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極限報道#56 狂気のカルト集団  「戦争そして平和」未来映像が流される

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 劇場の観客席から大神は立ち上がった。

 「私はさっき、勧誘を受けて、『シャドウ・エグゼクティブ』の仕事に興味があると言っただけで、まだ就任するとは言っていない。そもそも一体、ここはどこなの? この大袈裟な舞台設定は一体なんのつもり? 私は夢を見ているのかしら。それとも、観客参加型のお芝居を鑑賞しているのでしょうか」


 「『興味がある』というだけで十分だ。そしてここは、『孤高の会』が政権を握った後、我々の活動の拠点になる場所だ。7年後にはすべてが完成して聖地になる。その一角に位置するこの劇場はつい2か月前に完成したばかりだ」。後藤田が言った。

 

 「ひょっとして、港区赤坂周辺の再開発地区? 『タワー・トウキョウ』の隣接地にできた新劇場の内部ということですか」

 「おっ、鋭いな。場所については秘密にしておくつもりだったがわかってしまったか。迂闊だったな」


 「ヘリコプターで連れ去ったり、目隠しをしたり、一体どういうことですか。同じ仲間にと誘っておきながらこの仕打ちはないのでは」

 「正式なメンバーと認められるには、『シャドウ・エグゼクティブ』全員が集まるこの場で承認を受けなければならない。みな錚々たるメンバーだが、この会合の開催については、時間も場所もこの9人以外ごく限られた者にしか伝えていない。極秘の会議なのだ。劇場入口には鍛えられた戦士だけが待機している」


 後藤田はひと呼吸おいて続けた。

 「君に我々の仲間になってもらう。『シャドウ・エグゼクティブ』に就任した後は、我々の主義主張に賛同して行動してもらう。組織が決定したことは絶対だ。抵抗、反対、裏切った人物は、抹殺される運命が待っている」


 この男は一体何を言っているのか。現実とは思えない世界がステージ上で繰り広げられている。やはり、これはお芝居なのだ。新劇場の旗揚げ公演のリハーサルを鑑賞しているのだ。


 「わかってくれたかね、大神君」

 「抹殺される運命だとか、あまりにも異常です。後藤田社長も先ほどの会社での様子と全く違っている。別の人格が出現したかのようです」

 「別人格か。最近、よく言われているようだが、自分では自覚がない」


 「『シャドウ・エグゼクティブ』の役割がまだよくわからない。具体的に何をしなければならないのか」。とにかく時間稼ぎをしなければならない。大神は、質問を繰り出した。

 「わかった。情報統制大臣に説明させよう」。辛島が立ち上がって話し始めた。

 

 「『孤高の会』が政党『孤高の党』になり、総選挙で実権を握った後、憲法を改正し丹澤副総理が大統領に就任し、独裁的な権力体制を作り上げる」

 「孤高の会」副代表の下河原が常日頃からマスコミ向けに話していることとほぼ同じ内容を長々と繰り返した後、「影の大臣」について触れた。

 「『防衛戦略研』は『孤高の党』を水面下で支えていく。新政権発足後、影の大臣を任命し、表の大臣と連携をとりながら時々のミッションを完遂する。財務大臣、科学(核兵器製造担当)大臣、有事対応(戦争遂行)大臣、人口調整大臣、情報統制大臣、宗教大臣、ⅠT大臣、文化芸術大臣とかね。大神は情報統制大臣になってもらう」と言った。

 

 「あなたは今、現役の新聞社の編集局長ですよね。編集局通信で記者へ送ったメッセージでは、『孤高の会』については『危険な思想が垣間見られ、批判していかなければならない』と訴えていました。民主主義を守り抜こうと言う姿勢を感じました。でも今は、全く違うことを言っている。頭の中は一体どうなっているのですか」と大神が言ったが、辛島は全く動じない。

 「私がやってきたことは君に引き継ぐことになる。君も記者をしながら別の顔を用意する必要が出てくる」


 「私にはそんな芸当はできません。下河原副代表は、独裁政権の下で新しい民主主義体制を構築していくと訴えていますが、絵空事でしかない」


 これには後藤田が答えた。

 「君ほど賢明であれば、もうわかっているはずだ。民主主義はすでに崩壊が始まっていることを。お手本とされたウエスト合衆国でさえ自壊しかけている。日本も速やかに専制国家に移行しなければ、世界の趨勢から取り残される。だが、我々は諦めていない。言い忘れたが、近く新民主主義体制構築大臣を新設する。フランスの著名な政治学者が就任する予定だ。長期的な平和と発展のためには、新しい民主主義体制の構築が欠かせない。世界が追従していく斬新な思想だ。そして日本から世界大統領が選ばれ、実践していく。機が熟するのに10年はかかるだろう。この間、『孤高の党』が先頭に立ち、『防衛戦略研』は影になって支えていく。世界中の独裁、専制政権の権力者たちとはすでに連絡を取りあい、具体的な協議に入っている」

