極限報道#39 「防衛戦略研」の実態を知る男 京都で休暇中に衝撃連絡
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
大神は早朝、新幹線で京都に向かった。
京都駅に降り立ち、地下鉄とバスを乗り継いで、大原三千院へ向かった。海外からの観光客で混雑するなか、庭園に広がる新緑の美しさに息をのんだ。生命力に満ちた緑に心が洗われた。
そこから小道を歩いて15分。「平家物語」ゆかりの尼寺、寂光院に足を踏み入れた。海外からの観光客はいなくなり、静寂が支配した。樹木、池、燈籠、釣鐘――。なにひとつ無駄のない配置に、大神は言葉を失った。建礼門院の庵室跡に建つ「御庵室遺跡」の碑を前にしばし立ち尽くした。
祇園近くの旅館に宿を取り、2日目は嵐山近辺を歩いた。5年ぶりに訪れた大悲閣千光寺。かつては「隠れた名所」と言われていたが、最近は訪れる人が増えているらしい。
昼食をとった後、地下鉄で三条大橋に行った。鴨川沿いを歩く。川沿いには納涼床が並び、河川敷では恋人たちが寄り添っていた。五条大橋を越えると、納涼床は途切れていく。
暑い。暑すぎる。
五条大橋から正面橋の辺りをゆっくりと歩く。かつてこの一帯は、室町時から江戸時代にかけて、刑場だったという。数えきれない「罪人」や、戦で敗れた武将の命が奪われ、首がさらされた。「元和キリシタン殉教の地」と刻まれた慰霊碑が道端にあった
歴史ドラマで、京都六条河原の刑場のシーンがよく登場する。「今、どうなっているのだろう」と一度は見ておきたかった場所だった。
いきなり空が翳った。どんよりとした雲が漂い始めた。
一瞬、冷気が漂った。
大神はふと、正面橋の方を見上げた。男が欄干に手をかけて立っていた。大神を見つめているように感じた。距離があり、顔ははっきり見えないが、なぜか気になった。
小柄な体形、長髪……。
「まさか……」。大神はカメラを構えて、男の姿をとらえようとした。しかし、次の瞬間、男はさっと消えた。
追うべきか。しかし、距離がありすぎる。なにより恐怖が先にたった。
平総一郎――。
暴力団羽谷組若頭を撃ち、指名手配されているヒットマン。その男に雰囲気が似ている。
平を真正面から見たことはない。平が若頭を撃った直後、逃げ去る横顔をちらっと目にしただけだ。だが、大神は一度見た顔は忘れないという特殊な能力があった。
平だったとすると、なぜこんなところにいるのか。大神の命を狙ってつけてきたのか。そもそもなぜ大神が京都にいることを知っているのか。
「行動が監視されている気がする」と橋詰は言っていた。身近に、「防衛戦略研」に通じている人物がいるのだろうか。
これ以上、正面橋に近づくのは危険だ。今でもどこからか狙われているのかもしれない。河川敷には隠れる場所がない。あまりにも無防備だった。
大神は足早にその場を離れ、近くの駅から地下鉄で旅館へ戻った。電車内でも周りに平がいないかきょろきょろした。
警察に届けるべきか。指名手配の男が京都に現れたとしたら、警察にとっては有力情報になる。だが、平であるとの確証はなかった。
大神は旅館の部屋から警視庁の鏑木警部補に電話をかけ、一部始終を話した。念のため、鏑木から京都の地元警察に説明してもらうことになった。
その夜。部屋の布団の上で横になり、スマホでニュースをチェックしていた。平のことは忘れかけていた。鏑木警部補から大神の宿泊しているホテルは地元警察に教えているはずだ。事情聴取が必要だったら警察から連絡があるはずだがなかった。人違いだったような気がしてきた。
友人からのメールをチェックして、当たり障りのない返事を出していた。指示も命令も、緊急連絡も呼び出しもない。締め切り時間を意識しなくてもいい生活__。時間やわずらわしい人間関係に縛られないということはこんなにも安らげるものなのか。至福の時間だった。
午前零時を回った。うとうとし始めたところ、新しいメールの着信音が鳴った。何気なく画面を開き、そのタイトルに驚いた。
「『防衛戦略研』疑惑の真実――真相究明への道」
いきなり、現実世界に戻された。
「このタイトルはなに?」
ここ数日、「防衛戦略研」のことは、頭から振り払って考えないことにしていた。送り先は「X」となっていた。アドレスに心当たりはなかった。
「返事をしてもらえれば、本名を明かすし、内容も伝える」と書かれていた。誰かのいたずらだろうか。あるいは罠か。内容についての期待は全くしていなかったが、「真相」という言葉が気になって返信した。
「あなたは誰ですか。アドレスを知っているということは、名刺を交換した人だと思いますが」。すぐに返信が来た。
三友不動産の田森翼と名乗った。
港区赤坂周辺再開発地で建設中の「タワー・トウキョウ」に大神が初めて行った時、現場の責任者をしていたのが田森だ。その時に名刺を交換した。
短いメッセージのやり取りが続いた。
「タイトルにある内容を伝える。『防衛戦略研』の真実だ。すぐに来てくれ」
