極限報道#50 編集局長が執拗に聞いてくる 「社としての報道方針は」。大神が応戦した
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
新聞社幹部による大神に対する「尋問」は続いた。
「そもそも『血の結束』とは一体なんだ」。社会部長に続き、今度は編集局長の辛島が口を挟んだ。
「罪を犯した者同士の運命共同体という意味でしょうか。理解できない世界です」
「『孤高の会』との関係は明らかになっているのか」
「表裏一体の関係であることが取材で明らかになってきています。『孤高の会』も犯罪を黙認しているように思います。そういえば、さきほどニュースで流れましたが、軍事評論家のジェーン・スミス氏も『防衛戦略研』によって殺害されたのではないかと私は考えます」
「表裏一体の関係を示す証拠はあるのか」
「『防衛戦略研』のグループ企業や関係団体を調べていくうちに、人脈や金の流れが明らかになってきています。同僚がさらに取材しています」
「『一人一殺』とか『血の結束』とかいう文言はそもそも誰から聞いたのだ」。辛島が重ねて聞いた。
「私の取材先です。ネタ元です」
「それは誰だ。警察情報か?」
「この場で言わないといけませんか」。主に田森課長からの情報だったが、その名前を言うことははばかられた。「君の同僚が『防衛戦略研』メンバーということだってありうるのではないか」という鏑木警部補の言葉が頭をよぎった。
朝夕デジタル新聞では、記者が出稿する際、デスクに聞かれたら、「取材源」についても原則として話さなければならない。それが暗黙の了解事項になっていた。編集局長に聞かれたのであれば通常は答えざるを得ない。だが、この場で問い質されることに違和感を持った。まだ記事になっているわけではないので言う必要もないとの判断もあった。
「ネタ元を明かせないのか」
「重要な情報源なんです」
しばらく沈黙が続いた。
「まあ、情報源については改めて聞こう」。辛島がつぶやくように言った。
西川社会部長が「よろしいですか」と辛島の了解を得たうえで、「最後に君の処遇についてだ」と言った。大神は「遂に来たか」と思った。異動だろうか。編集局から出されて、ペンを折られるのだろうか。あるいはクビになるのだろうか。
「9月からオリンピック班に入るということは言った。それまでの間についてだが、君に押し切られる形で『取材は自由だ』と言ったが撤回する。社外に出ての取材活動はすべて禁止する。社で内勤を続けてもらう。定時になったら帰宅するんだ。家と会社の往復は当面、タクシーを使う。編集局長にも了解してもらった特例措置だ。わかったな」
「わかりました」。これだけの幹部が揃っている前で、社の決定事項に抵抗しても仕方がなかった。「よろしい」と満足そうにうなずいた西川が「それではこれで」と言った時、大神が「私も一言、言いたいことがあります。いいですか」と声のトーンを上げて言った。
「なんだ。今、『わかりました』と言っただろう」と西川は露骨に嫌な顔をした。
「この場は一体何なんですか。私のような一記者の処遇に、これだけの幹部の方が集まるなんて。部長に加えて編集局長まで同席されるとは……。私の取材を禁止するなんてことよりも、もっと重要なことがあるのではないですか。『孤高の会』についての社としての報道方針はどうなっているのですか。主張自体が極めて危険な組織です。しかも、何度も説明しているように、殺人を犯している可能性が濃厚な『防衛戦略研』とも密接な関係がある。そんな実態が明らかにされないまま、国民の支持が広がっている。この事態を社としてどうとらえていくのか。社員の私たちには全く聞こえてこない。政界から圧力がかかっているというじゃないですか。このまま、圧力に屈してしまうのですか」
「君に言われなくても、毎日、各部長が集まる会議で『孤高の会』の紙面の扱いについて議論している。その中身についても、当然、編集局長も了解している。圧力に屈した覚えなど、ない。君は社説を読んでいないのか」と西川が語気を強めた。
「甘い、甘過ぎるんです。社説はただ警鐘を鳴らしているだけです。もうそんな段階は過ぎている。今の社説なら、誰でも書けます」
「いい加減にしろ、言わせておけば。一兵卒のくせに侮辱は許さん」。西川の顔が真っ赤になった。「一兵卒」と言われ、大神の目に涙が滲んだ。だが、声の大きさだけは負けずに続けた。
「社を挙げて、一丸となって闘うべきだと言いたいんです。戦争に反対する。戦争に向かいそうな動きについては徹底的に闘う。それこそが、第2次世界大戦に敗戦した後、戦争の片棒を担いだ新聞社が読者に対して誓ったことではないのですか。それこそが朝夕デジタル新聞の伝統、譲れない一線ではないのですか。少なくとも、私はそう学びましたし、常に意識の根底にあります」
「我々は政治家ではない。報道機関だ。今起きていることを丁寧に報道していく。取材対象をたたくような記事を書く場合は、相手側の言い分をしっかりと掲載する。当然のことだろう。第2次世界大戦直後のことなど何も知らんくせに偉そうな口をたたくな」
「あなたはそれでも社会部長ですか。独裁体制が築かれてからでは遅いんです。暗黒時代に突入してしまう前にやるべきことがあるはずです」。大神は一歩も引かなかった。
パチ、パチ、パチ
突然、大きな音がした。誰もが、リズムよく拍手をしている人物の方を見た。辛島編集局長だった。
「よくぞ言った、大神君。君の言う通りだ」。辛島が甲高い声で言った。
「そういう気概のある記者が若手の中にいることはうれしい。もちろん、『孤高の会』の主張は危険だ。危険極まりない。戦うべきだ。私はそう思っている。一線の記者に伝わっていないならば私からメッセージを伝えよう。ただ、一方で我々は常に謙虚でいることも大事だ。特権意識を持ってはならない。傲慢な態度、上から目線の視点が世間から糾弾されてきたことも忘れてはならない。報道機関は影響力があり、責任が伴うということを自覚する必要がある。我々は取材する立場だが、一方で取材の姿勢そのものも厳しい目でチェックされている。大神君、君の取材姿勢は一線を越えている。闇雲に突っ走ればいいというものではない。さらに君が言う殺人集団であるという『防衛戦略研』が、君の命を狙っているのだろう。そんな危険な状態をほうっておくことはできない。社員の危機は、社の危機だ。君は、幹部が雁首揃えてと言うが、私は、この打ち合わせに、社長が出て来たっていいぐらいの深刻な問題だと考えている。とにかく、取材に出歩くことは禁止する。『孤高の会』についての社論と、君の処遇は別問題だ」
一気にそう言うと、「今日は解散しよう、気分が悪くなってきた」と言い放って席を立った。西川がすぐに後に続いた。
(次回は、■「後藤田社長が君に会うと言っている」)
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