極限報道#59 「警察の失態です」 大神は叫んだ 自分の頭がおかしくなったのか
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
大神の意識が戻った翌日の午後、警視庁捜査一課の鏑木警部補が、赤坂署刑事課の巡査部長を伴って病室に入ってきた。大神は面会謝絶の状態だったが、捜査一課の強い要請があり、さらに大神の希望もあって、「面会時間は30分以内」という医師の条件のもと、事情聴取が始まった。
鏑木の姿を見た瞬間、大神は救われたような気持ちになった。「やっとわかってくれる人が来てくれた」と思うと同時に、きつい口調で問いただしていた。
「警察はどんな発表をしているんですか? マスコミに間違って伝わっていますよ」
「時間が限られているので単刀直入に聴く。劇場内で何があったのか、まず説明してくれ」。鏑木は、いつもより早口だった。
大神は、編集局長の辛島とともにハイヤーで三友不動産へ向かい、後藤田と話した後、ヘリコプターで劇場に連れて行かれ、辛島と水泳選手の遠藤にナイフで刺され、意識を失うまでの経緯を話した。
鏑木に逆に質問することが山ほどあったため、話は簡潔にまとめた。
「夢の話でもしているんですか?」と巡査部長がぽつりと呟いた。全く信じていない様子だった。この巡査部長は、現場で遠藤駿を取り押さえ、逮捕した人物だった。
「バカにしないでください。事実です。私からも質問させてください。『防衛戦略研』は一体どうなっているのですか? 摘発したんですか? 後藤田は逮捕されたんですか? 辛島は? 警察の事件発表文を見せてください。遠藤との不貞って一体何ですか。全くおかしなことになっていますよね」
時間が限られているという焦りから、あれもこれもと早口で畳みかけた。すっかり取り乱していた。
「落ち着いて。あの日の夜、『酔っ払いが大勢で劇場に入り込んで大騒ぎしている。ステージや客席を破壊し、ケンカで大けがをしている人がいる』という110番通報があった。機動捜査隊や赤坂署員がパトカーで駆け付けた。そして、劇場周辺にいた3人の男を格闘の末に取り押さえた。小型の手りゅう弾をヘリコプターの近くや劇場入口で爆破させたりして危険な状況だった。容疑者の供述は一貫していないが、今君が話した話と同じ証言をする者は1人もいない」。鏑木は冷静に話した。
「逮捕された3人は『防衛戦略研』のリーダーか隊員のはずです。劇場内の『シャドウ・エグゼクティブ』が逃げる時間をつくるために、わざと暴れたのではないでしょうか。遠藤は本当に私と付き合っていたなんて言っているんですか? 私は、『防衛戦略研』主催の仮面舞踏会で遠藤が挨拶しているのを1回見ただけで、2人きりで話したこともありません」
大神は必死に訴えた。涙声になっていた。
「遠藤の証言は記事にある通りなんだ。君とは特別な関係だったと。あの日もデートであの辺を歩いているうちに、別れ話になったと言っている。その供述をもとに逮捕して発表した。ただ、なぜ劇場にいたのかなど詰めなければならない点が多いのだが、弁護士と面会した後、急に支離滅裂なことを言い始めた」
「どんなことを言い始めたのですか?」
「神の啓示を受けたとか、悪魔を退治するのだとか。刑事責任能力さえ問えるかどうかわからないという報告があがってきている。起訴まで持ち込めるかさえも危うくなっている」
「冗談じゃない。私の言っていることこそが事実です。『防衛戦略研』はすべてを隠蔽してしまう恐ろしい組織だということです。遠藤を除いて、ステージ上にいた8人の『シャドウ・エグゼクティブ』はどうしたんですか。一網打尽にしたのでしょう。マスコミの目を避けて、どこかで取り調べているのですか?」
鏑木と巡査部長は顔を見合わせた。巡査部長は言った。
「私が劇場に突入した時には、客席だけに照明がついていて、中央に大神さんが血まみれで倒れていた。ナイフを持って立ち去ろうとしていた遠藤を私がタックルして取り押さえた。確かに異様な光景でした。だが、ステージ上には誰もいなかった。正確に言うと、暗くて何も見えなかった」
大神は思い出そうとしていた。あの時、ホールの外で大きな爆発音がした。その直後に舞台上の照明は消え、客席が明るくなった。誰かが、照明を切り替えたのだ。ステージ上が真っ暗になった際に、「シャドウ・エグゼクティブ」の8人は逃げ出したのだろうか。
「失態です。警察の大失態です!」。大神が叫んだ。
「どういうことですか」。巡査部長がムッとした表情で応じた。
「殺人犯たちを取り逃がしているじゃないですか。せっかく一網打尽にできたのに」
「ですから、そんな男たちは初めからいなかったんですよ」
「椅子。椅子がステージ上に残っていたはずです」と大神が言った。
鏑木がうなずいた。「確かに椅子が並べてあったことは確認している。ホールが完成した時、ステージ上で内輪で完成式をやり、その際使ったものがそのままになっていたというのが劇場側の説明だ」
「それも嘘です。なんでそんなでたらめを見破ることができないのですか。捜査力が落ちているとしか言いようがない」
「なんだって。警察をバカにするのもいい加減にしろ!」。巡査部長が本気で怒り出した。
「まあまあ……大神君はこれまでにも、いろいろと大変な体験をしてきた。正しいことを言っているという前提でもう一度調べ直してみよう。3人の容疑者についても、改めて取り調べをやり直す必要があるかもしれない」と鏑木がとりなした。
「とても参考になった」と鏑木が言ったところで、医師がドアを開けて入ってきた。看護師と母親も一緒だった。
「もう30分を過ぎました。約束を守ってください」と医師が言った。続いて、「刑事さん、娘の体を第一に考えてください」と母親も訴えた。
「待ってください」と言ったのは大神の方だった。「まだ話は途中なんです。私は大丈夫です。信じられないことが起きているので、警察に確認しているところなんです」
医師は「興奮した状態だと体に堪えます。安静状態を保つことが必要です。医師として、これ以上の事情聴取は認められません」と言った。鏑木らは医師の指示に従い、病室から出ていった。
大神は、まるで狐につままれたような気分だった。自分の頭の方がおかしくなったのか。瞬間、そんな気になった。いや、そんなことはない。
劇場での狂気と惨劇は、確かに現実に起こったことなのだ。
(次回は、■後藤田は遥か西方の地へ向かう)
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