極限報道#33 親指がペンチでつぶれる 青色の仮面を被った男が登場
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
「何するんですか」
大神は布袋を被せられたままの状態で叫んだ。しかし、恐怖で声に力が入らなかった。
大神と永野は新宿御苑近くの個室喫茶店を出たところで、黒い服装の男たち5人に襲われ、布袋を被せられたまま、ワゴン車に押し込まれた。
「静かにしろ。騒げば殺すぞ」
低い声と同時に、腹部に強烈な痛みが走る。瞬間、息がとまった。こぶしで殴られたのだ。車が猛スピードで走っているのが、音と振動でわかる。
「大丈夫よ」。くぐもった声が聞こえた。永野洋子の声だった。
「永野さんも一緒に連れ込まれたんですか?」
顔は見えなかったが、なぜか心強かった。永野はどこか不死身な感じがするのだ。
「一体何が起こったの?」
大神が取り乱した瞬間ーー 「うるせい!」と前の座席から怒鳴り声が飛ぶ。
「しっかりしなさい。落ち着くのよ」。永野の声が再び響いた。
2時間ほど走った後、車が止まった。布袋を被せられたまま外に引きずり出される。シャッターが開く音がして、建物の中へ押し込まれた。そこでようやく布袋が外された。だだっ広い空間だった。大きな倉庫のようだった。2人は無造作に転がされた。
「大神はお前か?」。男たちは顔を隠していなかった。それがかえって不気味だった。「殺されるのだ」。そう直感した。男たちは20代から40代ぐらいか。ヤクザのようででもあり、鍛え抜かれたアスリートのような感じでもあった。全員が機敏そうで、暴力の匂いをビンビンとまとっていた。
「私が大神です。あなたたちは何者ですか」。大神が声を振り絞った。
「うるさい。質問するのはこっちだ」。髭をはやした男が言った。
「『防衛戦略研』の人なんですか?」
「うるせえんだよ」とけりが腹部に入った。痛みが全身に広がる。
大神は男たちの風貌を見て鮮明に思い出すことがあった。
「あなたたちは、赤坂周辺再開発地の用地買収で竹内組の組織と闘い、排除した人たちではないのですか?」
男たちは一瞬だが黙る。数人が顔を見合わせた。「間違いない」と確信した。これまで追っていた黒ずくめの男たちが目の前にいる。岩城を殺したグループでもあるはずだ。
「おまえらは、黙って聞かれたことに答えればいいんだ。3億5800万円という金額は誰から聞いた?」
やはり、「防衛戦略研」の関係者で間違いない。権藤か、「シャドウ・エグゼクティブ」からの指示なのか。いずれにせよ、本社を出た後、誰かが大神を尾行していたのだ。迂闊だった。
「言うはずないでしょ」。大神が毅然と言い放った。「このまま死ぬかもしれない」と思った瞬間、なぜか強気に声を発することができた。
「ほう、元気がいいことで」。髭の男が冷笑する。「お前らは、わかっているだろうが、間もなく死ぬんだ。だが、正直に全部話せば楽に死なせてやる。強情を張れば、苦しみ抜いて死ぬことになる」
大神が黙っていると、別の男が低く言った。「そうだな。指の爪を一つずつはがしていこう。ちゃんとこちらの質問に答えるまではずっとな」
脅しではなかった。髭の男はどこからともなくペンチを取り出してきて、大神の右手首をつかんだ。「キャー、やめて」。大神は叫んで、手を払いのけようとした。だが、男の力は強く微動だにしない。
無表情のまま、大神の親指にペンチを近づける。本当に爪をはがすつもりだ。大神は恐怖で意識が遠のいていった。
「私よ。私が聞いてこの人に伝えたのよ」と永野が言った。ペンチが大神の爪を挟んだ瞬間だったが、その動きが一瞬止まった。男の顔が永野の方に向いた。
「お前は何者だ」
「大神さんの親友ってとこね」
「親友? まあいい。それならお前に聞こう。なぜ3億5800万円という金額を知っている? どうしてそんなに詳しい」
「私も人から聞いたのよ」
「誰から聞いたんだ。言え」。ペンチは大神の爪からはずされた。男の意識は永野に集中した。
「役人よ。決まってるでしょ。知り合いのお役人から聞き出したのよ」
「役人か。いいだろう。その役人の名前を聞こうじゃないか」
「その前に、なんでこんなことまでするのよ。国の金であれば、予算書でも決算書でも調べればすぐにわかることでしょ」
「なぜお前に説明しなければならないんだ。お前は、役人の名前を答えるだけでいいんだよ」。そう言うと、永野の顔を平手打ちした。
「3億円ではなくて、3億5800万円だったので驚いているのね。殺人の請負費用なんでしょ。あなたたち5人を雇う金なんでしょ。成功報酬なの? 官房機密費からでもでているんじゃないの?」。永野は男の目をしっかり見ながら言った。
「図星でしょ。どうせ、私たちを殺すんでしょ。当然よね。あなたたちの顔はすっかり脳裏に焼き付けたわ。私はね、絵心があるのよ。画家を志したぐらいだからね。ここを出たら5人のそっくりな似顔絵を描いてあげるわ。指名手配できるぐらいにね」
「いい根性してるじゃねえか。お前はなに者だ」。男たちは死を覚悟しながらも、目の輝きを失っていない永野に興味を示し始めた。
