極限報道#52 敵が動いてきた 「取材禁止」だが、出陣だ!
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
「後藤田社長が君に会うと言っている」「君からの質問について認めるところは認めると言っている」。辛島編集局長は車の中で大神に言った。
「本当ですか。私が質問状に書いた内容を認めるというのですか?」
「大筋認めると言っていた。これから君が社長とサシで会って確認すればいい。これを逃すと、二度と社長には会えなくなるかもしれないぞ」
「質問状の中身について認める」。それは、信じがたいことだった。最重要人物と睨んでいる後藤田社長が知っていることをすべて話せば、これまでの取材で詰めることができなかった疑惑の数々の真相が明らかになっていくだろう。
それは、『防衛戦略研』の真実について紙面化できることにつながる。辛島の行動は胡散臭さが随所に見られたが、もはやそんなことはどうでもよかった。
大神はスマホのメモ欄で、後藤田への質問状の中身を改めて確認した。
三友不動産社長 後藤田武士さま
質問状
港区赤坂周辺再開発地での用地買収をめぐる取材に応じていただきありがとうございました。おかげで内容の濃い記事にすることができました。その後、取材を重ねた結果、後藤田社長に関わる疑惑が次々と判明してきましたのでお伝えします。
① 『日本防衛戦略研究所』(防衛戦略研)のトップは後藤田社長である。
② 『雲竜会』なる暴力組織を結成したのは後藤田社長である。『防衛戦略研』への国からの助成金3億5800万円のうち5800万円を受け取り、『雲竜会』の運営資金にあてている。
③ 防衛産業からのキックバックの資金を懐に入れていたのも後藤田社長である。
後藤田社長は優秀な経営者として辣腕を振るい、日本経済の発展に貢献されておりますが、一方で「日本の防衛を真剣に考えている」と言いながら、実際は私腹を肥やすことに汲々とするだけでなく、殺人という最も残酷、残忍な犯罪を主導しています。
以上が私の独自取材でたどり着いた結論です。ただし、ここに列挙した疑惑は、大神個人が確信していることでありますが、確たる証拠はございません。後は、ご本人がお認めになることをもって「事実」となり、公にされるものであります。ぜひとも、後藤田社長にお会いしたく存じます。返事は1週間後の8月22日までに連絡いただければと考えます。
大神由希
追伸
私の父は19年前に交通事故の犠牲になって死にました。
車を運転していた人は逮捕されましたが、その後、「嫌疑不十分」で不起訴になりました。その方の名前は、「遠山武士」です。遠山武士氏はその後、後藤田家の婿養子になられたと聞いております。
後藤田が「防衛戦略研」のトップに君臨する人物であると疑ったのはいくつかの理由があった。
経済部の柳田と一緒に三友不動産本社に取材に行き、初めて後藤田を見た時、以前どこかで会ったことがあるように感じた。その時は思い出せなかったが、「防衛戦略研」主催の仮面舞踏会で、丹澤副総理の隣で話し込んでいる能面の男の全身を真正面から見た時、鮮明に思い出した。
19年前に交通事故で亡くなった父の仏壇に線香をあげさせてくれと言って家に来た男と背格好がそっくりだった。父をはねた車を運転していた男は、「遠山武士」と名乗った。
小学生だった大神は玄関先で男の姿を目に焼き付けていたが、その時の記憶がフラッシュバックした。その後、「遠山武士」のことを調べたところ、後藤田家の婿養子となった後藤田武士であることが判明した。
舞踏会の壇上のすぐ後ろに立っていたメンバーが「シャドウ・エグゼクティブ」と
考えれば、中央に近いほど序列は上のはずだ。丹澤が「孤高の会」のトップとして君臨するのであれば、後藤田が「防衛戦略研」の仕切り役でもおかしくない。
後藤田の活動の背後には、「孤高の会」「防衛戦略研」の影がいつも見え隠れしていた。三友不動産が民間の中心になって進める港区赤坂周辺再開発地に建設中の「タワー・トウキョウ」が、「孤高の会」の本拠地になることも判明した。
大神自身が「防衛戦略研」に勧誘されているという話が浮上したが、一体だれが推薦したというのか。後藤田しか考えられなかった。なぜ、大神を推薦したのか。後藤田も大神という名字から19年前の事故に行きついたのか。父親を死なせたことへの贖罪の気持ちがあり、勧誘しようとしたのだろうか。
