極限報道#22 系列社の協業の成果は? 「議論は空中戦だった」。初参加の河野は言った。
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
朝夕デジタル新聞社会部、系列の全日本テレビ報道局、そして、ネットニュースの「スピード・アップ社」による協業会議が新聞社の会議室で開かれた。
新聞、テレビ、ネットの報道部門での連携がスムーズにいくようにと計画された。大神は全日本テレビの報道局に出向していたこともあり、窓口役となった。
情報量でいえば新聞がテレビを圧倒している。一方、速報性と社会へのインパクトでは、テレビが優位に立つ。「報道」というキーワードで共通する新聞社とテレビ局だが、そもそもの成り立ち、報道の位置づけ、ニュースの価値観は大きく違う。放送業は許認可事業であり、総務省がその権限を握っている。
一方で、新聞社は、官からの支配を受けず、社説という独自の論調を紙面で展開する。部数減と広告収入減に悩む新聞社は、今後の経営を考えると、大株主としての資本力を活用し、テレビ局をつなぎとめておく必要がある。テレビ局もニュース取材力を強化してきたが、これ以上、報道に人、金、ものをさける余力はない。インターネットの威力が増してきている今、新聞社の影響力が経営面で強まることには拒否反応を持つ一方で、報道に関しては、新聞社の持つ「情報収集力」を活用して、競争力を維持していく必要があった。
この日の議題は、「トップ・スター社」の伊藤社長殺害事件をはじめとする重大事件の取材協力についてだった。これまでも世間を騒がす大きな事件や災害が起きれば新聞社とテレビ局の報道担当者が集まり、情報交換を行ってきた。
新聞社からは、事件担当デスクの田之上、遊軍キャップの井上、警視庁キャップの興梠、調査報道班の大神と橋詰、経済部の柳田は協業会議が開かれると聞きつけて駆けつけた。テレビ局からは、社会部の吉嵜潤デスク、遊軍記者の吉野理子が参加した。昨年、朝夕デジタル新聞社と全日本テレビがそれぞれ1000万円を出資した「スピード・アップ社」の取締役編集本部長の河野は初めての出席だった。
伊藤社長の殺害事件については、「警視庁捜査一課の捜査に進展がない」と興梠が報告した。
大神は伊藤亜紀夫人から情報があった「日本防衛戦略研究所」について説明した。グループとして防衛問題全般についての調査、研究を行っているがそれは表の顔であり、実際には防衛産業と連携して、不正な資金集めをしている疑いがあると指摘。殺された社会評論家の岩城は「謎だらけ、疑惑だらけの組織、暴力装置も備わっている」と言っていたことも話した。
「『防衛戦略研』は取材先として最重要のターゲットです。周辺取材を十分にして、疑惑の実態をできるだけつかんで、最後に『防衛戦略研』にあてようと考えています」と大神が言った。出席者からの質問が相次ぎ、丁寧に答えていった。
金子代議士の死については、全日本テレビから重要な情報が寄せられた。系列の秋田全日本テレビの取材で、秋田県が地盤の金子が地元での勉強会で話したことがすべて撮影されていた。その時の映像が映し出され、全員がそれぞれのパソコンで確認した後、吉野が説明した。
厚生労働省のキャリア出身。専門はもともとは老人福祉で、関連する著書も数冊出版していた。しかし、ここ数年は演説でも防衛問題を取り上げることが多くなっていた。
派閥のドンである丹澤副総理の影響とみられる。特にミサイル防衛について見識を深め、地元秋田だけでなく全国各地で講演会を開いていた。講演会の主催はいずれも「孤高の会」。金子は中心メンバーの1人になっていき、財務全般を仕切るようになっていた。
「金子代議士の死の1か月ほど前に、丹澤副総理と大喧嘩をしていたという情報がある。喧嘩の原因
はわからない。この点について重点的に取材を進めています」と吉野は言った。
「丹澤副総理は防衛関係の利権を一手に握っている。金子代議士もその先兵として動いていた。大神さんから指摘があった疑惑のオンパレードである『防衛戦略研』との結びつきはないのだろうか」と吉嵜が発言した。38歳、独身。大神が全日本テレビに2年間出向している時に一緒にチームを組んで経済事件をした仲で気心は知れていた。
