極限報道#54 参加拒否は死への道 父の死の真相
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
後藤田との会話は続いた。「『シャドウ・エグゼクティブ』にならないか」という勧誘に、大神は「なぜ私なんですか。末端の一記者でしかない私を破格の待遇で招こうとする理由がわかりません」と聞いた。
「君が最初に取材で来た時に決めたんだ。取材の申し出があってから桜木に君のことを調べさせた。そして私が交通死亡事故を起こした時の被害者の娘さんだということを知った。正直に言おう。あの事故は運転していた私の過失だ。酒も飲んでいたし、スピードも出していた。婚約中だった今の妻が助手席にいて冗談を言い合っていて注意力も散漫になっていた」
やはり、後藤田はインタビュー前から大神の素性を把握していたのだ。
「父の自転車がセンターラインに寄って来たと証言しましたね」
「あれも嘘だ。道路わきをゆっくりと走っていた。こちらのハンドル操作のミスだ。君はいつ私が運転していた張本人だとわかったのだ」
大神は6月11日に『防衛戦略研』主催の仮面舞踏会に出席した時だと説明した。
「どうしてもお仏壇に線香だけでもあげさせて欲しくて君の実家に伺った。玄関先でお母さんの手をしっかり握っていたおかっぱ頭の娘さんだった君に睨みつけられたことがずっと忘れられなかった。本当にひどいことをしてしまったと、ずっと後悔し続けていた」
「結局、不起訴になりましたね」
「そうだ。そのことも正直に言おう。方々に圧力をかけたのだ。妻の家系はもともと三友系の大財閥で人脈は広く強大な権力を握っていた。私は当時36歳。婚約中だった妻とは年齢差はあったが、まあ惚れられたんだ。だが、私が逮捕されて大騒ぎになった。2か月後の株主総会で最年少の取締役に就任する予定だったからだ。結婚していずれ社長になるというレールがすでに敷かれていたんだ。起訴されれば経歴に傷がつく。社内の世襲に反対する勢力が息を吹き返してしまう。結局、妻が懇願して親が動いた。知人の法務大臣まで動かし、天文学的な金を使った。そして不起訴になった。取締役就任は1年間遅れることになったが社長への道筋は変わらなかった。だが、私は正直なところ、遺族の方々に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。これは本当だ。信じて欲しい。あの日から、事故を起こした午後8時になるとひどい頭痛に襲われるようになった。毎晩のように」
「父を亡くして家族みんながどれほど苦しんだか。きちんと刑罰を受けるべきでした。いずれにしても、その贖罪の意味もあって私を『防衛戦略研』に誘おうと決めたのですか」
「それもある。だが、決してそれだけではない。初めて取材を受けた時の印象が強烈だったのだ。ものおじもせずに聞きたい事、聞くべき事をずけずけと質問してくる。さらにその後の取材も見事だった。きちんと裏を取って記事にしていく。竹内興業による傷害事件で終わるかと思ったら、『雲竜会』の存在をかぎつけて迫ってきた。ここまで突破力のある記者は初めてだった。友人の辛島編集局長にも聞いてみた。『君には手を焼いている』と笑っていたが、行動力を高く評価していた。際立つ能力、バイタリティーで実績を積み上げていく一方で、新聞社内では浮いた存在となってきている。まさに、孤高だ。居場所がないというのは辛いものだ。評価されないのであれば飛び出せばいい。我々の組織は若返りが必要であり、君のような人材を求めている。必ず有能な『シャドウ・エグゼクティブ』になれる。確信を持って君を推薦することに決めた。まもなく、「孤高の会」は政党になり、この時代を牛耳るようになる。そうなれば君も要職について腕を振るえばいい」
後藤田は目の前の水を飲んだ。
「だが、想定外のことが起きた。君が『防衛戦略研』の内実に迫り過ぎたことで、権藤常務が作成した今年下半期の『殺人リスト』の中に大神由希の名前があがったのだ。初めてリストを見た時は本当に驚いた。ほかの『シャドウ・エグゼクティブ』に知らせる前に削ってしまうことは簡単だ。だが一方でターゲット上位にランクされるのかどうか興味もありそのままにしておいた。そして、厳正な投票で、君はなんとターゲット3位にランクインした。そこで私が強権を発動したんだ。『殺害する前にメンバーに誘うべきだ。断ったら考えよう』と提案して一任された。私に反対するものはいない。エグゼクティブは全員、私が勧誘した者ばかりだ。私が絶対なのだ」
