極限報道#34 若頭登場 壮絶な乱闘
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
青色の仮面を被った男は、永野洋子の右手親指をペンチで挟んで締め上げた。親指の第一関節が完全につぶれた。
永野の表情が歪んだ。血が噴き出した。
「わかったわ、負けたわ。言うわ。だからペンチをどけて」
「ようやくわかったか」。親指をはさんだままだったペンチを開いてどけた。
「れいわ、たろうではなかった」
「誰なんだ。いらつくやろうだ。早く言え」
「へいせいたろうと、しょうわたろう、だった」
「こいつー!」
仮面の男が怒り心頭に発したかのように永野を殴りつけた。そしてすっと立ち上がり、近くに転がっていたスコップを手にとり、大きく振り上げた。
「やめてー」。大神が叫んだ。
と、その時だった。
閉ざされていたドアの向こう側で大音響が響き渡り、地響きが起きた。そして部屋が大きく揺れた。
「なんだ、なんだ、何が起きたんだ。地震か?」。仮面の男が叫んだ。部屋の外でなにやら騒ぎが起きていた。ドアが開いて、男が慌てた様子で入ってきた。
「トラックで突っ込んできやがった。シャッターをぶち壊して、荷台から何人も降りてきている」
「誰だ、そいつらは。何人ぐらいいるんだ」
「わからん、数えられない」
「山手組の連中だ」。さらに後から部屋に逃げ込んできた男がどなった。
「トラックに組の代紋が掲げられている」
「なんだって」。仮面の男が永野を見た。ドア付近で立ち止まっていた男が前につんのめった。その後ろから、別の顔触れの男たちが入ってきた。そして、永野のつぶれた指を見た角刈りの男は「姉さん、大丈夫ですか」と叫んだ後、「てめえら、姉さんになにしてくれたんじゃ」とこん棒を振り回した。山手組系羽谷組幹部、小林一騎だった。
「なんだおめえ」。仮面の男と黒ずくめの男たちも応戦し、もみ合いながらドアから外へと消えた。少し間があって、1人の背の高い男が入ってきた。サングラスをかけていた。そして永野を見つけると上半身を助け起こして抱きしめた。
「遅かったわね。何してたの?」。永野はそう言うなり、右手首を抱え込んだ。つぶされた親指から血が溢れ出ていた。
「すまねえ。出所手続きが遅れちまってな」
暴力団山手組系羽谷組の若頭葉山豪だった。永野の学生時代の恋人だった男。繁華街での傷害事件に巻き込まれて他人を突き飛ばして死なせてしまった。以後、転落の道を転げ落ち、永野からも距離を置くようになり2人は別れた。
永野は傷心のままに米国留学に旅立ちそのまま米国企業に就職。15年後に帰国した。再会した時、葉山は羽谷組若頭になっていた。2年前、葉山は大手商社幹部の殺人事件にからみ証拠隠滅容疑などで逮捕され、懲役刑を受けていた。そして今日、出所してきたばかりだった。
永野は弁護士として、羽谷組と契約を結び、何かあれば弁護をすることになった。そのため、組のスマホをカバンに入れていた。大神が後から聞いた話では、永野は大神と会う前に、羽谷組に電話して大神と会う場所を連絡しておいた。そして、スマホの位置情報をチェックしておくように念を押していた。都心を離れるなど、いつもの行動範囲から外れたら異変が起きたと気付くように伝えておいた。大神がつけられている可能性を考え、万が一を考えて手を打っていたのだった。
大神は、永野を担いだ葉山と共に部屋から出た。何人もの男たちが倒れこんでいた。けがを負い、うめいていた。血の付いた青い仮面も地面に転がっていた。
パトカーのサイレンが近づいてきた。大神と永野が誘拐された時の様子を見た店の店員が「110番通報」して警察がワゴン車の行き先を調べた。さらに、羽谷組の組員も、永野が拉致されていると考えられる場所を警察に連絡していた。
