極限報道#31 常務が動揺した 永野からの情報が効いた
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
「防衛戦略研」本社への突撃取材を敢行したが、権藤常務の「木で鼻をくくった」対応に、大神は頭にきて、冷静さを失いかけていた。
「わかりました。質問を変えます。『トップ・スター社』の伊藤社長が殺害された事件はご存じですね」。これまでの丁寧なものの言い方から、開き直ったように声のトーンが自然と上がった。
吉嵜がその変化に気付いて大神の方をちらっと見た。権藤は少し驚いたような表情を浮かべたが黙ったままだった。
「伊藤社長は『防衛戦略研』の顧問でしたね。殺害されてしまいましたが、犯人に心当たりはありませんか」。この問いかけには、吉嵜も驚いた表情をした。普通の取材ではありえない聞き方だった。
「心当たり? それは一体、どういう意味ですか」。権藤は気色ばんだ。
「意味のわからないことを言わないでください。犯人の心当たりなんてあるはずがない」
「それでは聞きます。民自党の金子代議士はご存じですよね。『防衛戦略研』の集まりで挨拶もされています」
「金子代議士は知っていますよ。それがどうかしたのですか?」
「『それがどうかしたのか』って、とても冷たい反応ですね。『防衛戦略研』は生前、大変お世話になったのではないですか?」
あえて、権藤を怒らす作戦に変えた。人間は怒って頭に血が昇ると、つい余計なことを言ってしまうものだ。案の定、権藤の顔は真っ赤になっていた。
「誘導尋問のような質問はやめてください。もういいでしょ。お引き取りください」。すぐに熱くなる様子に、つけ入る隙を感じた。
「金子代議士は殺されたんですよ。あなたはしらを切るんですか」
さすがに吉嵜も「そんな質問の仕方はないだろう」と言わんばかりに、やや怒った表情で大神を見た。
しかし、意外なことが起きた。権藤が驚いた表情を浮かべたのだ。
「殺された? 警察は殺人と認定したのですか?」と聞いてきた。
「発表はしていませんが、殺人事件として捜査しているのは間違いありません」。権藤の顔が左右に小刻みに揺れるのを大神は見逃さなかった。相当動揺しているのがわかり、さらに突っ込んだ。
「金子代議士の殺人事件の犯人には心当たりがあるのですか? 一体、誰が金子代議士を殺したのですか?」。常軌を逸した質問を続けた。「さすがに権藤が怒りだすのではないか」と吉嵜は心配した。だが、権藤はむしろ考え込むような仕草をしたまま押し黙ってしまった。
大神は間髪を入れずに聞いた。
「国から3億5800万円もの助成金がでていますね。それらは一体、何に使われたのですか。国民の税金ですから、話さないわけにはいきませんよ。どうなんですか」
永野洋子から仕入れた最新の情報をかなり強い口調でぶつけた。権藤の目が大きく見開かれた。その変化に大神の方がびっくりした。吉嵜も「あれっ」という不思議そうな顔をした。
「3億5800万円、3億5800万円と言いましたか、今」。権藤が逆に聞いてきた。声のトーンが上がってきた。
「はい、言いました。数字に間違いないですよね」
「どこからの情報ですか、誰から聞きましたか?」
「情報源は言えません」
「3億5800万円という数字は間違いありませんか?」
「はい」
「なぜ、3億でなくて3億5800万円なのか? 一体その5800万円は何なのですか? その内訳を説明してください」。権藤がしつこく聞いてきた。
顔色が青白く変わり、懇願するかのように真剣な表情になっていた。想定していた以上の強い反応があり、大神の方が戸惑った。5800万円にこだわる理由がわからなかった。
「内訳を聞いているのはこちらです。その5800万円は特別な資金ですね。きちんと説明願えますか?」。また、沈黙が続いた。権藤はショックを受けた様子でしばらく茫然としていた。助成金についての質問は予想していなかったようだった。
考え事をしているようで、目が宙を舞った。「5800万円……。私の知らない数字です」。ぽつんと呟くように言った。
「3億円については認めるのですか」
「3億円はまあ、補助金、助成金の扱いです。日本の防衛についての調査、研究という公的な業務に充てています」
