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極限報道#23 ノートパソコンに機密が隠されていた ITの天才 岸岡

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 河野と一緒に「スピード・アップ社」で一連の事件を取材している大学4年生のアルバイト、岸岡雄一は、コンピューターについて高い専門性を持つ。IT企業の開発に携わる父の影響で、幼い頃から自宅にあった最新のコンピューターを見よう見まねで操作しているうちに、スキルが磨かれていった。


 小学生にして、世界的なプログラミングコンテストで上位に入賞、「天才少年」とまで言われた。高校入学後は、企業からの資金援助を受け、アプリの開発やゲームの制作で実績を挙げた。大学2年生のある日、知人に誘われて、企業のネットワークに侵入した。ゲーム感覚で手伝ったのだが、簡単に企業のセキュリティを突破してしまったのだ。


 情報流出を招くなど被害を受けた企業からの連絡を受けた警察のサイバー犯罪対策チームが動き、岸岡は取り調べを受けた。この案件が悪質なハッキングとしてネットで話題となり、主犯として岸岡の名前が実名でさらされた。すでに有名な存在だっただけに情報の拡散は早かった。


 本人は類いまれなスキルを活かしながら、報道の世界で生きることを望んでいたが、悪評が立ったことで、報道機関への正規採用は断念せざるを得なくなった。今は「スピード・アップ社」でアルバイトとして働いている。河野から「正社員にならないか」とたびたび打診されているが、時給制のまま働くことを選び、「近いうちに独立する」と公言している。


 「殺された岩城さんのパソコンがまだ事務所にあるのなら、岸岡と一緒にチェックしてみたい。隠された極秘情報が見つかるかもしれない。それと由希が預かっている伊藤社長のUSBメモリーも調べさせてくれないか」

 河野の提案に大神も同意し、岸岡と合流して、岩城の労働相談所を訪ねた。女性事務員の鳩山が1人で片付けをし、書類を整理していた。憔悴しきった様子だった。


 「この相談所は、どうなるのですか」

 「閉めます。全国労働合同組合が借りていたのですが、岩城さんが亡くなった後はここに構える必要はないだろうって。私は上野の労働組合本部での勤務になります」

 「パソコンを見せてもらっていいですか」

 「構いませんが、目立ったものはありませんよ。警察と組合本部がチェックして、必要なデータは転送したり、消去したりしていました」


 河野と岸岡がパソコンの前に座って代わる代わるチェックしたが、書き溜めた論文ばかりで、めぼしいものは何もなかった。3人で帰ろうとしたところ、鳩山が旧式のノートパソコンを持ってきた。


 「あの、大神さん、岩城さんが個人用として使っていたノートパソコンがあるんですが、見ますか?」

 「えっ」と驚くと、「大神さんが4月に初めてここに来られましたよね。帰られた後に、岩城さんが言ったんです。『大神記者が望んだら、このノートパソコンを渡してくれ』と」


 「どういうことですか?」。大神は鳩山が言っていることが理解できなかった。「ノートパソコンには彼の若き日の労働運動から始まって以後のさまざまな活動の記録が入っています。歴史そのものです。彼は相当危ないこともやってきた。法律違反すれすれのこともあります。知りえた企業の不祥事も記されています。労働組合活動の裏の姿も書かれていますので、警察には提出しませんでした。でも、大神さんには見せていいと岩城さんが言っていたのです。大神さんに会った後も取材に飛び回り、亡くなる前日まで黙々と書き込んでいました。岩城さんが殺されたその日、大神さんはここに来ましたが、その時は動転していて言い出すのを忘れていました。このまま来なければパソコンごと始末するつもりでした」


 「このノートパソコンはどこにあったのですか?」

 「私のマンションです。実は彼と一緒に暮らしていたんです」。岩城は労働相談所にある組合貸与のパソコンでは書けない内容を個人用のパソコンに書き込んでいたのだろう。

 

 「わかりました。パソコンごとお借りします」

 「チェックするのは、今回の取材で必要なところだけにしてください。岩城さんもやりたくてもやれなかったことを、大神さんに暴いてほしいのだと思います。大神さんならやってくれると信じています」

 「できる限りのことはやります」とは言ったものの、「信じています」などと言われて、戸惑うばかりだった。


 「それじゃあ、遠慮なく」。河野は待ちきれないといった感じで、ノートパソコンを大神から奪うようにして、電源を入れた。「あんたはだめでしょ」。大神が鳩山の目を意識して奪い返そうとしたが、鳩山は「構いませんよ。大神さんにお渡ししたのですから、知っている人であればどなたに使ってもらっても。取材の参考にしてください」


 「ほらね」と言って、河野は画面を開いた。「暴動」「企業不祥事」「裏事情」などとあった中で、「防衛戦略研」という名前のアイコンがあった。そこにもロックがかかっていて開くことができなかった。鳩山も以前、パスワードを聞いていたが完全に忘れていた。「すみません、書き留めておくべきでした」と恐縮していた。


 鳩山からパスワードを解く手がかりになりそうな数字やアルファベットを50ほど聞き出し、パソコンを持ち帰った。帰りのタクシーで、河野が感心したように言った。

 「由希は取材先に信頼されるんだよな。なぜなんだ? 一途だからか?」

 「重要な機密書類ばかりですよ。1回会った人に預けるとは」。岸岡も感心しきりだった。

 「預かったからにはきちんと結果を出さなければ。でも読めるようになるのかしら」という大神に対して、「岸岡に任せれば容易いことだよ」と河野は余裕を持って言った。


 「そうか、でも『防衛戦略研』以外のところは見たらだめだよ」

 「そこが違うんだよな、由希は。生真面目すぎる。言っちゃ悪いけど、岩城さんは亡くなったんだぜ。その人のノートパソコンを預かったんだ。全部見たっていいじゃないか。労働運動の裏面史が詰まっている。企業の不祥事もいっぱい書かれているようだし、表面化していない項目があればすべてが特ダネだ。ネットでコーナー作ろうか。一定のヒット数は稼げるはずだ」


 「鳩山さんが『今取材中のこと以外は見ないでくれ』と念を押していた。聞いていたでしょ」

 「堅いなー。そんなのは無視すればいいんだよ。あの2人は夫婦ではない。捨てる寸前だったし、所有権は事実上消滅だ。法的にも問題はないはずだ。俺だったら、別のところからの情報入手だと言って使うだけ使うけどな」。大神は信じられないといった表情で河野を見た。


 大神と共に新聞社に戻った河野と岸岡は、取材チームの部屋の一角を借りて、パスワードの解読にあたった。岸岡がキーボードを叩くたびに、画面には次々と試行されたパスワードが表示された。そして数分後、ロックが解除された。パスワードは、岩城と鳩山の名前と生年月日、2人が住むマンションの住所地番の組み合わせという単純なものだった。

 

 だが、そこに記されていた内容は、現実離れしていた。


(次回は、■浮かび上がった「防衛戦略研」の姿)





お読みいただきありがとうございました。

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