表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/80

極限報道#51 後藤田社長が君に会うと言っている」 「編集局長通信」がスタート

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は社会部の真ん中付近にある内勤用の大テーブルで仕事をこなしていた。取材を禁じられてから4日が経っていた。


 内勤の仕事はタレコミのチェックのほか、外勤から送られてくる原稿を手直ししたり、紙面の大刷りで記事に間違いがないかを最終チェックしたりすることが主な仕事だった。


 人員削減で校閲の専門記者が減らされている影響から、降版間際でも、固有名詞の誤りなどが散見される。すべての記事を短い時間、集中的に読み込むのは疲れる。

 読者からの電話は広報のお客様センターで受けるが、社会面の記事への苦情が回ってきたりもする。粘着タイプの読者につかまると対応に1時間ほどかかり、それでも終わらずに何日にもわたって対応することもある。


 2週間の休みをとったにもかかわらず体調がすぐれない。これまでに感じなかった体のだるさがあり、頭痛も続いていた。取材に奔走している時は、気持ちに張りがあり、体調の悪さもふっとんでいたが、取材を禁じられて以後は、気分も体も重くなる一方だった。


 社内メールをチェックすると、辛島編集局長から編集局員向けの「通信」が届いていた。社内情報共有ネットでは、編集局長が画面に現れ、同じ内容で社員に語りかけていた。



編集局長通信(1)                

▽202X年8月25日

    編集局記者のみなさんへ 編集局長の辛島です。


 今日から編集局長通信をスタートさせます。

 今、世界情勢は混とんとしています。各地で戦争が勃発しています。軍事政権によるクーデターも相次ぎ、国によっては民衆を弾圧して死者が多数でるなど深刻な事態が起きています。この流れはさらに広がっていくでしょう。日本を取り巻く情勢も緊迫感を増しております。日本を「敵国」であると認定している国もあり、核を搭載したミサイルの照準が東京、大阪などの大都市のほか、地方に点在する原発に向けられているという精度の高い情報が入ってきています。


 日本はどうあるべきか。いざという時に備えて防衛力の強化を一層充実していかなければなりませんが、一方で、積極的な対話による外交戦略も必要です。日本独自に紛争の平和的解決を図るためにも汗を流すことが最も大事なことであり、国際社会における日本の使命でもあります。社説で何度も触れてきましたが、一向に進展がみられません。


 国内の政治状況を見ると、「孤高の会」が与党の立場にありながら、現政権に対して強烈な批判を繰り返しています。「孤高の会」の主張は極めて特異です。これまでの考え方を一気に覆すものばかりであります。内容は一線で働く皆さんであればすでにご存じの通りなので触れませんが、危険な思想も垣間見られ、警戒する必要があります。神経を研ぎ澄ませて、主張する項目ごとに十分なチェックをし、批判すべきところは批判していかなければなりません。


 正面にたつのは、政治部ですが、社会部、経済部も一致団結して、今の政治の現状に対して、厳しい目でチェックして、紙面に生かしていきましょう。決して恐れる必要はありません。われわれは100年を超える歴史と伝統があり、幾多の苦難を乗り越えてきました。言うべき時は言う。何事にも屈せず、報道の自由を守り抜く。これがわれわれの精神であり使命なのです。以上 (コピー、転送禁止)




 大神は社と自宅の往復はタクシーを使っていたが、4日間何も変わったことは起きなかったことから、今日は上司の許可を得て、歩いて帰ることにした。途中で夕食の買い物もしたかったし、たまにはショッピングをしたり映画を見たりして気分転換をしたかった。


 銀座の中心街に向かって歩いて行く途中、黒塗りの大型車が大神の横で止まった。後部座席の窓が開いた。にゅっと顔を突き出したのは、編集局長の辛島だった。


 「大神君、乗らないか。話があるんだ」

 いきなり辛島が現れたことに驚いたが、言われるままにハイヤーの後部座席に乗った。重装備の車内だった。

 「少しこの辺を巡回してくれ」と辛島が運転手に言い、後部座席の横のボタンを押した。運転席と後部座席の間に、声が漏れないようにアクリル板の仕切りができた。


 「編集局長通信、読んでくれたかな」

 「はい」

 「どうだった。感想を聞かせて欲しい。君に言われ、君に向けて書いたようなものだ」

 「正直に言っていいですか」

 「もちろんだ」


 「世界と日本の危機的な情勢分析は的を射ていると思いました。ただ、私は『孤高の会』と『防衛戦略研』の不正の実態を取り上げてもらい、社として一丸となって追及していかなければならないという姿勢を強調していただきたかった。はっきり言って物足りないです」


 「手厳しいな。今の私の立場で書けるのはあそこまでだ。私の発言は社内向けであっても必ずと言っていいほど社外に漏れる。すでにネットで拡散が始まっている。『孤高の会』から激しい攻撃が来るのは間違いない。『孤高の会』打倒ありきで紙面を作っていると思われるのはマイナスばかりでいいことはない。選挙妨害で社長が国会で吊るしあげられることになる。だから表現を抑え気味にした。実際の紙面作りは現場が判断してくれればいい」


 この編集局長メールに対する反応は予想外に大きかった。内容については賛否両論あったが、編集局長が局員に向けて直接意見表明すること自体はこれまでになかったことで歓迎の声が多かった。すぐにネットメディアにも全文が漏れ、だれでも見ることができる状態になった。編集局長は抑え気味にしたと言っているが、おそらく炎上し、「孤高の会」からは間髪を入れずに抗議がくるだろう。


 「リスクはあるが、これからも定期的にメールを発信していくことにする。第一線の記者との間の壁が低くなったような感じがする。君のおかげだ」。大神はそれには答えずに、「それでは私はここで降ります。自宅に帰りますので」と言った。


 「いやいや、本題はこれからだ。今から三友不動産の本社に行くんだ。君にも一緒に来て欲しいんだ」

 「えっ」。突然、話が切り替わり、しかも、三友不動産の名前がでてきたので驚いた。「局長が三友不動産に何をしに行かれるのですか?」

 「実は後藤田社長が君に会うと言っているんだ。君は社長宛に質問状を出しただろう」

 「確かに出しました。回答期限に指定した1週間はすでに過ぎましたが何の返事もありません」

 

 「前にも言ったが、後藤田社長とは経済団体の会合で会って意気投合してから定期的に食事をしたりして会っている。君が質問状を送った直後に私の方に連絡があった。その時は『質問状の内容がめちゃくちゃなので無視する』と言っていた」

 「それでどうしたんですか。なんでそのことを私に連絡してくれなかったんですか」


 「君に連絡しても仕方がないことだ。要は単独取材ができるかどうかだろ。私は独自に説得したんだよ。取材には応じるべきだとね。それでも最初は首を縦に振らなかったが、会うたびに言い続けたら軟化していった。ようやく折れた。そして私に『大神記者を連れて来てくれ』と言うんだ」


 「編集局長に仲介を頼むのはおかしいですよ。私に直接言うべきではないですか」

 「筋はそうだ。だが、手順なんてどうでもいいだろう。後藤田社長は、『話せることはすべて話す。認めるべきところは認める』と言い出している。こんな絶好の機会はないぞ」


 大神は耳を疑った。

「認めるべきところは認める」。辛島は今、確かにそう言った。


 本当に後藤田がそう言ったのだろうか。


(次回は、遠山武士が後藤田武士へ)



お読みいただきありがとうございました。

『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