極限報道#49 自殺した教授が語った謎のメッセージ 大神 新聞幹部に囲まれ追及受ける
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
社会部遊軍席でぼんやりとテレビニュースを見ていたら、夕方のニュースの最後で、日本在住のウエスト合衆国の軍事評論家、ジェーン・スミスの訃報が伝えられた。渋谷区広尾の一人暮らしの自宅マンションの風呂場で溺死だった。享年62歳。コメンテーターとしてテレビに時々出演していた。
大神は、ジェーン・スミスをネットで検索した。
海軍士官学校出身で複数の戦艦に乗り込み、太平洋軍や沖縄基地での勤務経験がある。50歳で除隊し、軍事評論家になり、主に太平洋地域の軍備状況の分析を専門に多くの著書を出版した。日本人女性と付き合いがあったこともあり、度々訪日。5年前から日本に住むようになった。
日本の防衛問題についての論評に定評があった。舌鋒鋭く、日本の防衛の盲点を的確に指摘する。ウエスト合衆国からの兵器の無駄な購入についての主張は、極秘資料に基づいた具体例を挙げており、説得力があった。
新聞には多くの論評が載り、テレビではコメンテーターとしても活躍していた。若者を中心に影響力があり、片言の日本語だが、大学の学生主催の講演依頼はひきもきらない。日本の果たすべき役割は「平和外交」だと訴え、防衛力や、攻撃力強化に向かう流れに警鐘を鳴らし続けている。
「防衛戦略研」の仕業ではないのか。大神は、防衛に携わり、防衛の一層の強化に対して批判的な立場の人の死がニュースになると、すべてを「防衛戦略研」と雲竜会に結び付けて考えるようになっていた。
昨年は憲法が専門の護憲派の教授が歩道橋の階段から転げ落ちて死んだ。一昨年はテレビでも活躍していた女性の軍事評論家が不審死を遂げた。練炭を使った自殺と発表されたが、ノートパソコンに残された遺書の内容が支離滅裂で「謎の死」と騒がれた。
ジェーン・スミスが書いた書籍をネットで検索して読み始めていると、遊軍キャップの井上が難しい顔をしながら近づいてきた。そして、大神に編集局長室にすぐに行くように言った。大神が編集局長室の応接室に入ると、編集局長、社会部長、デスク、警視庁キャップがソファーに座っていた。
井上も後ろから入ってきた。誰もが黙り込んでいた。「何事か」と緊張が高まった。永野洋子との関係を問いただされるのだろうか。流れからすると十分に考えられることだった。気難しい顔をした男たちに囲まれるように真ん中に座った。まさに「被告席」だった。
警視庁キャップの興梠が重々しく口を開いた。
「君と永野を拉致した男たちの1人が遺体で見つかった。若頭を銃撃して逃げていた男、平総一郎だ。神戸の六甲山の山道脇に、首やら足やら手がばらばらになって捨てられていた」
「本当ですか? それで犯人は捕まったのですか?」
「いや、まだだ」
「羽谷組が見つけ出して報復したのでしょうか」
「そう見るのが普通だ。その見立てで警視庁と兵庫県警は動いている。羽谷組長を締め上げているようだが、組長は『知らん』と言っている。羽谷組が本当に殺していたら、時間を置いてでも組員を出頭させるものだが、その気配はない。わずかな可能性だが、『雲竜会』が平を殺したということも考えられる」
「そんなことがあるんですか?」
「ある。『雲竜会』は、まだ暴力団として認定されていない。金でかき集められたワルたちが集まった集団で、個人の戦闘能力は高いがメンバー間の結束はない。一方の羽谷組は若頭の葉山が銃撃されたことで本気になった。すさまじい攻勢をかけ、『雲竜会』の関係者を探し出して、片端から痛めつけている。半殺しにあった者もいる。平を匿うことができずに追い詰められて殺したのかもしれない」
「羽谷組が本気になった」。永野が言った通りだった。
「平は、君が京都に旅行していた時にも後をつけていたらしい。雲竜会の幹部が警察の取り調べで話したところによると、君が京都からどこかへ逃げるような仕草を示せば、すぐに殺すという指令が下りていたようだ」
やはり正面橋の上に立っていたのは平だったのだ。
「そしてもうひとつ。こちらの方が我々にとって大事なことだ」。興梠がじっと大神を見据えて続けた。大神は身構えた。
「大神を拉致した時にいた仮面の男、大学教授の郡山寿史だが、今日の昼間、病院で自殺した」
「自殺?」
「そして自殺する直前、病院での警察による事情聴取に対して謎の言葉を残した」
「謎の言葉?」
「『自分は大神由希を殺す使命を担っていた。しかし一方で、大神を『防衛戦略研』の幹部に勧誘する話も持ち上がっていた。なので、あの拉致現場で殺すつもりはなかった。別の場所に連れていくつもりだった。もう1人の女は、知っていることをすべて吐かせた後にあの場で殺すつもりだった』。以上だ。もう1人の女というのはもちろん、永野洋子のことだ。捜査一課が郡山教授から事情聴取したのは今日が初めてだ。なんせ重体だったからな。郡山が言った言葉はこれだけだった。この後、痛みが激しくなり嘔吐を繰り返したので聴取を中断した。教授が1人になった時、病室の電気コードで首を吊った。看護師が気付いた時にはすでに死んでいた」
「殺されたのではないですか」
「自殺に間違いない。組織と羽谷組の両方から命が狙われているという情報があって、病室の前に警察官2人が配置されていた」
「君が拉致された時、後から現れた郡山教授から何か言われなかったか」。今度は西川社会部長が大神を質し始めた。
「『大神さんはどちらだ』『大神さんは後だ。ゆっくりと時間をかけましょう』と言われました。それだけです」
「教授の最後の供述をどう思う?」
「デスクからのヒアリングでも言いましたが、組織というのは、『防衛戦略研』で間違いありません。活動の邪魔になる人物を標的にして、『雲竜会』が追い詰め、最後に『シャドウ・エグゼクティブ』が息の根を止める。それでこそ覚悟が決まり、革命を起こすにあたっての堅い結束が生まれる。そういうとんでもないルールが存在しているようです。『一人一殺』とか『血の結束』とか言っている。戦前から続くテロの流れが根底にあります。郡山教授は『シャドウ・エグゼクティブ』の1人。私自身がターゲットになっていたと考えられます」
「なぜ、君がターゲットになったと思う?」
「わかりません。私はただ、『防衛戦略研』の取材をしているだけです」
「取材の過程でなにかがあったのだろう。絶対に触れてほしくないところに君が入り込んだとしか考えられないな。一方で組織に勧誘されるとはどういうことか。平にしても京都で君を殺そうと思えば殺せたのに行動確認だけで終えている。君が勧誘されるという心当たりはないのか」
「全くありません」。大神は強く否定した。
社会部長ら男たちに囲まれた「尋問」は続く。
(次回は、■編集局長が執拗に聞いてくる)
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