた。


 「『防衛戦略研』と『雲竜会』との関係についても、きちんと説明してください。数々の凶悪事件に関与しています。副総理もそのことについて報告を受けていたはずです」


 「質問をやめさせろ。どうかしているぞ。会場からつまみ出せ」と下河原が立ち上がってどなった。記者会見場は異様な雰囲気に包まれた。スタッフも一斉に大神の方に向かった。警備員がマイクを取り上げ、大神の腕をつかんだ。

 ドアから外に連れ出される直前、大神は叫んだ。

 「私自身、劇場で殺されかけたんだ!」


 怒号が飛び交う騒然とした空気の中で、最後の叫びはかき消された。記者たちはほとんど全員が立ち上がり、大神が廊下に連れ出されるのを目で追った。その後、改めて壇上の方を見て誰もが驚愕した。

 丹澤が目を真っ赤にして口を大きく開け、泡を吹いていたのだ。


 「副総理、副総理、一体どうしたんですか」。再び会場が騒然となった。副総理の胸元から、鮮血が噴き出していた。下河原は椅子から転がり落ち、青ざめた顔で床を這いずり回っていた。副総理の胸には、ナイフが突き刺さっていた。

 ナイフの柄をしっかりと握っていたのは、田森翼だった。


 「お前が諸悪の根源だ。死ねぇー」と言って、ナイフを一度引き抜き、再び突き刺した。

 副総理は椅子から崩れ落ちた。床の上で体が痙攣し、血が一面に溢れた。

 「誰だこいつは!」

 「取り押さえろ!」

 「救急車を呼べ、早く」


 喧騒の中、警備員やスタッフが、田森を取り押さえた。副総理はそのまま病院へ搬送された。かろうじて意識はあったものの、重体だった。


 田森は駆け付けた警察官によって殺人未遂容疑で緊急逮捕された。


(次回は、■田森の犯行予告映像)






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