「本社事務局を見ていて、専門的に調査しているようには見えませんが」
「本社は人事、総務、経営戦略を統轄しており、事業部門はグループ各社が担っていますので」。そこまで言ってから、ふと自分を取り戻したようにはっとした顔をした。
「もういいでしょう。今日はお引き取り下さい。お願いです。私はなにも説明できる立場にないのです。今日出た質問は、『エグゼクティブ』に聞いた上でお答えします」
「『エグゼクティブ』…… 今、確かに『エグゼクティブ』と言いましたね。『シャドウ・エグゼクティブ』のことですね。どういう立場、階級の人なのですか」
権藤は「エグゼクティブ」と言ってしまったことを後悔しているように苦い顔をした。「いや、それは……。それも含めてすぐに上司に連絡します。そして、大神さんに結果を連絡します」
「『シャドウ・エグゼクティブ』という肩書の人は、『株式会社日本防衛戦略研究所』の中でどういう立場の方なのかということを聞いているのですが」
「知りません」
「常務取締役の権藤さんが知らないというのはおかしい。あるいはまったく別の組織が存在していて、そこの階層なのではないのですか」
「言えません。言えないのです」
「質問を変えます。権藤さんは『シャドウ・エグゼクティブ』ではないのですか?」
「違います」
「『リーダー』ですか」。権藤は少し考えた後に言った。
「まあ、そうです」
「株式会社では常務ですよね。そして内在している別の組織では『リーダー』なわけですね」
「もうやめてください。とにかく記者からの突っ込んだ質問に答えるのは、情報統制担当の『エグゼクティブ』になります。質問があった内容は必ず伝えておきますので」
「情報統制担当の『シャドウ・エグゼクティブ』って誰ですか」
「今は言えません」
「今、この場で情報統制担当の『シャドウ・エグゼクティブ』に連絡していただけませんか。リモートで構いません。何時間でも待ちますので。あるいはこちらから出向きます。どこへでも行きます」。大神は権藤を追い詰めた。だが、権藤は首を振った。
「大神さんへの説明は後日にさせてください。『エグゼクティブ』は大変忙しくしておられるのです。今連絡とって今日、会えるなんてことはありません」。権藤は頭を抱え込んで動かなくなった。
これ以上、問い詰めても進展はなさそうだった。大神は吉嵜と顔を合わせてうなずきあった。
「わかりました。どなたかわかりませんが、情報統制担当の『シャドウ・エグゼクティブ』に連絡してください。回答をお待ちしております。こちらは取材を続けます。公的な意味合いのある団体であるにもかかわらず、極めて秘密体質で閉鎖的だと感じました。これからもいろいろな関係者にあたった上で問題があれば記事にさせていただきます」
2人は事務所を出た。大神は「3億5800万円」という正確な数字をだしたことは失敗だったと反省した。「約3億円」とか丸めるべきで、正確な数字は今後の展開での「最後の切り札」として取っておくべきだったと思った。
「会話が進展しなかったので、つい焦ってしまい、もっているネタを次々に出してしまいました」と大神はため息をついた。
吉嵜は「相手は相当な衝撃を受けて平静ではいられなくなったようだった。あてたネタは、どれも事実関係が動かないことばかりだし、もみ消したりはできないはずだから心配ない」。吉嵜も少し興奮気味だった。
「資金は潤沢なはずなので、事務所はもっとお金をかけたところだと思っていました。あれではまるでダミー会社ですね」
「その可能性は十分あるな。今日のやりとりはトップまで即座に報告が上がるだろう」
「権藤常務は『リーダー』でしたね。あまり決定権はなさそうでした。詳しい内実は知らないようでもありました。これから組織がどうでてくるのか興味がありますね」
「『興味がある』と言えるのは常識のある取材先のことだ。『防衛戦略研』は暴力装置を持っていると言ったのは君だ。危険な組織なんだから、十分すぎるぐらいの注意、警戒が必要だぞ」
幾多の修羅場をくぐり抜けてきた先輩による的確な助言だった。
(次回は、■大神、監禁される)
お読みいただきありがとうございました。
『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。




