極限報道#29 彼氏に裏切られた大神 永野弁護士からの重要情報
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
弁護士・永野洋子から連絡があり、銀座の喫茶店で会った。
「『防衛戦略研』のことだけど、参考になるかわからないけど、情報が入ってきたわ。防衛省から調査・研究開発費の名目で年3億5800万円が出ている。主な業務内容は世論調査。ネットや電話を使って調査した結果を定期的に防衛省に提出している。世論調査を実施しているといいながら、その結果は世間に公表されていない。最新の調査は、『ミサイル防衛についての世論の受け止め』だって。世論調査以外の研究活動は、防衛省と一緒に取り組んでいることになっている。ほら、例の『タワー・トウキョウ』よ。あの話題のタワーを覆うエネルギー反射バリア技術の開発。防衛省、防衛産業、研究機関の三者で研究開発しているけど、『防衛戦略研』も防衛産業の窓口役として参加していることになっている」
「研究開発費の一部がここに流れているわけですね。『防衛戦略研』はトンネル会社なんですかね」
「トンネルでもペーパーカンパニーでもない。株式会社としての体裁は整えているけど、業務内容というか予算規模が『身の丈』に合っていないという感じかな。3億5800万円も予算化された表の金。裏では桁違いの資金が流れ込んでいると考えられる。特ダネ記者にとっては、取材のしがいがあっていいじゃない」
「『秘密のベール』に隠されていてなかなか正体をつかめないのですが、永野さんの情報はとても参考になります。これまでの取材内容と合わせてこれからどうするか戦略を練ります。ところで、この3億5800万円の金額は、財務省にお勤めの田島さんからの情報ですよね。取材で使ってご迷惑にならないですか」
「田島からの情報じゃないから。甘く見ないでね、私の人脈の広さを」と笑いながら続けた。「とにかく国の税金使っておいて、『秘密のベール』というのはおかしいわよね。それより、こんな取材していて身の危険を感じたことはない? 相当ディープな世界に入り込んでいるようだけど」
大神は下河原とのやりとりを言おうか迷った。「記者を辞めて、姿を消せ」と言われたことは、ずっと頭から離れなかった。だが話すのは止めた。永野の夫、田島速人が総理側の人間であり、取材先との信義の問題になってくることが気にかかった。
「『危険な取材になるから止めた方がいいのでは』とはいろいろな方から言われます」。あいまいな表現にして答えた。
「そうでしょうね。でも、大神という記者は、止めろと言われれば言われるほど逆に燃えるんでしょ。取材の狙いが『防衛戦略研』という組織の解明に向かっているのは、相手にとっては痛いところを突かれて、すごく嫌なことだと思う。相当焦っているんじゃないかな。ここまで来たらやるしかないでしょ、記者として、すべてを解明してよね」
「そうですね。貴重な情報もいただいたし。私、とにかく『防衛戦略研』の本社に行ってみます。これだけデータが揃ったのだから、本丸に突入です」
「取材の結果は連絡してね」
「わかりました」。そう言った後、大神は聞きにくそうにしながら、「永野さんのプライベートなことなんですが聞いていいですか?」と言った。
「いいわよ、なんでも聞いて」
「財務省にお勤めの田島さんは、葉山さんとのことをご存じなんですか」。葉山とは暴力団山手組系羽谷組の若頭だ。永野の大学時代の恋人だ。
「元カレのことね。田島は知っているわ。全部話している。田島だって若いころから相当もてていたみたいよ。女優さんとも付き合ったことがあるみたい。お互いに、すべて納得ずみよ。もっとも葉山は今は刑務所。間もなく出所するはずだけどね」
「葉山さんと出所して再び会うことになったら、かつての愛が再燃するということはないですか」
「すごいことを聞くわね。確かに、私が本気で愛したのは葉山だけよ。一目ぼれで初恋だった。格好よかったわ。今でもひきずっていないというと嘘になるわね。でも昔の関係に戻ることはないわ。葉山が学生時代に誤って人を殺してしまい、勝手に別れを切り出した。明らかに私から距離を置こうとした。そこで2人の恋愛関係は終わったのよ。以後の私の人生はある意味、惰性のようなものかもしれない。再び関係が戻るとしたら、彼の方から言ってくるしかなかった。でも私がアメリカから帰国した15年後に再会した時には暴力団の若頭になっていた。彼が出所してきてもお互いに大人だからなにも起こらない。同志という感じかな。出所してきた時は、『お疲れ様でした』と言うだけね」
永野と別れた後、大神は永野の言った「葉山と別れた後の人生は惰性のようなものかもしれない」という言葉を反芻していた。永野の一見、自由奔放で怖いもの知らずの生き方を見ると、合点がいくところもあった。
大神は心身ともに疲れ切っていた。次から次へと難題がふってくる。やらなければならないことが山積している。下河原からの忠告も堪えていた。「死」が身近に迫ってくる気配を感じてぞっとした。タイミングよく永野から連絡があり話せたことはよかった。性根の据わった永野と話すと少しは気が晴れる。気になっていた葉山との関係についても思い切って聞くことができた。
帰り道、赤坂方面に足が向いていた。河野のいる会社が見通せる場所に行ってから、電話して夕食にでも誘おうと思っていた。最近は顔を合わせるのは報道の仕事を通してばかりだった。たまには愚痴を聞いてもらって甘えてみるか。午後7時を過ぎていた。
河野にスマホで電話した。
「由希でーす」
「おお、どうした。珍しいね、君から電話があるなんて。何かあった?」
「今日は夜は空いている? 食事でも一緒にしないかなと思って」。少しの間、沈黙があった。
「ごめん。今日はどうしても欠かせない付き合いがあるんだ。相手はスポンサーなんだ」
「そう、わかった」。大神はあっさりと電話を切った。仕方がない。こんなこともあるだろう。急な誘いだったし。河野は会社の経営で手一杯なのだ。今日は帰って早めに寝よう。
次の瞬間だった。車が行き交う道路をはさんだ斜め前の「スピード・アップ社」が入居している中層ビル入り口から河野が現れた。カラフルなシャツに身をくるみ、軽やかに早歩きしている。その姿を目で追った。100メートルぐらい行ったところで、若い女性が待っていた。女は突然、河野の胸を軽く突いて腕を組んだ。いちゃいちゃしているという表現がぴったりだった。しばらく親しそうに話した後、2人は談笑しながら歩いて行った。女は大学生ぐらいの感じで若さがはち切れそうだった。河野も最近、大神が見たこともないような満面の笑みを浮かべていた。大神は2人の後をつけていた。
近くのフレンチレストランに入っていった。以前、大神が河野に誘われて行った店だった。4年前のことだ。その時2人はワインをしこたま飲み、その後、ホテルに行って泊まった。大神にとって思い出の店だった。
大神はテレグラムで河野に連絡した。
「いま、どこ?」
「銀座だよ。スポンサーと食事をしている」。大神はすぐに削除した。
これ以上、うそつきの話を聞きたくなかった。
レストランになだれ込んで、横っ面をひっぱたいてやろうかと思った。修羅場を演じるのはわけのないことだった。だが、衝動的な行動にブレーキをかけるもう1人の自分がいた。なんだか、もうどうでもよくなってきた。
そう思うと、すーと熱が冷めていくのがわかった。
タクシーを拾って自宅マンションに向かった。
(次回は、■「防衛戦略研」本社へ突撃取材)
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