「今は行けない」
「なぜ?」
「取材を続ける過程で、さまざまな事件に遭遇した。巻き添えでけが人もでた。会社から取材ストップがでている」
「頼む、会ってほしい。すべてを話すから」
「内容による。そもそも私の知っている田森課長本人なのかどうかも確認できていない。『秘密の暴露』がなければ信じることはできない」
「金子代議士が転落死した『タワー・トウキョウ』の現場でお会いし、名刺を交換した。その時の大神さんの服装を言います。白いブラウスに紺色のブレザーとズボン。ピンク色のネッカチーフを巻いていましたね。建設現場とは場違いな出で立ちでとても印象に残っています」。
田森に間違いなさそうだ。だが、念には念を入れてみた。
「私が信じられるような情報をいくつか書いてみてほしい。『疑惑の真実』とは何ですか」。届くメールから必死さは伝わってくる。だが、大神は、京都の旅館の布団の上で寝転がってのやりとりで、それほどの切迫感は最初のうちはなかった。しかし、次に来たメールの内容で、一瞬にして目が覚めた。
「『シャドウ・エグゼクティブ』自らが止めを刺す。『血の結束』を守るためだ」「『防衛問題の調査、研究』は表向きで、実際は金もうけのための組織」「暴力組織『雲竜会』を別動隊として抱えている」
タイトルだけだが、大神が時間をかけて取材してきた「防衛戦略研」の内実が凝縮されていた。そもそもなぜ、大神が組織について取材していることを知っているのだろうか。疑問は残るが、相当詳しい内部情報を持っているようだ。
「『防衛戦略研』の実態を知っている。教えるから、記事にしてくれ」と続いた。
「そこまで内情に詳しいならば、警察とか、検察庁に持ち込むべきではないか。捜査当局もすでに真相に肉薄すべく捜査をしているはずです」
「警視庁は内偵を進めている。だが、摘発するまでには時間がかかる。国家権力がからんでいることが影響しているのかもしれない。とても慎重で、動きが鈍いんだ。今は一刻をあらそっていて、悠長なことは言っていられない」
「国家権力が絡んでいる?」
「そうだ。『孤高の会』だ。近く、政党『孤高の党』になる」
「それだけの貴重な、そして危険極まりない情報をなぜ私に伝えようとするのですか」
「君が三友不動産の土地買収の記事を書いたからだ。しかも署名入りで。そして竹内興業に取材に行ったことも、『雲竜会』に命を狙われたことも記事で読んだ。実名だった。『防衛戦略研』の実態に最も近づいたジャーナリストであることは間違いない。それだけで十分だ。君のさらなるやる気と勇気に賭けたい。君だったら証拠があればどんなことがあっても記事にしてくれるはずだ。頼む。真相を突き止めて記事にしてほしい」
「証拠があるならば記事にする。当然のことだと思う。だが今、私は動けない。強制的に休むように言われている」
「強制休養? 懲戒処分で自宅謹慎を命じられたのか」
メールで相手の出方をうかがうには限界があった。声も確認したかった。電話をかけてみると、相手はすぐに出た。確かに記憶にある田森の声だった。
「羽谷組若頭が撃たれた事件を知っていると思いますが、あの現場に私がいました。拉致されたのです。懲戒処分は受けていないが、いろいろとあり、休むように言われました」
「事件はニュースで読んだ。でも、休みだって会うぐらいはいいだろう。今すぐに会いたい。君が指定するところに出向くから」
「私は今、京都です。すぐにと言われても無理です」
「京都? いつ戻ってくるんですか」
「明後日の予定です」
「それでは東京に戻ってからでいい。必ず連絡してほしい」
「まだ、あなたの言っていることが信じられない。失礼だと思うが、罠のような気もする。これまで何度も痛い目に遭ってきたからです。田森さんは危険を冒してまで組織の悪を告発する理由はなんなのか?」
「このままでは殺されるからだ。実は、俺自身が『防衛戦略研』の殺しのリストに挙がっている可能性が高いのだ。やるか、やられるかなんだ」
「殺しのリスト? なぜ、リストに載ったのか?」
「それは会った時に話す。とにかく追い詰められている。俺が知っていることをすべて話すから会って欲しい」。すでに2人は同志のような感じになっていた。
大神は関連する取材は禁止されていた。だが、「真相究明」という言葉に、心の底の方がうずいて仕方がなかった。田森がどこからどうやって調べた情報かは定かではない。それでも限りなく事実に近いデータのように思われる。何としても欲しい。東京に帰った後に連絡して会うことを約束した。
京都に滞在中、系列の全日本テレビ報道局の吉嵜デスクからもメールで連絡があった。「謹慎中のようだが明けたら会いたい。金子代議士についての新しく貴重な情報を入手した」という内容だった。
慎重で控えめな吉嵜が「貴重な情報」と言うからには、相当中身のある内容なのだろう。
(次回は、■上層部への相次ぐ圧力)
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