「聞きたい? 聞きたいの? 私は広域暴力団山手組の者よ。さっき、言ったでしょ。誘う相手を間違えたって。早く殺さないと、山手組があなたたちを皆殺しにするわよ」
5人は一瞬黙った。
突然、髭をはやした男が笑い出した。
「たわごともそれぐらいにしろ。そんなはったりで俺たちがビビるとでも思ったか? そもそも、お前らが攫われたことなど誰が知るか」
「甘いわね。白昼堂々の連れ去りは見事だったけど、目撃者は必ずいるわ」
「うるせえ。御託を並べやがって。時間稼ぎでもしているつもりか。そんなことより、3億5800万円の話を聞き出した役人の名前を言え。いますぐに言えば楽に死なせてやる」
永野は黙っていた。髭の男はいらついた表情を浮かべ、再び平手打ちした。
その直後だった。遠くでスマホを操作していた男が髭の男の近くに来てささやいた。「『エグゼクティブ』が来られます。それまでは待った方がいいかと」
髭の男は真剣な表情になった。「わかった」と言うと、永野と大神2人に向かって「立て」と命じた。2人は奥の小部屋に連れていかれた。外から鍵がかけられた。
2人だけになった。
「『防衛戦略研』ね。あなたが取材を終えて本社を出た直後からつけられたのね」と永野。「私たち殺されるのでしょうか?」と大神が言うと、「そうね。命はないでしょうね。それにしても、早かったわね。組織がどうでるか見ものだと言った矢先にやられちゃったわね。さすがにスピードがある。一瞬も無駄にしない」
「3億5800万円についてしつこく聞いていましたね」
「思った通りね。情報源を探っていた。組織の中にネタ元がいるとみて、裏切り者を探しているようね。こちらは金を出した方からの情報なのに。当てがはずれたんじゃない」
「組織は、抵抗勢力や裏切り者に対して、厳しい措置を下すようです。それにしても取材に行っただけで殺すんですか? そんなのあり得ない」
「組織のことを知りすぎたのかもね」
「一気に殺さず、なぜここに閉じ込めたのでしょう」
「そう次々に質問されても私にわかるはずないじゃない。おそらく、誘拐するグループと、殺す人間が違うのでは? 次に現れる人物は殺人鬼よ。誰なのか見ものね」
「永野さんは、どうしてそんな落ち着いていられるのですか?」
「さあね。死ぬとわかったら、達観しちゃった」
「私はこんなところで死にたくないです」
「じゃあ、頼んでみたら。『殺さないでください』って。とにかく少しでも時間を稼ぐことが大事。そのためにはどんなことでもしなければ。女を使ったっていいぐらいよ」
「そんな。永野さんは、情報源については話すんですか?」
「わからないわ。言うかもね。私だって怖いし、爪でも剥がされたら痛いでしょうし」
2時間ほど経ったであろうか。部屋のドアが開いた。先ほど倉庫にいた2人が現れた。その後、3人目の男が現れた。青い仮面をかぶっていた。
仮面の男が言った。低く落ち着いた声でやけに丁寧だった。
「大神さんはどちらですか?」
「私です」。大神が答えた。「そうですか。大神さんは後だ。ゆっくりと時間をかけましょう」。仮面の男は永野の方を向いた。
「さて、あなたが山手組の怖い人なんですね。お美しい方だ。山手組を名乗ったりしたらとんでもないことになりますよ。ただでは済まなくなるよ」
「あなたが山手組の何を知っているというの? ところで、その仮面は何? 顔を隠しているのかしら。みんな素顔だっていうのに、怖いの? かっこ悪い」
「ファ、ファ、ファ」。仮面の男はくぐもった声で笑った。
「確かに、いい根性しているな。まあそんなことはどうでもいい。3億5800万円という金額をお前に言ったのは誰なんだ。それだけ言えば許してやる」
「どうせ殺すんでしょ。早く殺したら、意気地なし」
「話す気がないんだな。相手をかばう気がわからん。まあいい、わかった。殺してやろう。その前に、少し遊んでやろう」。そう言って髭の男からペンチを受け取った。
「面倒くさいから、これでお前のきれいにそろった歯を一本ずつ抜いていく。『殺せ』というぐらいだから、覚悟はできてるな」
そう言うと、永野の顎を左手でつかんで固定し、右手に持ったペンチをゆっくりと近づけた。口の中にペンチの先が入った。
「わかったわ。わかった、言うわ」
「ほー。観念したのか、組員さん」
「歯を抜かれるのは痛そうだもんね。おお、怖い」。永野は手で顔を大げさに覆った。
「よし、名前を言え」。永野は居住まいを正した。「早くしろ」。男はいらだったように言った。永野は「わかったわ。言うわ」。一息ついた後にはっきりした言葉で言った。
「れいわたろうよ。れいわ、たろうさんから聞いたの」
男はかっとなった。そして、永野の右手首をつかみ、親指をペンチで挟んで締め上げた。
「ギグッ」。鈍い音がした。完全に親指の第一関節がつぶれた。
永野の表情が歪んだ。血が噴き出した。
(次回は、■若頭、登場!)
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