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極限報道#58 虚報、誤報のオンパレード アスリートと不貞?

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 劇場が大爆発した。逃げ惑う人々。三友不動産社長の後藤田が壇上で高らかに笑っている。客席の天井が崩れ、大きな石の塊が大神の頭に落ちてきた。「今度こそ死ぬ」ーー そう叫び声をあげた瞬間、目が覚めた。


 ベッドの上だった。脇で、大神の母親が驚いたように目を見開いていた。

 「由希、大丈夫?」

 病院のようだった。個室のベッドで寝続けていたようだ。まだぼーっとしている。夢と現実の境を彷徨っていた。

 上半身は包帯が巻かれ、ギプスで固定されていた。上半身を起こそうとしたが、右肩に強い痛みを感じた。腰にも鈍い痛みがある上に全身がけだるく動くことができなかった。


 花瓶に花を活けていた母親は、その手を止めてナースコールのボタンを押して看護師を呼んだ。母親は埼玉県上尾市で一人暮らしをしている。夫が交通事故で死亡して精神的に不安定になり療養生活を送っていたが、娘の由希が大学に入学したころから快方に向かっていた。

 今は、百貨店の傘売り場で午前中だけアルバイトをしているが、娘が入院したと聞いて休暇をもらって病院に駆け付けた。


 「由希、由希ちゃん。大丈夫なの。ずっとうなされていた。悪い夢を見ていたのね。でも目が覚めて本当によかった。刺された傷は深いし、大量出血で危篤状態になっていたのよ。もう少し治療が遅かったらと思うと恐ろしくなる」


 「うん、大丈夫そう。いつから寝ていたの。病院に運ばれた記憶がないんだけど」

 「まる2日間よ。このまま目覚めないのではと、本当に心配したんだから」。時計を見ると6時10分になっていた。早朝なのか夕方なのかもわからないが、聞くと夕方だった。


 劇場での惨劇。あれは夢か現実か。目が覚めてからしばらくすると、記憶が鮮明になってきた。決して夢ではない、実際に起きたことなのだ。最後に警官のような人たちがなだれ込んできたことは覚えている。


 ということは、「防衛戦略研」の野望は潰えたはずだ。殺人集団としての正体があばかれ、不明朗な資金の流れが摘発されれば、こんなけがなんてなんでもない。一時は命を捧げる覚悟でいたのだから。「孤高の会」も「防衛戦略研」との関係が明るみに出れば、世間の糾弾はまぬかれないだろう。


 医師と看護師が間もなく駆け付けた。脈拍をとり、診察をした。まだ頭がぼーっとしているが、医師からの問いには的確に答えることができた。傷跡も診てもらい、薬が塗られた。


 「峠は越えたようです。最悪の事態は脱しました。上半身のきつい痛みはまだ当分残ります。精神的なショックも大きいので、安静状態は続きます。もう数日間、お母さん以外は面会謝絶の措置を続けます。食事は軽めで徐々に増やしていきましょう。水分はしっかりとるようにしてください」。医師はそう言うと、痛み止めなどの薬を処方して出て行った。


 2人だけになった時、母親が言った。

 「本当によかった。でもとんでもないことが起きたわね。ちゃんと記憶あるの?」

 「記憶はしっかりしている。まさに悪夢だった。実際にこんなことが起きるなんて今でも信じられない」


 「私の方こそ信じられないわ。まだ回復していないのに言うのはどうかと思うけど……。あなたは記者になって一体、何をしているの? アスリートと不貞だなんて。お母さん、信じられない。お父さんも天国で泣いてるわ。だから新聞記者になるのに反対したのよ。新聞社の人が病院に来たので、あなたの辞表を書いて渡しておいたからね」。母が奇妙なことを言い始めた。


 「何勝手なことしているのよ。それと、不貞って、何のこと? アスリートって、遠藤駿のことでしょ。私を刺した加害者よ。意味のわからないこと言わないでよ」と思わず起き上がろうとしたが、肩と腰に激痛が走った。

 「安静って言われていたでしょ。大人しくしていなさい」と母親はきつい言葉で叱りながら、「だから不貞の末の別れ話で、あなたが遠藤に刺されたんでしょ。遠藤は傷害容疑で逮捕されたのよ」


 「そりゃ、逮捕されるでしょう。でも不貞とか、まだ言っているの。ママ、おかしいよ、ちょっと。意味がわかんない」

 「どっちがおかしいのやら」

 大神は部屋の隅に重ねて置いてあった新聞の束をとってもらって読んだ。劇場で刺された事件があった翌日の紙面に、記事が載っていた。



朝夕デジタル新聞朝刊


港区赤坂周辺の再開発用地の建造物に酔って侵入 3人逮捕 爆発、発砲も


 8月25日午後8時半ごろ、港区赤坂周辺の再開発地区の敷地内に複数の男たちが侵入し、完成したばかりの劇場内に立ち入り、大声を出して暴れた。110番通報で駆け付けた赤坂署員が取り押さえようとしたところ、1人が手りゅう弾のようなものを爆発させ、別の男が拳銃を発砲した。この騒ぎで、3人の男が、爆発物取締法違反や建造物損壊などの疑いで逮捕された。逃亡した男たちもいる模様で、警察が行方を追っている。

