極限報道#48 永野洋子と決別 重傷の山手組若頭に名医
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
大神は永野に電話した。拉致事件以後、永野は病院に長期入院したままだった。
そもそも永野は巻き添えを食ったようなものだ。にもかかわらず、永野は男たちと堂々と渡り合った。そして右手親指を大けがし、助けに来た広域暴力団羽谷組若頭の葉山が撃たれて重体となった。
すぐに永野のお見舞いに行こうとしたが、治療と警察からの事情聴取が続いて会えなかった。メールで簡単なやりとりをしていたがようやく電話がつながった。時間を調整して入院している病院に行った。
「私のせいで事件に巻き込んでしまって。しかも葉山さんがあんなことになってしまい、なんと言っていいのか。本当に申し訳ありません」と大神が謝った。
「あなたのせいだけではないわ。私の方からも『防衛戦略研』について情報提供したわけだし、喫茶店で会おうと言ったのも私だった」
「親指の具合はどうですか」
「つぶれたままよ。生涯、このままね。ずっと、ズキズキしてたまらなく痛いわ」。右手には大きな手袋をしていた。
「羽谷組が駆け付けるのが思ったより遅かった。話を長引かせて時間を稼ぐのが大変だったわ。葉山も出所の日にあんな目に遭うとは」。葉山は暴力団羽谷組の若頭だ。ヒットマンに撃たれて以後、重体が続いている。
「葉山さんの容体が心配ですね」
「そうね。でも私は『命の危険』という面では楽観視しているの。日本でも1、2を争う名医がついているそうよ。相当な治療費になるけど、山手組の最高幹部が『何としても生かして欲しい』『金に糸目はつけない』と大物政治家に言って名医を紹介してもらったらしいわ」
「山手組の中でも将来を期待されていたのですね」
「そう、そう。でも私はあまり山手組に借りを作りたくない」
「どうしてですか」
「だって、ヤクザの世界から抜けられなくなるじゃない。私は葉山の後半生、たとえ意識がないままでも、体が不自由なままでも静かに生きていて欲しいのよ。できるならどんなに高額でも治療費は私が出したかった。でもヤクザの世界は男社会よ。私が『治療費を出すから』なんて言ったものなら、『俺の顔をつぶすのか』とか言われるわ。それこそ命を取られることになりかねない」
永野の話を聞きながら、申し訳ないという気持ちをはるかに超えた感情に襲われた。そして、葉山に対する永野の深い愛情に触れていてもたってもいられなくなった。体の芯のどこからか、大粒の涙が溢れ出る。目から流れ落ちないように必死で堪えながら、話題を変えた。
「あの拉致事件が報道されて、永野さんの夫の田島さんは財務省にいられなくなるという話を聞きました」
「情報、早いわね。まあ、仕方ない、辞めるでしょうね。妻が暴力団と関係があったらさすがにまずいでしょう。でも外資系の銀行に移るらしい。いくらでも職はありそうよ。心配いらないわ。数年は海外での勤務になりそうだけど。それから新しい情報が入ってきたわ。『防衛戦略研』への助成金『3億5800万円』だけど、『3億円』は『防衛戦略研』の口座に振り込まれていたけど、『5800万円』はやはり現金で個人の口座に振り込まれていたことがわかったわ。おそらく殺人依頼のための予備費ってとこね」
「入院していながらどうやってそんな情報をとれるのですか?」
「パソコンあけたら情報源から機密メールが入っていたのよ」。大神は驚くしかなかった。
「個人の口座の名義は誰なのでしょう。丹澤副総理ですか?」
「それはわからない。調べてみて。ところで、私たちの事件のことだけど、警察発表では、犯人の男たちが所属する組織は『雲竜会』というらしいわね。三友不動産の用地買収をめぐる傷害事件でも名前が出ていたけど」
「そうです。『防衛戦略研』の下部組織として動いていたことが明らかになりました」
