極限報道#28 「姿を消せ!」と下河原 「最高幹部会」で下河原の顔色が変わった
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
「マスコミを規制する? そう言いましたか?」
大神は下河原に確認した。
「当然です。虚偽、やらせ、偏向報道がまかり通っている。政権を批判することだけを目的としたような報道の在り方はおかしい。報道の世界しか知らない人間が、どうして政治、経済、国家を批判できるのか。大学で遊んでばかりいたものが記者になって数年で物知り顔で政権批判をする。そんな記者の論評は国民を誤った方向に連れて行く。そうは思いませんか」
「全く思いません。担当分野についてはしっかり学んでいます。専門家もいます。客観的な視点でわかりやすく正確な情報発信、解説は必要です」
「あなたのようなメディアの中心にいる人は気付いていない。メディアは一大権力になってしまった。そして関係する大半の人がそこに安住してしまっている。国民の大多数の声に耳をかさず思い込みの強い偏った見方で記事を書く。取材するのは各界のエリートで、発信力の強い人たちが大半だ。市井の人は無視されてきた。そういう人たちから反乱が起きているのですよ。SNSを通してあらゆる既得権をぶち壊そうとしている。意図的に起きているのではない。自然発生的に沸き起こっている。メディアは気付くのが遅かった。今、国民から鉄槌を下されているのです」
「水面下で地殻変動が起きているのに、対策が後手に回ったというのはその通りだと思います。ただ、何もしていないというのは違う。メディア業界全体、マスコミ各社はそれぞれに大変な危機感を持って、改革を進めています。報道では、災害、環境、人権、平和など公益性のあるテーマに真正面から取り組む。デマ、誤報、虚報が飛び交う中、とにかく正確で信頼できる情報を提供していく。それに尽きると思います。さらに、メディア批判を繰り広げる政治権力に対する調査報道によるチェックの重要性はますます強まってきていると考えています」
「改革を進めている? 私にはそうは見えません。やろうとしていることが、国民から乖離しています」
「批判の矛先はメディアだけではなく、政治に対しても同様です。政治不信は深刻です。さきほど、マスコミ規制と言われましたが、具体的にどうしようというのですか」
「そうですね。例えば、月に10本の誤報、虚報、誤った論評を展開したときは新聞でいえば輪転機の停止措置、テレビでいえば電波を停波するとか」
「輪転機の停止とか電波の停波とか、現行法をどう都合よく解釈してもできないことです。誤報、虚報、誤った論評など、誰が何を根拠に判断するのですか。あり得ないことです」
「だから憲法も法律も変えるのです。新聞も許可制にして担当大臣が強権発動できるようにすればいい。国家公務員をマスコミ各社の社長に出向させましょう。そしてマスコミ規制法を新たに制定するのです。規制という言葉は聞こえが悪ければ、『正しい報道を守る法律』とかにしましょうか」
「ふざけないでください。自由な言論、自由な結社、公正な選挙が保障されないような独裁政権は極めて危険です。そういう思想の政党が民主主義の再構築なんてできるわけがありません」
「リベラルな人に共通しているのは、現状認識の甘さです。変革は痛みを伴うからみな嫌がる。今のままがいいとね。しかし、それは周りの環境が許してくれる時ならばいいでしょう。世界各地でさまざまな形の戦争が勃発し、日本も巻き込まれるかもしれない時に、政治家が『変わりたくない』という姿勢を取り続けることは許されません。最大の罪です。我々は世界に通用する『新・民主主義』の確立をやり遂げます。すでに研究は進んでいるのです。政権についたら世界中からあらゆる英知を集めて着手します。もちろんAIもふんだんに活用します」
「丹澤副総理も下河原さんも、現在、民自党という政権与党の中枢にいる実力者ではないですか。過去、民主主義は何度も危機を乗り越えてきた。野党との緊張関係の中で、政権与党として改革を進めていけるはずです。しかし、現実には、『孤高の会』は民主主義を否定するような言動を発しながら民自党を割ろうしている。民主主義体制そのものが内側から崩れていく典型的なパターンですね」
「今の民自党では無理なのです。与党内にこそ『変わりたくない』という抵抗勢力がはびこっている。民自党では改革は不可能です」
「民自党内部の問題ですね。政治の世界の話は極めて重要だと思いますが、私は社会部記者としての自分の役割を果たしたいと思います。最初の質問に戻ります。『防衛戦略研』との関係について説明してください」
「今日の本題ですね。政治部記者からは出ない質問です。もちろん『防衛戦略研』とは関係がありますよ。『孤高の会』は、ありとあらゆるシンクタンク、研究機関と頻繁に交流し、成果を報告してもらっていますから。政策に生かしていくのです。合同の勉強会も頻繁にやっています」
「多くのシンクタンクの中でも、『防衛戦略研』とは特に密接な関係ですよね。一心同体といってもいい」。これまでの取材で得た感触だったが、先ほどの「壁耳」で確信に変わっていた。
「密接と言われても。なにが言いたいのですか」
「『防衛戦略研』は企業グループとしての活動のほかに、裏の顔があるように思えてなりません。具体的にどのような活動をしているのでしょうか」
「どのような活動をしているのかって、詳しいことは直接聞きに行ったらいいじゃないですか。これって取材ですよね。飲み会の席の話ではなし、他の会社や組織のことを私の立場でペラペラしゃべるのはおかしいですよね。下河原が『こう言っていた』と書かれたらたまらない」
