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極限報道#27 「壁耳」で重要情報 下河原と火花

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は、「孤高の会」の丹澤副総理に取材を申し込んだ。

 何度かのやりとりの末、広報担当の民自党副代表・下河原代議士が丹澤の代わりに対応するという返答があった。多忙な下河原にすぐに会えるとは思わなかったが、意外にも早い日程が決まった。下河原と懇意にしている朝夕デジタル新聞政治部の先輩記者から、「社会部記者が『どうしても会いたい』と言っているので取材に応じてやってほしい」と事前に話しておいてもらったことが功を奏した。


 約束の日、民自党本部に出向いた。午後2時の約束だったが、30分前に着いた。3階の面会室に通されたものの、2時を15分過ぎても下河原は現れない。2階の「さくら」という会議室で、「孤高の会」の幹部による会議に出席しているという。予定よりも長引いているのだろう。


 大神はトイレに行ったついでに、「さくら」の前まで行ってみた。ドア越しに話し声がわずかに漏れ聞こえてきた。

 周りに誰もいないことを確認し、政治部の記者がよくやっているように、試しにドアに耳を隙間なく押しつける「壁耳」の姿勢をとってみた。初めての体験で期待はしていなかったが、驚くことに中でのやりとりの断片が聞こえてきた。


 「きりのいいところで10月1日に、結成大会ということでどうか」

 「日程に異論はない」

 「会場はすでに押さえている。会費はとらない。会場費と懇親会にかかる金は『防衛戦略研』に回すから、思い切り派手にぶち上げよう」


 「その『防衛戦略研』の動きが気になる。やることが強引で、目立ち過ぎだ。新党結成が近づいているのだから、しばらく活動を止めさせたらどうだ」

 「彼らは我々とは別のベクトルで動いている。今さら静かにしとけと言っても、トップが聞かないだろう。ただ、忠誠を尽くすという姿勢は変わらないので問題はない。マスコミに聞かれたら、『直接的な関係はない』と言っておけば当分は大丈夫だ。今も、社会部の記者を待たせている。非常に鋭い記者らしい。一度会ってみたいと思っていた。『孤高の会』と『防衛戦略研』についての取材だが、『防衛戦略研』については詳しく知らないと言うつもりだ」


 「会わない方がいいのではないか。社会部記者などに」

 「朝夕デジタル新聞は相当突っ込んで取材してきている。内情を深く知られると後々やっかいなことになる。どの程度情報を握っているのかを探るいい機会なので会うことにした。取材から逃げ回っていると、かえって怪しまれる」


 「警察の動きはどうだ。捜査が進んで我々に及ぶということはないのか」

 「大丈夫だ。何をビビっている。先が思いやられるぞ。警察とマスコミは任せておけ。手は打ってある。ちっぽけなことに気を遣っている時間はないぞ」

 「そうは言うが、本当に大丈夫なのか……」


 声と話しぶりから、会合をリードしているのは下河原だ。待っている社会部記者というのは大神のことで間違いないだろう。


 そろそろ立ち去ろうとした瞬間、手に持っていたボールペンをつい、廊下の床に落としてしまった。「コツン」。驚くほど大きな音が響いた。会議室の中の会話が中断した。椅子のきしむ音がした。誰かが立ち上がり、大神のいるドアに向かって足早に向かってくる。


 ドアが勢いよく開けられた。だが、廊下には誰もいない。大神は間一髪、角を曲がって女子トイレに逃げ込んでいた。


 しばらくして外の様子を窺いながら、面会室に戻ると、下河原がすでに座っていた。

 「会議が長引いてしまって申し訳なかった。どこに行かれていましたか?」

 「トイレに行っていました」

 「そうでしたか。懇意にしている政治部記者の紹介なので取材に応じましょう。大神さんは相当癖のある記者だと聞きました。天才的な嗅覚の持ち主であるともね。あまり厳しい質問は勘弁してくださいよ」