「『孤高の会』と『防衛戦略研』は、防衛問題についての見解で共通する点が多い。2つの組織は相当近い関係だと推認できるが、裏付ける確たる証拠は今のところない」と大神が答えた。
金子代議士の周辺取材はテレビ局の報道が重点的に取材していくことになった。今後出席者同士で取材内容を共有することが確認された。
情報共有の窓口は、橋詰が担当することになった。
協業会議に初めて参加した「スピード・アップ社」の河野はその席では一言も話さなかった。「スピード・アップ社」としてもチームを組んで取材にあたっているが、新聞社とテレビ局の報告に付け加えることはなにもなかったからだ。
そもそも体制が違う。伊藤社長殺害事件の取材は、河野がリーダーになり、社員記者1人と記者OBのシニア、学生アルバイト2人で対応している。ほとんど社の報道として総がかり態勢だ。新聞、テレビのニュースを再構成してネット掲示板に掲載し、ヒット数を稼ぐほか、SNSを駆使した情報収集、発信にも力を注いでいる。河野と社員記者はたまに事件現場に出向いて、関係者の直接取材をし、映像をアップしていた。
重要案件についての話し合いが終わると、そのまま雑談タイムに入った。かつては協業会議の後、情報交換会と称してレストランや居酒屋で一杯やるのが恒例だったが、近年はそれぞれが忙しく、そんな余裕もなくなっていた。
話題は決まって、各社の経営の厳しさだった。報道部門へのしわ寄せについて、皆が不満を抱えていた。テレビ局では報道全体の予算が削減されるばかりか、報道番組や素材をどう収益化に結び付けていくかを検討する会議が営業部門を交えて開かれている。新聞社も記者の数が減り続け、地方の取材網が厳しさを増し、さらに本社の中核部署も次々と縮小されている。
興梠警視庁キャップが言った。
「マスコミ界全体で報道の力が弱まるつつある。権力側は一気に報道規制をかけてくるだろう。足元をすくわれないようにするには、裏取りの重要性を再認識することだ。特ダネだからといって確認を疎かにするなんて言語道断だ」。事件取材の長い興梠は次の異動で、警察庁キャップになることが決まっていた。
井上遊軍キャップが「いっそ、このメンバーで独立して報道専門会社をつくるか。社長は大神だ。そして記事を新聞、テレビ、ネットに高値で売りつけようぜ」と言うと、経済部の柳田が苦笑しながら言った。
「記事を買ってくれるならいいですけどね。ネットが隆盛し、世界中のニュースがタダで見られる時代になったんですよ。独立ではなく、メディアグループのひとつというポジションを維持しなければ、結局はみんな手弁当でやる羽目になりますよ」
会合の後、河野は大神を呼び止めた。
「協業の打ち合わせ会に初めて出席したけど、議論が空中戦だったね。具体的にネタをとってきているのは由希だし、取材をもっと詰める必要性を説くのも由希だけ。テレビデスクの吉嵜さんなんて、『組織同士の結びつきはないのか』とか言うばかりで、内容なかったな」
「そんなことはないよ。『孤高の会』と『防衛戦略研』に関係があるのではないかといういいところを突いているし、金子代議士の取材では成果を挙げている。吉嵜さんは私がテレビに出向した時、一緒に仕事をしたけど、センスもいいし、取材にも走り回っていた。今はデスクになってあまり動けないのかもしれないけど、会議で方向性が決まったから、おそらく独自にすごい情報をとってくると思うよ」
「由希って、人の悪口言わないよな。いつも相手のいいところばかりみようとする」
「そんなことはない。この人ダメだと思ったら、文句も言うし、悪口も言う。二度と話さなくなることだってある」
「怖っ。ダメの烙印を押されないようにしなくちゃ」
河野は、大神がとってきた「電子データ」類の再チェックを一からやり直そうと提案した。せっかく貴重な情報データを入手しても、その分析が十分になされていないように思ったからだ。
伊藤亜紀夫人から預かったUSBメモリーも、「暗証番号が解明できない」という理由で放置されていた。
大神も気になっていたことだった。
(次回は、■ノートパソコンに機密が……)
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