 調べでは、男たちは近くの居酒屋で酒を飲んだ後、再開発地区の壊れかけた塀の隙間から入り込み、完成したばかりの劇場の扉を壊して中に入ったらしい。容疑者の1人は「興味本位で劇場の中に入った。完成したばかりだとは知らなかった。警察官が来た時はびっくりして逃げようとしたが追いつかれて抵抗してしまった。酔っていてあまり覚えていない」と供述しているという。

 男たちは友人同士で、「民警団」という武装グループを最近結成し、闇のネット販売で武器を調達していたという。「いつ戦争になって敵が上陸してくるかわからない情勢なので、仲間で民警団を組織した」と話している。最近、日本各地で同様の「民警団」を名乗るグループが若者を中心に増えている。

                           

 社会面3段の記事だった。その翌日、オリンピック候補選手のトップアスリート遠藤駿が傷害容疑で逮捕されたという記事が掲載されていた。


競泳のオリンピック候補選手の遠藤駿を逮捕 交際相手の女性を刺す


 赤坂署は8月26日、競泳のオリンピック候補選手である遠藤駿容疑者(23)を傷害の疑いで逮捕した。

 調べによると、遠藤容疑者は25日午後8時半ごろ、都内で、交際相手の女性(29)をナイフで刺した疑い。女性は肩を刺されて重傷。調べに対して遠藤容疑者は「ファンの独身女性と1年前から付き合っていたが、別れ話を持ち出されてかっとなって刺してしまった」と供述している。赤坂署は、遠藤容疑者が女性と会う際にナイフを所持していたことから、計画的な犯行の疑いがあるとみて調べている。

 遠藤容疑者は競泳日本選手権の100M自由形で47秒99の好記録を出して優勝。来年のオリンピックの強化選手に指定されている。学生結婚して2人の子供がいる。


 被害者の女性は匿名だった。母親が言っていた「不貞」とは、このことを言っているのだ。女性は年齢などから大神のことを示しているのは明らかだった。

 大神は茫然とした。目を疑った。ほかの面もくまなく探したが関連する記事はなかった。


 「なによ、この記事は。全部うそばっかりじゃない」

 大神が実際に体験したのとは全く違う内容の記事になっていた。三友不動産社長をトップにした闇の組織「防衛戦略研」が大神にメンバーになるように誘い、断られたので殺そうとした前代未聞の大事件であり、大神はその衝撃的な内容が詳しく記事になっているものとばかり思っていた。


 「事実と全く違う。誤報もいいところだ」と大声を出した。母親は一瞬驚いた様子だったが、「新聞とかテレビとかウソばっかりでしょ。今頃になってわかったの? でもいいじゃない、辞めるんだから」とピントの外れた意見を述べた。


 「そんなレベルのことを言っているんじゃないから。三友不動産の後藤田はどうなったの? 辛島は? 『シャドウ・エグゼクティブ』全員が揃っていたのよ。ちゃんと逮捕されてるの? 警察は極秘に捜査しているのかしら。新聞社に電話しなければ。こんな間違った記事はすぐに訂正しなければ。ママ、私のスマホは?」


 「あんたこそ、何を訳のわからないことを言っているのよ。精神的にダメージを受けておかしくなっちゃったのね、かわいそうに。ちょっと興奮し過ぎよ。体に障るから静かにしなさい。それから、ここはスマホ厳禁。あなたが使うのはダメとお医者さんに厳しく言われているから。OKがでるまで大人しくしていなさい」


 母親は昔から規則には厳格だった。大神が病院に運び込まれ、緊急手術室で手術を受け、深い眠りに入っている間に、朝夕デジタル新聞社の関係者が病室の前まで何度も来たが、母が入室を断っていたようだった。それは仕方がないことだ。意識が戻っていなかったのだから。


 だが、今は違う。スマホを使うくらいなら大丈夫なはずだ。だが、母の怒りは激しく、使うことは許されなかった。

 それと、そもそも肩、腰、全身の痛みは半端なく、ベッドから自分の力だけで起き上がることは無理だった。


 「新聞社を辞めさせる」と言ってきかない母親が睨みをきかせている以上、しばらくは大人しくしているほかないが、全く外と連絡がとれないという状況は不安だけが増幅していく。しかも、自分が経験したことと、世間に広まっている内容が全く異なっている。「防衛戦略研」の最高幹部会は確かに開かれていたのだ。

 

 一刻も早く記事を訂正しなければならないという気持ちの焦りだけが強まり、頭がおかしくなりそうだった。


(次回は、■「警察の失態です」。大神は叫んだ)




お読みいただきありがとうございました。

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