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極限報道#46 捜査にも圧力? シャドウ情報を突き合わせ 危険組織には機動隊が待機

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 鏑木のいきつけの居酒屋で、大神は鏑木の向かいに座った。


 ビールを飲みながら、鏑木が口を開いた。

 「上司からは女性とサシで飲むのは避けるように言われている。特に記者とはな。まあ、今日は君の送別会ということでよしとしよう。さっきの話だが、取材班から外されて何をするんだ。別の調査報道ネタでも探すのか?」。相当気になっているようだ。


 「9月からオリンピック取材班に入ります。開催は来年ですが今から準備に入ります。『調査報道班』から持ち場替えです」

 「オリンピック取材班?」。鏑木は目を見開いた。「社会部記者がどうしてスポーツの取材をするんだ」


 「オリンピックぐらいの大きなイベントになると、スポーツ部だけではなく、社会面の話題ものを書くために、社会部からも記者が派遣されます。ただ、私が指名されるとは思ってもいませんでした」


 「なるほど。何があったのかは知らないが、取材の一線からはずされたように見えるな。捜査の方もやりづらくなっているのは確かだ」。鏑木は、ビールのジョッキを空けて、日本酒を手酌で飲み始めた。酔うほどに口は滑らかになっていった。


 「『防衛戦略研』は、伊藤社長殺しの重要な容疑団体であることは間違いない。片っ端から家宅捜索して、疑わしい人物を取り調べて口を割らせてしまえばいいのだが、上からブレーキがかかった。これまでなら、俺が『いくぞ』と言えばそれが決定になって上司への報告は形だけだったのが、今はもっとはるか上の方で捜査方針が決まる。捜査にストップがかかっているわけではないが、決定のスピードが遅すぎてイライラする」


 「『孤高の会』はまだ政党にはなっていませんが、支持率はものすごく高い。熱狂的なファンを自任する人たちが爆発的に増えています。表裏一体の『防衛戦略研』も企業や団体に深く入り込み、活動する構成員がいる。勢いにのってその数はどんどん広がっているようです。公然と名乗らないのでわかりませんが、捜査当局にも構成員が入り込んでいるのかもしれませんね」


 「その可能性は高い。非常に根が深い。マスコミだって他人事ではないだろう。組織は、あらゆる情報を欲しているのだから、報道機関に魔の手が伸びてくるのは必然だ。君の周りでいつも仕事をしている同僚が、『防衛戦略研』メンバーということだってありうるのではないか?」


 相方の「橋詰」の顔が浮かんだ。橋詰が『防衛戦略研』のリーダーだったら、大神の行動どころか、新聞社の取り組みのすべてが組織に筒抜けになってしまう。

 「まさか、橋詰に限って」。大神は信頼する同僚を一瞬でも疑いそうになった自分を責め、コップに半分ほど残ったビールを一気に飲みほした。

 いつもより苦い味がした。


 「組織のトップに君臨しているのが、『シャドウ・エグゼクティブ』と呼ばれる10人。誰なのか警察は把握しているのですか?」。大神が聞いた。

 「名前は割り出しつつある」

 「教えてください。こちらも当たります」


 「それは捜査上の秘密で言えんな」

 「重体の大学教授のほかに、競泳選手の遠藤、宗教家の藤原顕孝、デザイナーの池内麻美が『シャドウ・エグゼクティブ』であると聞いています。藤原は組織の中でも、精神的な主柱になっているのではないでしょうか」

 「当たりだ。君の情報源の深さと広さに感心する」。鏑木は驚いた表情になった。そして続けた。「だが、藤原と池内は事情聴取する前に海外に飛んでしまった。報道機関が取材するのは構わんが、これから先は相当危険だぞ。我々でも、幹部の事情聴取で相手の施設に行かなければならない時は、近くに機動隊を待機させている。それに比べればマスコミはあまりにも無防備だ」


 「『シャドウ・エグゼクティブ』の身元を警察が把握しているのであれば一刻も早くとっ捕まえて全面自供に追い込んでください」。大神も酔ってきて言葉遣いが乱暴になってきた。

 「それがそうもいかんのだ。まともに事情聴取できた人物は少ない。さっきも言ったが、事情聴取までに手続きに時間がかかってしまい、その間にみな海外に行ったり、病気にかかったりで聴取できないケースが相次いでいる。現場としては、まず『雲竜会』の全貌を解明してから、次に『防衛戦略研』へと突き上げていくしかないという感じになっている」


 「それは時間がかかりそうですね。最後のターゲットは『孤高の会』ですよね?」

 「危険だから取材するなと言っていながら、逆のことを言うことになるが、君が取材チームを外れるのは痛いしショックだ。警察は、重大事件の場合、起訴できる確証を持ってから着手する。周到な内偵捜査が必要で時間がかかる。真っ黒な容疑者でも強制捜査できないことだってある。しかし、マスコミは疑惑の段階でも、相手の言い分を聞いた上で記事にしたりする。真実と信じるに足る理由さえあればいいのか。そんな感じで放たれた記事が端緒になって、捜査が動き出すこともある。容疑者のマスコミへの説明の中に矛盾点が出てくるなど、捜査にとってプラスに働くこともある。特に政治がらみの疑惑はマスコミの報道が先行することが多い」


 「ただ、殺人などの凶悪犯罪について言えば、警察のクレジットは欠かせませんね」

 「『私が殺しました』と自分からマスコミに話す奴はいないからな」と鏑木は苦笑する。

 「証拠を突きつけて、取り調べのプロが閉ざされた空間の中で容疑者を自供に追い込んでいく。強制捜査権がなければできません」

 「ただ、大神を見ていると、凶悪犯罪でも、取材し徹底することで、相手も認めざるを得ない状況に追い詰めていくような迫力を感じる。危険と隣り合わせだが、報道記者の中でもプロ中のプロしかできない芸当だ」

 「お褒めをいただいているのでしょうか」


 「送別会だからな、今日は」。鏑木は苦笑いした。しこたま酒を飲み、相当酔った状態で帰っていった。鏑木は「捜査のスピードが遅い」と何度も繰り返した。そんな弱音を吐くところを見たのは初めてだった。

 「孤高の会」とか「防衛戦略研」はすでに、警察内部にも深く侵食し、情報が洩れているのかもしれない。 


 「防衛戦略研」が凶悪事件の首謀者であることはほぼ間違いないことだ。限られた時間だが、警察のクレジットの入らない凶悪事件の告発記事は書けないものか。


 大神は店に1人残って思いを巡らせた。


(次回は、来客はヒットマンか?)



お読みいただきありがとうございました。

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