極限報道#41 金子代議士の「遺言」 新党結成の軍資金
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
全日本テレビの吉嵜が午後、大神を訪ねて、新聞社に来た。
大神は午前中にあった社会部長との会話は、ひとまず忘れることにした。現実に起きていることとはどうしても思えなかった。
吉嵜は会議室に入るなり本題に入った。
「金子代議士は、『孤高の党』立ち上げにあたっても重要なポストが保証されていた。だが、共に同じ派閥で活動していたうちのシンパの代議士によると、亡くなる直前は丹澤副総理と激しく対立した。理由は、『防衛戦略研』の活動内容に疑念を抱いたためらしい」
「貴重な情報ですね」と大神が言うと、「驚いていないな。君が次に言おうとすることは予想できる。『証拠はあるのか』だろう」。吉嵜がそう言って笑った後、「それがあるんだ。対立していたことを証明する決定的な証拠がね。シンパの代議士から預かったんだ」と言った。
吉嵜は会議室のDVDプレイヤーにディスクをセットした。
画面にアップで登場したのが、金子代議士本人だった。カメラに向かい、独白するように語り始めた。
「私はここに告発する。『遺言』と思ってもらって構わない」
金子の告発は、特に「防衛戦略研」についてだった。金の流れについて問題提起していた。
「丹澤副総理の父は、戦後のどさくさの中で政治勢力と手を組み国有地の払い下げを受け、軍用品売却の窓口になったことで巨万の富を手にし、戦後政治の中で、『政商』として暗躍した。長男だった副総理、仁一朗は富と利権を引き継ぎ、『防衛族』の政治家として常に国政の中枢にいた。政治的な野望の実現のために『孤高の会』を立ち上げ、さらにシンクタンク『防衛戦略研』でも中心的な役割を果たした。『防衛戦略研』は、公的な役割を強調することで公金など巨額な金が集まるシステムを構築した。懇意の防衛産業が防衛省の業務を受託する際に、水増し請求をさせてキックバックを受けていた。官房機密費からも一定の額の資金が拠出されている。そして、その金は、『孤高の会』の運営資金となり、新党結成の軍資金として使われる。次の総選挙前には新党『孤高の党』を結成し、一気に第一党になるであろう。そして憲法を改正し、日本を戦争ができる国にしていく算段だ。私は丹澤副総理の政治理念には共感するが、あまりにも露骨過ぎる不正な金の集め方には断固として反対する。この点について丹澤副総理を責めた。新党の結成には加わらず民自党に残ることを決めてそのことも伝えた。そして不正な金の流れについて近く公表することを決めた」
「すごい映像ですね。告発しているのが金子代議士なので決定打になる。これをそのままテレビで流したら天地がひっくりかえりますよ。よくシンパの代議士が渡してくれましたね」
「シンパの代議士は、相当躊躇していた。もともと『孤高の会』に参加しようと考えていた。だが、金子代議士が転落死した後に事前に預かっていたこの映像を見て、『殺されたんだ』と確信したようだ。全日本テレビの報道記者が『金子代議士の不審死』について、政治家に片っ端から取材を試みた。俺もこのシンパに会いに行った。これまでなんでも隠さずにずけずけ言うのに度々口籠るところを見て、『何かを隠している』と直感した。何度も訪ねてようやく聞き出した。彼は、こんな映像を金子氏から受け取ったことが公になれば、自分も『殺される』と怯えている。映像が今後公開されるようになった時は、金子代議士からテレビ局に直接送られてきたことにする」
「いつ放送するのですか?」。大神が興奮を抑えきれずに聞いた。
「それなんだが」。吉嵜は渋い顔をして言った。
「この映像をテレビ局の上層部のごく一部で共有したんだ。結論からすると、内容について事実であるという確証がなければ流せないということになった。水増し請求にしても捜査当局が事件として立件する前に流すのはリスクが大きすぎると言うんだ。官房機密費のくだりも政府は否定するだろう。『編集してでも流すべきだ』と主張したが、経営幹部からは、『映像自体がすべてフェイクだったらどうすんだ』とまで言われた」
「そんなバカな。この映像がフェイクだなんて」。テレビ局もおかしなことを言う幹部がいるもんだ。
「永久にお蔵入りしそうな雰囲気になったので、新聞社が握っている極秘情報と照らし合わせていくと言って放送するかどうかの結論を先延ばしにした。それが精一杯だった。新聞社は社外からの圧力に強い。この点は羨ましい限りだ」。大神は直前の西川とのやりとりを思い出して苦い気分になった。
「フェイクではないと証明するのはなかなか難しいですね。それにしても金子代議士は、『孤高の会』の正体を知った上で参加していたはずではなかったのですか?」。大神が聞いた。
「清濁併せのまなければ政治の世界では生きていけない。だが、映像にもあるように、防衛産業の水増し請求については見逃せなかったのだろう。極めて悪質で、巨額に上るからだ。明らかな犯罪だ。組織の経理担当に指名されて初めて不正の事実を知った。摘発されれば新党結成もなにもなくなる。金子代議士も当然、逮捕される。『すべてを明るみに出して一から出直すべきだ』。そう言って、副総理を激しく突き上げた。それが、亡くなる1か月ほど前のことだった」
「金子代議士が副総理陣営に殺されたとすると、副総理自身が直接手を下したのか、『防衛戦略研』の別動隊『雲竜会』の仕業なのか」
「赤坂の再開発地で建設中の超高層ビルからの転落だが、あのビルは警備も厳しかった。『雲竜会』の人間が当時ビルに出入りしていたら、姿格好だけでも目立ってしまうだろう」
「あの日は政治家によるビル見学会があった。『孤高の会』のメンバーも参加していた。副総理も参加していたのかもしれない。それは確認してみます」
「これからも互いに取材した成果を情報交換していこう」と吉嵜。
「金子代議士の怒りのメッセージはなんとしても放送されなければ。そんな日がくることを願う、というか、私たちの力で実現しなければなりませんね」
「そうだな。大神と話していると元気がでてくる。大神は事件の被害者として動きにくいとは思うが、俺たち周りの人間がしっかりと情報収集に走り回る。安心してくれ」
吉嵜の言葉に、大神は涙が出そうになった。自分は、五輪取材班の専従になるため、この取材チームからあと2週間で去ることになるとは言い出せなかった。
吉嵜と別れて席に戻ると、取材先から橋詰が戻っていた。
「ああ、大神先輩復帰ですか。人使いの荒い先輩がいないと、マイペースで仕事ができていたのに。これからまた、地獄のような日々ですね」と憎まれ口をたたいた。
「私がまたパワハラしているように聞こえるじゃない。お願いだから言葉には気を付けてね。それより腰の方は、もう大丈夫なの?」
「万全でーす」。橋詰は「防衛戦略研」のグループ企業について調べていた。
暴力団担当編集委員の村岸も復帰し、「雲竜会」について情報を集めていた。
警視庁キャップの興梠は警視庁幹部宅の夜回りを精力的にこなし、最新の捜査情報を集めていた。
だれもが大神の最前線への復帰を待ち望んでいた。
井上キャップが声を上げた。
「さあ、大神が戻って来たぞ。一大権力との闘いはこれからが正念場だ」
(次回は、■情報源は俺だ!)
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