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極限報道#32 大神、監禁される ワゴン車は2人を乗せて走り去った

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 「防衛戦略研」の本社への直接取材で最も知りたかったことは、「防衛戦略研」を支配しているという闇の組織の実態についてだった。

 その点については、「エグゼクティブ」という肩書が権藤の口から飛び出したのは一定の成果だったと言える。伊藤社長が残したUSBメモリーの内容が裏付けられたといってもいい。「シャドウ・エグゼクティブ」とあててみたが、権藤は当然のように受け入れていた。やはり、「闇の組織」は存在するのだ。


 権藤は「情報統制担当の『エグゼクティブ』に相談して回答する」と言っていたが、おそらくなんの返答もないだろう。


 3億5800万円の金額を出した時のうろたえぶりは相当なものだった。これが何を意味するのか。予算執行については、権藤常務は把握しているものと考えられる。「約3億円」という丸めた数字であれば、それほどの動揺はなかったかもしれない。

 しかし、権藤自身も知らない様子だった「5800万円」がついたことで、動揺し、逆に聞き返してきた。大神の情報源が相当深いところにあるということを知ったのだろう。相手側の大神に対する警戒度がマックスになったと言ってもいい。


 吉嵜デスクとカメラマンとは現地で別れた。社会部の井上遊軍キャップに電話し、取材の経過を説明した後、永野に連絡をとった。「3億5800万円」という貴重な情報をもらっていただけに、「防衛戦略研」への取材の概略だけでも伝えようと思った。

 電話で簡単に報告しようと思ったが、永野は「今から会えないか」と言ってきた。取材の結果を詳しく知りたがっていた。新宿御苑近くの奥まったところにある喫茶店で会った。大神が権藤とのやりとりを簡潔に話した。


 「何を聞いても相手が無反応だったので、3億5800万円の話をあてました。するとひどく狼狽していました。情報統制担当の『エグゼクティブ』に相談してから後日、回答すると言うので引き上げました」

 「3億5800万円という金額をずばりあてたわけね」

 「全く進展しなかったので、少し焦ってしまいました。私の感触ですが、3億円という数字よりも5800万円という金額に反応したように感じました」

 「年間3億5800万円は、国からの支出の総額。表向きのお金だけどね。その名目は調査・研究費。3億は『防衛戦略研』にそのまま入金され、5800万円は全く別の口座に振り込まれた可能性があるわね。権藤はそれを知らなかった。その金は、相当ヤバイことに使われていると見るべきね」


 「例えば、殺人の報酬とか?」

 「可能性としてはあり得るわ」

 「『シャドウ・エグゼクティブ』を誘い出すための材料にするべきでした」

 「そういう使い方もあったかもね。でも、ディープな情報源をつかんでいることが相手に伝わったことで、相当危機感を抱いているはずよ」

 「同行してくれた全日本テレビのデスクも同じことを言っていました。用心するようにと言われました。とにかく、『シャドウ・エグゼクティブ』がこの後、どう出てくるかですね」


 巨悪を暴く記事を書くには、まだわからないことだらけだった。相手側が焦って動いてくれたらいいのに、そうすればぼろを出す可能性だってでてくる。

 そんな楽観的なことを考えていた。


 「ところで永野さんは、どうしてこれほど私の取材に協力してくれるのですか?」

 「ハハハ、それは大神由希という記者のことが好きで、取材の役に立ちたいからよ」。顔が笑っていた。

 「ふざけないでください」

 「正直言って、私も『防衛戦略研』に興味が湧いてきた。利権の巣窟みたいな感じよね」

 「利権への関心ですか」

 「まあね。巨悪が利権を貪り食って肥え太っていく。その挙句どうなっていくのか、とても興味があるわ」


 「田島さんは、総理側の立場だと言われていましたね。ということは、丹澤副総理とは反目の関係ですね。『防衛戦略研』が問題を起こして悪事が公になれば、深い関係のある『孤高の会』も無傷ではいられなくなる。永野さんにとっても、歓迎する展開になるのでは」。田島は永野の夫だ。


 「政治は、意識するしないに関わらず、ある意味、利権の奪い合いよ。天下国家を論じる裏で、政治家は官僚と企業と一緒になって甘い汁を吸い尽くす。権力を掌握するか放逐されるのかで、全く違ってくる。世の中がダイナミックに動く変革期であればあるほど、水面下では醜い争いが繰り広げられる。『孤高の会』の主張と手法には抵抗があるのは確かよ。虫唾が走るの」

 

 「永野さんもその利権にありつこうと考えているのですか」

 「私自身は利権とかにそれほど執着していない。ただ、その渦中に巻き込まれたら巻き込まれたでおもしろいものよ。大神さんも今、そのど真ん中にいるじゃない、一緒に楽しもうよ」


 2人は1時間ほどして店を出た。細い路地にある喫茶店だったが、広い道に出て歩き出したところ、いきなり前から黒い服装の男5人に囲まれた。

 「今からどこ行くの? 一緒にドライブしようよ」。男が前を歩いていた永野の腕をつかんだ。

「なにバカなこと言っているの? 誘う相手が違うでしょ」


 永野が腕を振り払った。次の瞬間、後ろに回った男たちが、黒い布袋を大神と永野の顔に被せた。 「何するの」。そんな叫び声も、分厚い布袋の中ではくぐもった声にしかならなかった。


 そのまま2人は体ごと持ち上げられ、すぐ横の車道に停めてあったワゴン車の後部座席に運び込まれた。近くに通行人が数人いてびっくりして立ち止まっていたが、男たちは一切かまわずにドアを閉めて、車は発車した。

 

 あっという間の出来事だった。


(次回は、■親指がペンチでつぶれる)



お読みいただきありがとうございました。

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