極限報道#53 闇の世界の帝王からの勧誘 「報酬は?」「前向きに検討」と大神由希
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
午後7時を過ぎていた。大神は三友不動産の玄関フロアに向かった。帰宅する社員の流れの向こう側に広報室長の桜木が立っていた。
「お待ちしていました」。2人でエレベーターに乗り、15階に直行した。社長室では、後藤田社長が1人、ソファーに座っていた。経済部記者の柳田と共に初めて訪れてから4か月が経っていた。大理石のテーブルは変わらず重厚感を漂わせていた。
「いやぁ、久し振り。来てくれたんだね」。後藤田は穏やかな表情で切り出した。
「編集局長から行くように言われました」
「質問状、受け取ったが強烈な内容だったな」
「あれぐらい書かないとお会いできないかと思いました」
「見え見えの作戦だな。いいだろう。こちらからも要件があったんだ。ところで今、我々の会話を録音しているかね」
「いえ。今から録音してもよろしいでしょうか」
「それはやめよう。機器類があるならすべて出してくれ」。大神はスマホを出して机の上に置いた。
「本題に入るとしよう。質問状にあった3つの疑惑についてだが、大方認めよう」。後藤田はあっさりと言った。あまりにもあっけなかった。後藤田が「大筋認めている」と言うことは辛島からも聞いていた。だが、直接聞くまでは信じられなかった。
「やっとだ、やっとここまできた。これで記事にできる目途がついた」。 心の中では快哉を叫んでいたが、表面上は平静を装った。
「大方と言われましたが、認めない点はどの部分ですか?」
「『キックバック資金を懐に入れていた』というところだ。ほとんどは政治家連中へ配ったんだ。決して私腹を肥やしたのではない。そもそも私は金にはなんら困っていない」
「ワイロということですか」
「金を渡して喜ばない奴はいない。特に政治家はそうだ。国民の税金を直接懐に入れるわけにはいかないから、政策の名のもとで都合よくばらまく。そこからキックバックさせて吸い上げていく。まるでブラックホールだ」
「お金の流れについての話を詳しく伺いたいものです」と言った後、「その前に、『防衛戦略研』について聞かせてください。シンクタンクとしての表の顔と全く違う裏の顔があり、水面下で独自の業務を遂行していますね。しかも違法な行為を実践している。『孤高の会』の政策を実現するための組織とみてよろしいですか」
「『孤高の会』との関係は質問状に書かれていなかった。両方の組織のつながりについては確証を得られていないのだろう」
「公益財団法人『城香寺』について調べた結果、『孤高の会』と『防衛戦略研』の人と金の結びつきが鮮明に浮かび上がってきました。もっと早く気付くべきでした。『タックスヘイブン』を使った蓄財とマネーロンダリングの実態も同僚が取材中です」
「かなわんな、君らには」。呆れたように首を振り、髪をかき上げた。「まあ、いい、その通りだ。『防衛戦略研』は、『孤高の会』の政策を実現するために必要な組織なんだ。『孤高の会』が表の顔ならば、裏で支える組織が必要だ。金集めと、敵の排除。『孤高の会』ができないことをすべてやる組織が必要だった」
「経済界のドン」という表の顔とは別に「闇社会の帝王」という裏の顔を持っていたのだ。
「『雲竜会』に指令を出してきたのも後藤田社長ですね」
「その通り。崇高な目的を達成するためには、排除しなければならない邪魔者がうじゃうじゃいてね。金を使って、格闘家の腕自慢を集めた。武闘家が中心だが、けんかがやたらに強いチンピラもいた。私の手となり、足となって動いてくれた」
「港区赤坂周辺再開発地の用地買収で竹内興業を使ったのは三友不動産の関連会社。トラブルになった後、『雲竜会』を差し向けたのは後藤田社長だったのですね」
「君も知っている通り、竹内組が暴走しだしたのだ。暴力を制するには暴力を使うしかない。そう判断したのは私だ。竹内興業を黙らせるために、『雲竜会』のメンバーを使わざるを得なかったのだ。ただ、あそこは踏みとどまるべきだった。『雲竜会』を使うべきではなかった。嗅覚の鋭い記者が嗅ぎつけて突っ込んできた。フフフ、君だ」
「数々の殺人も実行していますね」
「そういうこともあったかな」。後藤田の目が鈍く光った。「社会評論家の岩城さん、政治家の金子さん、そして伊藤社長。殺したのは『雲竜会』ですね」
「いや、それは違うな」
「止めを刺したのは、『防衛戦略研』の『シャドウ・エグゼクティブ』と言いたいのですか」
「いっぺんに次々と畳み掛けられても困るな。それらを答える前に、君に折り入って相談があるんだ」
「なんでしょうか」
「ずばり言う。私たちのチームにはいらないか。仲間になってほしい」
「『防衛戦略研』ですか」
「そうだ」。予想した通りだった。後藤田が内情を暴露するかのように語り出したのは、組織に誘い込むことが前提だったのだ。断ることはできないように追い詰めてくるのだろう。
「肩書は『シャドウのエグゼクティブ』ですか、『リーダー』ですか。それとも隊員ですか」
「ほう、勧誘があることを事前に予測していたかのようだね」
「郡山教授は警察の取り調べで、私を勧誘しようと考えていたと供述しました。以後、もし勧誘があったらどうするかをずっと考えていました」
「郡山? 私の方には完全黙秘を貫いたという報告しか入っていない」
「最後の供述をした後、自殺されました」
「ほかにどんなことを話したのかな」
「言えません」
「わかった。警察中枢にもメンバーがいるから聴いてみよう。ところで、私からの申し出は考えてくれるかな。もちろん、『シャドウ・エグゼクティブ』だ」
「報酬は?」
「報酬ね。それを聞くということは、脈はあると考えていいのかな? 君は新聞社内で居場所がなくなっているようだな。まさに、孤高だ。報酬は君の言い値でいい。いくらでも出そうじゃないか」
「わかりました。前向きに考えさせていただきます。最終的な返事は後日でいいですか」
「いや、後日というわけにはいかない。今、ここで決めて欲しい」
やはり帰す気はないようだ。
「今ですか。断ったら?」。後藤田は黙った。
「殺す、ということですか?」
「いやいや、そんなことは言っていない。返事を急がせて申し訳ないが、どうだろう、一緒に日本を変えていこうじゃないか」
「『孤高の会』の主義、主張には抵抗がありました。『防衛戦略研』がやってきたことについては虫唾が走ります。しかし、報酬には魅力を感じます」
「いいことだ。人にはもって生まれた能力に応じて果たすべき役割がある。君は一記者ではもったいない。力を政治に使うべきだ。才能のある人材には相応しい使命が与えられ、相応の報酬を受け取るべきなんだ。メンバーになれば、今後、日本、いや世界を動かしていくことになる。忙しくなるがやりがいもある。高額報酬は当然のことだ」
大神は追い詰められていった。
(次回は、■父の死の真相)
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