 「癖があるとは、ひどい言い方ですね。誤解されることが多いもので」と大神は作り笑いを浮かべた。壁耳はばれたのか?。下河原の表情からは読み取れない。


 「『日本防衛戦略研究所』について取材しています。会社の設立趣意書と事業計画を拝見する機会があったのですが、世界の平和を謳い、サイバー攻撃やウイルス兵器への対応についても明記している。『孤高の会』の理念と酷似しているなと思いました。『防衛戦略研』とはどういう関係なのか。あの組織の実態について教えていただきたい」。回りくどい聞き方はやめて、最も知りたいことを最初から当てた。


 「ずばりと来ましたね。構いません、お話しします。ただ、その前に、大神さんは今の日本の政治状況をどう見ているか聞かせてください。そこから始めましょう」

 「どう見ているかと言われても、政治部の記者ではないので」

 「専門記者以外の人から率直な意見を伺いたいのです」。逆に質問されるとは思ってもみなかった。機先を制する。下河原のやり方なのだろうか。


 「個人的な見解となりますがいいですか」

 「もちろん、遠慮なく。批判でも意見でもなんでも結構です」

 大神は一息置いてから口を開いた。


 「戦後日本が築き上げてきた民主主義が、今、最大の危機に直面していると思います」

 「ほう、どうしてそう思うのです?」


 「民主主義そのものを否定する勢力が堂々と跋扈しているからです。確かに、話し合いを重ねて決めていくシステムは時間がかかるし、もどかしい。めまぐるしく変化していく世界情勢の中で、日本はその変化のスピードについていくことができていない。その現状は大変憂うることで原因を挙げたらきりがありませんが、政治の責任はとても大きいと考えます。国内外で抱える多くの難題に対して、明確な解決策を打ち出せず先送りしてきた。気付いた時には、明日への希望が一向に見出せないところに来てしまっていた。そんな中で今度は、極端な過激思想が支持を広げている。1つ1つの難題を地道に解決していくのではなく、民主主義体制そのものを全否定してしまう。独裁的指導者が増え続けているのは世界的な潮流ではありますが、この流れは非常に危険だと思っています」


 「なるほど。民主主義が危機を迎えているというのはその通りです。瀕死の状態に陥っている。政策の決定プロセスに時間がかかりすぎることが大きな原因です。地方議員にしても、あれほど大勢必要なのですか? その人件費たるやとんでもない額に上りますし、お決まりのことを決議するのに何日間も費やす。税金の使い道をチェックする監査役的な能力を持った議員数人とAI議員をおくだけで十分でしょう。国レベルはもっと深刻です。今、戦争が始まったとします。無能な国会議員がああだ、こうだと言っているうちに、あっという間にミサイル1000発が飛んできますよ。一瞬で日本は滅びます。すでにサイバー攻撃は始まっていて重要な機器が破壊され、国家機密が流出しているんです。にもかかわらずなんら対応できない。そんな民主主義では国家の存続すら危うい。だからこそ、丹澤副総理は新しい体制を提唱したのです」


 「『孤高の会』の主張は、新たな民主主義の構築というより全否定に聞こえます」

 「強力な指導者が必要です。国民の直接投票による大統領制を主張しています。そういった体制移行は民主主義的な手続きで進めていきます」


 「総選挙で多数派になるという戦略ですね。いま、『孤高の会』旋風が吹き荒れていますので、新党を結成すれば多数派となり政権を握る可能性は十分にあると思います。ただその後です。大統領制にしてどこまでの権限を付与するのかが見えてきませんね。相当強引な形で独裁主義への道を進もうとしているようにしかみえません」


 「一時的に独裁という形を目指すことになるでしょう。それは、日本の防衛問題など喫緊の課題をすばやく解決していくために必要なのです。日本が滅びるのを待っているわけにはいかないのです。独裁体制というのは、将来の新しい民主主義を確立するための猶予期間です。この間はマスコミにも一定の規制をかけることになります」


 「マスコミを規制する?」。大神は息を呑んだ。


(次回は、■「姿を消せ」と下河原は言った)


 

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