「詳しく知りたいんだけど。『雲竜会』について教えてくれる? 誰が仕切っているの? 拠点はどこに置いているの?」
「それって、葉山さんの復讐をするということですか。羽谷組が報復するのですか。『雲竜会』を壊滅させるためですか?」
「えっ」
「永野さんは羽谷組の顧問をしていると聞きました。葉山さんを撃った男はまだ逃げています。羽谷組が捜し出して殺すんですか?」
「顧問って、詳しいわね。警察情報? それしかないわよね。形の上では、そうなっているのかも。確かに一定の金額が振り込まれているわ。でも全く使っていない。溜まっていくだけ。すべてをアジアの恵まれない子供たちに寄付するつもり。学生時代からのライフワークなの。本当よ。私たちは拉致され監禁された被害者なのよ。加害者が一体誰なのか、どんな組織なのかを知りたくなるのは当然でしょ?」
「裁判で弁護をした費用であれば法的にも道義的にも問題はないと思います。でも顧問料はダメです。暴力団がしのぎで稼いだ金であることには変わりがない。そのままでは、永野さんが『反社会的勢力』にされてしまいます」
「だからなんなの。私を告発するつもり。もっとも警察はすべて承知していることなのでしょうから告発しても意味はないわね。そもそも『反社会的勢力』ってなに。 PTAじゃないんだから、記者のあなたはもっと言葉に敏感で繊細にならなくちゃ。みんな突き詰めていけば基本的人権が保障されるべき国民よ。罪は糾弾すべきだけど、人にレッテルを張ってのけ者にする風潮は問題よ。それとも、私のような素性の怪しい人間とは付き合えないということであれば結構よ。いつでも『さようなら』と言いましょう」
「永野さんは羽谷組を引き連れて『雲竜会』を壊滅に追い込むのですか?」
「引き連れてって。あんなにごっつい男たちが私の言うことを聞いて付いてくるとでも思っている? あり得ない。『仁義』とかいうのは私の対局の世界観。暴力も反対。だって痛いし、怖いもん」
「これまで取材で貴重な情報をいただいてばっかりなのに。こちらからはなにもできてない。お役に立てなくてごめんなさい」
「笑わせないで、お嬢様。貴重な情報というけど、あなたが勝手に動き回るのを期待してのことだから。こちらにも都合のいいことに利用させてもらっているから」
「私は事件担当ではないので、捜査の詳しい内容については警察からほとんど聞いていません。でももしも取材で知りえたとしてもその情報をお話しするわけにはいきません」
「報道機関は『報道の自由』の名の元で、いろんな情報をかき集める。公務員の守秘義務の壁も打ち破るし、『取材源の秘匿』も保障されている。同じように私たちが情報を聞きたがったらどうしていけないの?」。しきりに右手をさすっていた。痛みが激しいのだろう。
「それは、情報を入手することの意味、理由、使い方によると思います。報道機関は民主主義を守るために日々、尽力しています」
「その民主主義自体が危機に瀕している時にどれほど闘っているというの? わかったわ、堅物すぎて本当に面白くないわね。もうあなたからは一切、何も聞かないから心配しないで。それから今後はこちらからの情報提供については、『お金を払ってね』。ビジネス上の付き合いよ。それから最後の忠告よ。あなたはこれ以上最前線では動かない方がいいわ。羽谷組が戦闘モードに入った。葉山が撃たれことへの報復もあるけど、それだけではない。利権を食いつぶすつもりよ。あなたが青臭い正義感をもって、へたに動いたりすると巻き込まれて今度こそ命を失うことになるわ」
「子供扱いしないでください。私も今回の取材では、覚悟をもってやっているのですから」
「へっー。それならば、その本気度をみせてもらいたいものね」
大神は病院を出た。永野と会うのはこれが最後になるのかもしれない。
この時はそう思った。
(次回は、■自殺した教授が語った謎のメッセージ)
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