「『トップ・スター社』の伊藤社長も、『シャドウ・エグゼクティブ』に推薦されたのですね」
「確かに。豊富な資金を持ち、極めて有能な伊藤社長に対して、昇格の打診はした。だが、彼は断った」
「金子さんも、就任を拒んだのですか」
「金子は途中から、我々の方針に反対するようになった。資金集めの手段を巡って、丹澤副総理と激しくやり合った。些末なことに、こだわり過ぎた。結局は、つまらん奴だった」
「だから2人を殺したのですね」。大神が核心を突いた。しかし後藤田は答えず、机上に葉巻に手を伸ばし、火をつけた。
紫煙が立ち昇る。沈黙が、あたりを包んだ。
大神は、荒唐無稽な作り話を聞かされているような感覚に襲われた。だが、伊藤社長も金子代議士も殺されたのは現実だ。
そして今、目の前でぺらぺらと軽い感じで語っている一部上場企業の社長が、その首謀者なのだ。
後藤田は、伊藤社長と金子代議士の死について、これ以上話す気配はなかった。
大神は話題を変えた。
「『シャドウ・エグゼクティブ』に就任したら一体何をすればいいのですか。記者としての仕事以外は何もできませんが」
「当面は普段の記者業務を続けてくれたらいい。そして、『孤高の会』が新党になり、政権を握った暁には、専従で動いてもらう。なんせ、世の中ががらりと変わるのだ。平和ボケした緊張感のない日本という国が180度変わる。新しい政治体制が構築されるので、その中心として動いてもらう」
「興味が湧いてきました。でもやはり今ここで決断するのは無理です。今日は帰ります。一晩考えてからお答えします」
「われわれというか、『孤高の会』も同じだが日本の未来と世界のあるべき姿を何年もかけて描いてきたんだ。『世界統一に向けての羅針盤』と呼んでいる。それを実現していくために今何を決断して実行していかなければならないのか。その構想と行動計画を知ってもらえれば、積極的に参加する意義のある組織であることがわかる。我々の拠点となる場所に招待しよう。午後8時からそこで会議がある。最高幹部が揃っている」
「まだメンバーになることを決めたわけではないのですが」
「結論は羅針盤をコンパクトにまとめた映像を見てからでいい。わからないことがあれば説明させる。私は準備があるので先に行っている。君は桜木の指示に従ってくれ」
後藤田はそう言うなり立ち上がり、奥のドアから出ていってしまった。ほぼ同時に、反対側のドアが開き、桜木が入ってきた。2人で廊下に出ると、迷彩色の制服を着た2人の男が立っていた。プロレスラーのような体格で、いつでも戦闘態勢に入れるような不気味な雰囲気を漂わせていた。逃げ出すことなど到底できない状況だった。
桜木に誘導されるままにエレベーターに乗った。「屋上に着きました。一緒について来てください、同志」。「同志」と桜木は確かに言った。桜木も「防衛戦略研」メンバーだったのか。ヘリポートにヘリコプターが待機していた。イタリア製の最新鋭で、すでに回転翼を回し始めていた。「さあ、乗ってください」と桜木が言う。「一体、どこへいくのですか。社長は、後藤田社長はどこへ行ったのですか」
「社長から説明はありませんでしたか。『シャドウ・エグゼクティブ』による会議が開かれる場所にお連れします。社長は別のルートで向かいます」
本社ビルにある別の会議室に移動するものだと思っていた。ヘリコプターに乗ることなど考えもしなかった。乗ったら最後、逃げ出すことはできない。メンバー入りを即答しなかったことで、上空から突き落とされるのではないか。そんな考えが頭をよぎり、立ちすくんだ。
民自党副代表の下河原に取材した時、最後に「我々を舐めるんじゃない」「死ぬほど後悔するだろう」と言われたときのことを思い出した。
制服の男2人が近づいてきた。逃げようとしたが、すぐに捕まった。目隠しをされた。両脇を抱えられヘリコプターに乗せられるとすぐに飛び立った。20分ほど経っただろうか。ヘリは着陸した。
大神は降ろされ、腕をつかまれた。屋外の強い風を受けながらしばらく歩かされ、建物の中に連れていかれた。
(次回は:■シャドウ全員が姿を現す)
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