 

 「民主義国家は、憲法による権力の制約、法の支配、人権、人の尊厳が守られ、自由が保障される世界です。主義、主張の合わない人を敵として命を奪っていく。そんな組織に新しい民主主義国家を構築できるはずはない」

 大神は異常な空間の中でも、必死に反論しようとした。だが、その声は、全く無視された。

 

大神にとって、後藤田や辛島が発する言葉はあまりにも空虚だった。真近で聞いていても、なんら説得力がなかった。


 だが、殺人の話になると、後藤田の迫力は一気に増した。

 「『シャドウ・エグゼクティブ』は『一人一殺』を実践している。丹澤副総理がこの思想については詳しい。戦前から続くテロの系譜をよく調べている。ただ、私にとっては理論などどうでもいい。殺人は結束の意味がある。ここにいるメンバーは多くの部下を持ち、一声かければ、なんでもやってくれる。殺人だって同じだ。だが、人にやらせては意味がない。殺す時は我々が直接手を下すのだ。この壇上にいる者もすでに半数が実行した。『一人一殺』を実行することで、並外れた胆力が身に付く。覚悟が決まり、裏切ることはなくなる。それこそが、革命という大きな事業を成し遂げるには必要なことなのだ。君にもいずれ、殺すべき標的を割り当てる」


 後藤田の話を聞きながら、大神ははっきりと気付かされた。

 「防衛戦略研」は、後藤田をトップにした「犯罪集団」でしかないということを。思想でも、信条でもない。狂気に満ちたカルト集団なのだ。専制国家への野望をもつ丹澤、下河原らの政治勢力と融合して一大権力が構築されてしまった。そして下河原の巧みな弁舌、過激な主張がソーシャルメディアにのり、「孤高の会」の支持率が急上昇していった。


 後藤田は話すのをいったん止めた。大神がさらに反論しようとするのを押しとどめた。

 「もう質問はいいだろう。我々が描く世界をこの目で見れば、君の疑問も解消するはずだ。完成したばかりのPR映像をみんなで観ることにしよう。劇場用の長編もあるが、まずはCM用の1分バージョンにしよう。本邦初公開だ」


 ステージの後ろの幕が引かれ、大画面が現れた。そこに映像が映し出された。

 「私たちの未来 新民主主義への道程 孤高の党」というタイトルが浮かび上がった。


 ミサイルが発射される。この瞬間から映像は始まった。敵国の兵士がボタンを押すシーンがクローズアップされた。極超音速ミサイルが日本海上空を飛翔していく。そして、大都会の高層ビルに着弾して爆発した。「東京」の文字が見える。人々は恐怖に満ちた表情で逃げ惑う。焼けただれた死体が路上に重なり合う。ミサイルは次々に日本各地の都市に着弾していく。巨大なビルが倒れていく。原発を思わせる施設が炎上している。 

 

 超高層ビルの「タワー・トウキョウ」が現れた。ミサイルが命中したがびくともしない。

 「エネルギー反射バリア」だ。その内部が映し出された。指揮所の人間が指示を出し赤いボタンを押す。山脈の映像に変わった。山の中腹付近が崩れて巨大なミサイルが現れた。次々に発射されていく。「反射バリア」の利いた飛行場からは超音速の最新鋭の戦闘機が次々に飛び立っていった。

 

 戦いは勝利した。

 荒れた野原に防護服を着た人々がたたずむ。再生が始まった。人工知能搭載のロボットが瓦礫を取り除き整地していく。AIが活躍する社会だ。膨大なデータが処理されていき、人々の生活に生かされていく。新しい政治体制が確立され、平和が訪れる。そこには色鮮やかなお花畑が広がる天国のような光景が映し出されていた。

 

 最後にナレーションが流れた。「この人類絶滅の危機を救うのは『孤高の党』だけだ」。続いて、長編用の映像がスタートした。音声はなく、映像だけが静かに流れている。

 

 「すばらしい。リアルな未来が描かれ、いったんは破壊された都市と人々が明日への希望を繋いで生きていく。その姿が見事に描かれていた。戦闘には勝たなければならない。だから『エネルギー反射バリア』は必要なのだ。どうだね、大神君。我々の仲間に入らないか。ここにいるメンバーみんなが歓迎しているんだ。一緒に輝く明日を築いていこうではないか」


 後藤田が穏やかな表情になって、大神に語りかけた。


(次回は、■甘酸っぱい香りに幻惑)


 




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