質問状を出したことは井上遊軍キャップには言っておいたが、文面は見せていなかった。質問事項の指摘が事実無根であれば、質問状が届いた時点で、間髪を入れずに新聞社へ抗議がくるはずだ。
抗議がきた段階で、質問内容が過激すぎるだけに責任を問われ、会社を辞めることになるかもしれないが仕方がない。いつでも提出できるように辞表を書いて鞄の中に入れておいた。
一方で、指摘があたっていれば、後藤田は接触してくるに違いなかった。どんな形であれ一部でも暴かれれば、すべてを失いかねないからだ。しかし、後藤田からも三友不動産からもなんらの反応もなかった。回答期限の1週間が過ぎた時、大神は三友不動産に催促の連絡をとろうと考えたが我慢し、待ち続けた。その間は、社会部長の指示通り、内勤だけをこなす日々を送ってきた。
そして、ついに後藤田が動いてきた。まさか、編集局長から「行こう」と声がかかるとは思わなかった。信じられない展開だった。相手も十分な罠を仕掛けてくるだろう。質問状を出した時には、大神は何があっても受けて立とうと考えていた。
巨悪を根絶させるためには、自分の命も惜しくない。覚悟を決めていた。だが、その後、新聞社の上層部から「問題児」扱いされるようになり、同時に体調面でも変調をきたした。自分ひとりで強がっていてもどうにもならないという無力感が、次第に心の底から湧き上がってきた。
車内で大神が辛島に言った。
「私は今、取材を禁止されています。それは編集局長が決めたことです。三友不動産社長の単独取材は許されるのですか。処分されるのではないですか」
「取材禁止は、君の身に迫る危険を考えたからだ。あの質問状は、取材禁止の前に出したものであり規則違反ではない。相手は大企業のトップ。経営の神様とも言われている男だ。危険人物ではない。『防衛戦略研』についての取材に応じるというのだからチャンスじゃないか。局長である私が言っているのだから大丈夫だ。処分なんてあり得ない」
「『防衛戦略研』について聞いたと言っていませんが、なぜ、質問状の中身まで知っているんですか」。辛島はふいを突かれたようにしばらく沈黙した。いったん顔を背けて態勢を整えるようにしてから言った。
「いや、私が後藤田社長を説得しているときに、少しだけ中身を聞いたんだよ。まずかったかな」
「質問状の中身を読んだのであれば、『後藤田は危険人物ではない』という発言は出ないと思います。それに私は今日は体調が悪いので、別の日にするとか、あるいは今日でなければいけないなら、別の記者に行ってもらいたいのですが。それでもよろしいですね」
辛島をあえて揺さぶってみた。
「君じゃないとダメだと言うんだ。質問状の中に、プライベートな内容まで書かれていた。あれは新聞社からの質問状ではなく、大神からの『私信』だと後藤田社長は言っている。2人でゆっくりと話し合いたいと言うんだ」
プライベートな内容というのは、父の交通死亡事故の件を言っているのだろう。辛島は少しいらだっている様子を見せ始めた。これ以上じらすと、後藤田に会うチャンスを逃してしまうかもしれない。
「わかりました。私1人で取材に伺います。その前にこの車で私の家に寄ってもらえませんか。近いので20分もかかりません。取材は予定していなかったので、服装を着替えてきます」。大神はジーンズ姿にスニーカーというラフな格好だった。
「服装などはどうでもいいと思うけどな」
「そういう訳にはいきません。相手は大企業の社長です。経営の神様に会うのにジーンズ姿では失礼です」
間もなく車は大神のマンションの下で止まった。大神は1人で部屋に入ってスーツに着替えた後、スマホで5人にメールを送った。そして再びハイヤーに乗り込んだ。間もなく三友不動産本社に到着した。
駐車場には警備員が立っていたが、車は辛島の顔パスで入っていくことができた。
「後藤田社長には君が自宅に戻っている間に『間もなく三友不動産に向かう』と連絡しておいた。ここからは別行動だ。君はロビーに行ってくれ。桜木君が待っている」
「局長はどうされるんですか。一緒にいてくれるのではないのですか?」
「別の場所で打ち合わせがある。後で合流するから心配しなくていい」
大神が降りると、運転手に指示して、車はその場から去っていった。
大神は1人になった。
(次回は、■闇世界の帝王)
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