極限報道#40 上層部への相次ぐ圧力 まさかの五輪取材班入り
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
大神は東京に戻り、週末を含め数日間を自宅マンションで過ごした。
8月14日の月曜日の朝、久々に新聞社に出勤して自席に着いた。盆休みに入っているが、新聞社の様子は平日と変わらない。大神の姿を見つけた社会部長の西川から声がかかった。部長席の横の椅子に座った。「ゆっくりできたか」と西川が聞いた。
「はい。久々の京都はとてもよかった。気分がリフレッシュしました」
「『命の洗濯』は大事だ。大変な思いをしたのだから、もっと休まなければ。8月いっぱい、あと2週間ほど、仕事のことは忘れて休んだらどうだ」
いつもは大声で話す西川が声を潜めているのが気になった。「そんなに休め、休めと言われても」と言いながら、西川が再び周りを気にする様子を見て、おかしいなと感じ、「何かあったのですか」と尋ねた。
「君の命が危険に晒されているわけだから強制休暇の措置も当然だろう。それと……」
「それと、なんですか。はっきり言ってください」。西川は一瞬、躊躇したが、小声で続けた。
「上層部が慎重になっているんだ。社会部が『孤高の会』と『防衛戦略研』の疑惑追及の取材に力を入れていることにいい顔しないんだ」
西川によると、朝夕デジタル新聞社の収益の大きな柱のひとつである広告の売り上げが激減しているという。スポンサー企業に政界から圧力がかかり、新聞とデジタル部門への広告出稿を見合わせているらしい。
2週間前には、すでに決まっていた5000万円のクロスメディアによるキャンペーンが急遽、取りやめになった。朝夕デジタル新聞社にだけは載っていない広告が増えてきている。
大神が、「防衛戦略研」の疑惑について、核心に迫る情報をつかみ取材を続けていることについて、「孤高の会」の国会議員が次々と社に押しかけ、経営幹部に面会を求めて抗議をしているという。
「圧力がかかったということは、取材の方向性が間違っていなかったことの証拠です。『孤高の会』が言ってきているということは、『防衛戦略研』との関係を認めているようなものです。どんどん取材攻勢をかけて、隠蔽体質の組織を揺さぶっていくべきです」
「それはそうなんだが」。西川は歯切れが悪かった。
「具体的に誰がどんな抗議をしているのですか。どの点を突いてきているのかを知るだけでも参考になります」
「『大神という記者は反社会的勢力から情報をとっている』『大神が取材と称しながら事実無根の話を触れ回っている』とか陰湿にネチネチ言うようだ。『橋詰記者のしつこい取材は、企業への営業妨害だ』というのもあった。抗議にくる国会議員は、下河原のような大物ではなく、当選1~2回の若手ばかりで、威勢だけはいい」
「無視すればいいと思います。政治部だって、『孤高の会』の過激すぎる主張に対して、批判的な論調の記事を掲載していますし、社説だって他社より厳しい視点で書いていますよね」
「それは主義主張の問題だから、どうでもいいらしい。政治の方向性についていくら批判されても一向にかまわない。『孤高の会』は、マスコミを敵に回した方が支持率はアップすると思っている。だが、大神が追いかけているのはファクトだ。決して暴かれたくない水面下の事実を君が暴き出そうとしていることが気に入らないらしい」
「それこそが私たち社会部が、いや報道に携わるすべての記者がやらなければならないことですよね」
「それはそうだ。だが、圧力をかけられていることも事実なんだ。経営の事情もわかってくれ。納得できないこともあるかもしれないが俺の言っていることも理解してほしい」
一体、何を理解しろというのだ。単に圧力に屈しているだけではないのか。そんな会社ではなかったはずだ。歴代の社会部長は、経営サイドや取材先からの理不尽な圧力があれば毅然として立ち向かい、逆に闘志を燃やした。抗議があっても一線の記者にはあえて言わずに自由に取材活動をさせたものだ。
大神が呆れてしまって言葉も出せないでいると、西川は話題を変えた。
「ところで君にいい知らせがある」
「なんですか?」。これまでの取材、記事について社内で表彰でもされるのだろうか。今の心境は、たとえ社長賞の受賞だったとしてもうれしくない。
「次のオリンピックに向けて、9月1日に編集局の取材班が立ち上がる。社会部からは君にチームに入ってもらうことになった」
「オリンピック取材班? 開催は来年ですよね」
「そうだ。じっくりと準備期間をとった。君には専従であたってもらう。名誉なことだぞ。君は以前、オリンピックを取材したいと言っていたじゃないか。念願がかなったんだ。海外取材もOKだ。今月あと2週間はしっかり休んで万全の態勢で取材班入りしてくれ」
「五輪取材に関心がある」と以前、社会部長との個人面談で言ったことは確かにある。スポーツは好きだったし、勝敗や記録のために、とことん自分を追い詰めるアスリートの素顔に迫りたいとも思った。メダルに届かなかった「4位」の選手のその後の人生を追ってみたいとも思っていた。
取材班入りは名誉なことかもしれない。しかし、今は状況が違う。取材しなければならない喫緊の課題が山積みになっている中で、来年開催の五輪取材もなにもないだろう。
「なぜ今、私が五輪の取材班なのですか? 『孤高の会』からの圧力と関係があるのですか?」
「どうしたんだ、うれしくないのか。おかしいぞ君は」。西川の機嫌が一気に悪くなった。
「2週間の休みは返上します。今日から取材に入ります」
「まあ、取材は自由にしろ。ただし2週間だ。オリンピック取材班入りは編集局の決定事項だ。わがままは許さんからな」
西川が冷たく言い放った。
(次回は、■金子代議士の「遺言」)
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