大神は永野の元に近づいた。「救急車ももうすぐ来るらしいから大丈夫よ」。永野は笑いながら言った。だが、すぐに顔をしかめた。親指の激痛が続いているようだ。
大神は朝夕デジタル新聞社の社会部遊軍キャップに電話した。
「井上キャップ、私、今拉致されていました」
「なに、本当か? 今、どこにいるんだ」
「今、助けられました。羽谷組の組員に助けられました」
「なんだと、羽谷組に誘拐されたのではなくて助けられたのか」
「はい」
「何をおかしなことを言っているんだ。頭を打ったのか。今はどこにいるんだ」
「本当に連れ去られて、拉致されていたんです。私はけがはありません。でも一緒に連れ去られた人が指をつぶされて……」と涙声になった。
「指をつぶされた? 羽谷組の仕業か」。キャップとの間で、ちぐはぐなやりとりをしていた時だった。
「パーン」と乾いた音が倉庫内に響いた。その直後、大きな荷物の陰に隠れていた男が拳銃を投げ出して、倉庫の壊れたシャッターから外に駆け出した。
若頭の葉山が胸を撃たれたのだった。葉山はゆっくりと倒れていった。
「カシラー」。小林が葉山の所に駆け寄った。そして、別の羽谷組員に対して「拳銃撃って逃げたやつを追え。絶対に逃がすな!」と怒鳴った。3人の男たちは後を追った。
指の痛みにただ耐えていた永野が倒れた葉山の元に駆け寄った。
「大丈夫?」。永野が髪を振り乱して叫んだ。
「俺は大丈夫だ」と葉山は言ったが、胸から流れ出る血を右手ですくって 「大丈夫ではないようだな」とにやりとした。
「なによ、髪も伸ばして、格好よくなって今日戻ってきたと思ったら、もう行っちゃうの? 冗談じゃないわよ」。永野は葉山を思い切り抱きしめた。
「息ができねえよ。ほんとだ、かっこ悪いところを見せちまったな。これが最後になるのかな」と言って、血に染まった震える右手で永野のあごをつかんだ。
「どこの別嬪さんですか? しっかりと見ておかないと、忘れちまう」
「死んじゃ嫌。死なないで」、永野の叫びが響いた。大神は永野の取り乱した姿を初めて見た。涙が溢れていた。葉山は虫の息になりながら最後の力を振り絞った。
「組長を頼む。無茶しすぎるんや、組長は。暴走するのを止めてくれ。説得できるのは洋子、お前だけだ。組長を頼めるのはお前しか……」。それだけ言うと力が抜けていった。永野の泣き叫ぶ声が響いた。
大神は茫然と見ているしかなかった。
「おい、おい、大神、何があった。泣き声が聞こえるぞ。羽谷組の仕業か。大丈夫か」。手に持ったスマホの向こうでキャップがただ、一方的に叫んでいた。
パトカーが到着した。まもなく救急車も来た。葉山が真っ先に乗せられた。右親指がつぶれた永野も一緒の救急車に乗った。
葉山を撃った男は逃げ足が速く羽谷組員が追いかけたが見失った。ただ、離れたところのガレージで隠れていた男は見つかり引きずり出された。服装から仮面の男であることが判明した。羽谷組員に囲まれ殴る蹴るの半殺しにされた。小林の前に連れていかれた。すでに血まみれだった。
「なんだ、年寄りのおっさんじゃねえか」。小林が言った。
「やめろ、それ以上やるな」。警察官が走って近づいてきた。しかし、小林はその場で高くジャンプして空中で膝を曲げた。そしてバネを利かせて足を伸ばし、両足のかかとで着地した。かかとの下には、仮面の男の顔があった。「ぐしゃっ」とつぶれる音がした。
葉山は救命救急センターに運ばれた。意識不明の重体だった。
警視庁は大神らの供述をもとに、「防衛戦略研」の本社を家宅捜索した。しかし、鍵は閉まっていて、壊して開けたが中には誰もいなかった。
大神らを拉致した男たち、小林ら羽谷組組員らは殺人未遂、傷害などの容疑で次々に逮捕された。
(次回は、■大神は必要とされていないのか)
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