極限報道#60 後藤田はウエスト合衆国へ 4日後に新党結成の記者会見
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
大神は母親が買い物に出た後、病室中を探し回って、母親のカバンの中から棚のカギを見つけた。棚の引き出しの奥にスマホが置かれていた。電源を入れるとすさまじい数のメールが届いていた。
最も多かったのが河野からだった。けがの具合を心配する内容だった。会社関係者、友人らが続く。永野洋子からのメールもあった。内容をチェックした上で、それぞれに返事を送った。
メールのやり取りの中で、当日なぜ、大神が殺されずにすんだかがわかってきた。あの日、三友不動産に行く前に、辛島編集局長のハイヤーで自宅に寄った。そこで、5人に一斉メールを送っていた。河野、田森、井上、興梠、橋詰だった。
「今から三友不動産本社に行き後藤田社長と会う。辛島編集局長のハイヤーで行く。後藤田は『防衛戦略研』の首謀者の可能性大。私の質問に答えると言っている。辛島も不審な点が多々あり。不気味だ。何かが起こりそうだ。要警戒ですが、チャンスは逃したくないので行きます」
「110番通報した」のは田森だった。大神のメールを見てから、三友不動産秘書部に勤務している同期の親友に連絡して社長周辺を探るように頼んだ。その親友が注意していたところ、大神を乗せたヘリが屋上から飛び立ったのを確認した。
その情報を田森から聞いた橋詰は国交省の担当記者に連絡した。飛び立ったヘリの飛行計画書を取材させて航路を聞き出した。ヘリは港区赤坂周辺再開発地区のヘリポートに着陸するスケジュールになっていた。その情報を5人全員が共有した。
田森と河野は別々に港区赤坂周辺再開発地区に向かった。先に着いた田森がヘリを確認した。さらにハイヤーが多く停車していることに気付いた。大神が危険な目に遭っている可能性が高いと思い、110番通報した。
中の様子がわからないため、通報の内容はわかりやすく、しかも必ずパトカーが駆け付けてくれるように、「酔っ払いが暴れて再開発地区に入り込み、新しい劇場やタワーを破壊しまくっている。けんかに発展して大けがをしている人がいる」と簡単にした。
間もなくパトカーがやってきた直後、爆発音が2度して銃声まで聞こえた。多くの警察官が暴れる男たちを取り押さえていった。
河野は遅れて到着した。敷地内に入り、大混乱していた劇場周辺をうろうろしていたところ、警察官が劇場の玄関から突入していったので、後をつけて入った。そこで客席中央で血まみれでぐったりしていた大神を見つけた。
「ユキー」と叫んで、近づこうとしたが、警官から逃げようと猛スピードで走り出した遠藤と衝突。吹っ飛ばされて椅子に腰をぶつけて動けなくなった。遊軍キャップの井上と興梠は忙しかったこともあり、仕事に向かっているんだと思い込んで、気にも留めなかったらしい。
大神は、田森にお礼のメールを送ると返事がきた。電話して劇場内で起きた一部始終を話した。
「大変な目に遭ったのですね。命を賭けて相手の懐に中に入っていったのに、『防衛戦略研』の『シャドウ・エグゼクティブ』は一体どこに消えてしまったのか。組織壊滅のチャンスだったのに」
田森は悔しさを滲ませた。さらに、大神が『シャドウ・エグゼクティブ』にならないかと誘われたことにも驚いていた。
「異例中の異例だ。相当な大物か、あるいはワンランク下の『リーダー』時代の活動が評価されてから推薦されるものだ。報酬は聞きましたか」
「言い値でいいといわれました」
「さすがだ。資金が潤沢なんだ。『シャドウ・エグゼクティブ』への誘いは断ったのですね。だから襲われた」
「すぐに断れば、会話はそこで終わってしまう。最初は『興味がある』と言いました」
「それで、内実を聞き出していったわけだ。さすがはスクープ記者だ」
田森は自分も殺害の対象になっていると思い込んでいた。「雲竜会」のメンバーに追い詰められているといい、相当な焦りを感じているようだ。自分の力でなんとかしなければと思い、探偵のように後藤田を尾行したりして動き回っていた。マスコミの力に頼ろうともしたが、大神自身が襲われて大けがを負ってしまった。
後藤田は劇場での惨事があった翌日朝、ウエスト合衆国の首都に向けて飛び立った。三友不動産が所有しているウエスト合衆国の首都郊外の土地開発を視察するという名目の急な出張だった。成田空港のVIPルームで早朝、丹澤副総理と密談していたことを田森は秘書部の親友を通して確認していた。
「逃亡したのだろう。丹澤の指示に違いない。空港での密談で、劇場で何があったのかを丹澤は詳しく聞き取ったはずだ」
「今回の劇場での事件で、『防衛戦略研』も少しは堪えているのではないでしょうか。捜査が身近に迫ってくる可能性があるわけだし」
「いや、そんなことはない。この前も言ったが、これぐらいのことでダメージを受けるようでは、革命を起こすことは到底できないと考える連中なんだ。むしろ結束が強まったと考えた方がいい。問題が次々に起きた方が団結力は高まるんだ」
「これぐらいのことって……。私がこれほどひどい目に遭ったのに、組織には全くダメージは与えられていないということですか」
「申し訳ないが、そういうことだ。今でも各地で頻発している爆破事件やサイバー攻撃は彼らの仕業ではないかと疑っている。世間を不安な状態に陥れることで、一般市民が大きな変革を望むような空気を作り出そうとしている」
「『孤高の会』のPR映像を見せられましたが、ミサイル攻撃で日本が破壊される場面から始まっていた。不安な気持ちにさせるのは彼らの常套手段なのですね。打つ手がないということですか?」
「『孤高の会』は9月1日に会見を開いて、新党の立ち上げを発表するけど、表裏一体の『防衛戦略研』がぐらぐらしているのは好ましくはないはずだ。後藤田が暴走気味で次々に凶悪事件を起こすので、丹澤も手に負えなくなっているのではないか。仲間割れの可能性はある。そこが狙い目だ」
「会見? 4日後に記者会見があるんですか?」
「そうだ。記者なのに知らないのか。いよいよ丹澤副総理が表にでてくる。政党の発足宣言らしい。そうなれば民自党は分裂し、年内の衆議院の解散、総選挙になだれ込む。丹澤が政権を握ることになるだろう。俺は政局なんてどうでもいいが、自分の命が危険にさらされている状態はなんとかしたい。今のような中途半端な状態が続くのはもういやだ。会見がヤマ場だ。覚悟はできている」。そう言うと、田森は電話を切った。
「孤高の会」の記者会見は都内のホテルの会場を貸し切ってやるという。田森は何かを仕掛けようとしているのだろうか。
その時はわからなかったが、4日後、世間を震撼させる事件が起きたのだった。
(次回は、舞台が血の海になった)
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