「『防衛戦略研』が『孤高の会』の活動の資金源にもなっているという人がいます。事実ですか?」
「あり得ません」
「わかりました。ところで私たちの取材で、『防衛戦略研』の最高幹部会が7月1日に開かれたと聞いていますがご存じですか?」
下河原の顔の表情が瞬時に変わった。「えっ」と目を見開き、驚きの表情を浮かべた。これまで何を聞いても落ち着いて対応していたのに、しばらく言葉が出てこなかった。明らかに動揺していた。
下河原は最高幹部会が開かれたことを知っている。伊藤社長のUSBメモリーの内容は正しかったことを大神は確信した。
「7月1日の最高幹部会……。それは誰からの情報ですか」。しばらくして、逆に下河原が尋ねてきた。
「情報源は言えません。最高幹部会が開かれたことをご存じなのですね。下河原さんは出席されたのですか。教えてください、何が話し合われたのかを」
「私は知りません。出席なんてしていません。そもそも最高幹部会とは取締役会のことですか、あるいは株主総会ですか」
「いえ、株主総会でも取締役会でもありません。別に最高議決機関として『最高幹部会』なる会議体が存在し年2回、重要な決議がなされると聞いています」
「ほー、詳しいですね」
「一体、この組織のボス、トップは誰なんですか」
「知りません。先ほども言いましたが、『防衛戦略研』に直接行って聞けばいいのではないですか」
「わかりました。話を変えます」と言って、大神はずばりと切り込んだ。
「金子代議士の死をどう見ておられますか?」
「大変残念です。日本の宝と言ってもいい人材でした。『孤高の会』でも重要な仕事をしてくれていました。なぜ亡くなってしまったのか。転落事故ですか。今でも信じられない気持ちでいっぱいです」。下河原は落ち着きを取り戻しつつあった。
「金子代議士の死は事故とか自殺ではない。殺人事件だと私は思っています。事件であれば犯人がいる。結構近いところにいるのではないかと考えています」
下河原はしばらくの間、沈黙した。眼光鋭く、大神を睨みつけた。
「大神さん、あなたは先ほどの『孤高の会』の会議を聞いていましたね」
「えっ」。大神は意表を突かれた。「壁耳」のことを言っているのか。なんと答えていいかわからなかった。
「私も迂闊でした。この時間、『壁耳』の得意な政治部記者たちは官邸での総理の会見に出席しており、ここにはいない。だから油断していました。ドアの外で音がしたので、近くの者が向かって行って開けたんです」
大神はどうしようかとしばらく悩んだ。そして覚悟を決めて言った。
「正直に言います。『壁耳』をしていたのは私です。会議の最後の10分ほどのやり取りを聞きました。会話の意味は聞き取れないこともありましたが、『防衛戦略研』との関係が深いという確信を持ちました」
「いいでしょう、大神さん。自分から言われたことを評価します。後で廊下を撮影している防犯カメラをチェックすればすぐにわかることでした」。そう言うと、ボールペンを差し出した。壁耳をしていた時に落としたものだった。大神は無言で受け取った。
「はっきり言います。大神さん、あなたの名前はかなり以前から聞いていました。精力的に取材を重ねる優秀な記者だとね。疑問を持ったら真相を解明するまでとことんのめり込んでいく」。その後、下河原が発した言葉に大神は驚愕した。
「『防衛戦略研』主催の舞踏会にも来ていましたね。伊藤夫人の仮面を被って。ステージで泣き崩れた演技力は見事でした。河野さんのカバーも絶妙でした。今日、ずばずばと意見を言い、質問してくるあなたに私は正直、好感を持ちました」。仮面舞踏会に出席したことがばれていたのだ。下河原は大神を真正面から睨むように見据えた。その威圧感は凄まじかった。
「唐突ですが、私からの最初で最後の忠告です。この取材から手を引きなさい。今、この瞬間、記者を辞めるべきです。そしてできれば姿を消すことです」
大神は呆気にとられた。「姿を消せ」だと。何を言っているんだ。反発する気持ちが沸き上がった一方で、下河原の迫力に圧倒されていた。言い知れぬ恐怖が背筋を貫いた。
「ご忠告ありがとうございます。でも、私は取材を続けます。わからないことをわからないままにしておくことはできない性分なので。『孤高の会』が政権を握る前に、『防衛戦略研』との関係など真実を明らかにしていくことが私の記者としての使命だと思っています」
「前向きに突進していく姿はとても好感が持てます。私の忠告は突拍子もないことのように聞こえたでしょう。だが、あなたはすでに気付いているはずだ。はっきり言おう。我々をなめるんじゃない。忠告を聞くことができないならば、死ぬほど後悔することになるだろう」。大神はしばらく話すことができなくなっていた。
「『防衛戦略研』の殺人装置のことを言っているのですか?」。ようやく絞り出すように言葉が出た。
「これ以上は言いません。それではこれで。二度と会うことはないでしょう」。それだけ言うと、面会室を出て行った。
下河原は、「記者を辞めろ」と言った。通常であれば、「ふざけるな」と言い返しケンカになるだろう。しかし、続いて飛び出した「姿を消せ」という言葉は、胸にドスンと重く響いた。7月1日の「最高幹部会」と関係があるのだろうか。一体、何が話し合われたのか。
外に出ると、周囲をきょろきょろと見回していた。ナイフを持った男がいきなり飛び出してきて刺されるのではないかと思ったりした。
背中が汗でびっしょり濡れていた。
(次回は、■彼氏に裏切られた大神)
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