極限報道#19 暴力団にアポ取り 取材は工事現場で
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
大神は、関西の資産家、林正一に取材した内容を、暴力団担当編集委員の村岸徹と、相棒の橋詰に伝えた。その上で、「竹内興業にアポをとって取材に行きましょう」と提案した。竹内興業は暴力団竹内組のフロント企業であることははっきりしている。
「行く必要はない。相手は暴力団。しかも山手組系。取材に応じるとも思えないし、仮に応じたとしても本当のことは言わないだろう。質問が気に入らなかったら、なにをしでかすかわからないぞ。危険だ」と村岸は反対した。
「でも、竹内組とは別の暴力グループの関与が今回の土地買収問題で浮上してきたわけです。このグループの正体を突き止めなければ、記事が一方的になる気がします。蛇の道は蛇、竹内興業は相手が何者かわかっているはずです」
「竹内興業は、わかっていても言わないだろう」
「今回の記事は、大手企業が土地買収の交渉に暴力団を使ったことが問題だという視点で書くものです。取材していくうちに、別の闇の勢力が現れてきた。しかも謎に包まれている。新たに浮上した暴力組織を利用したのは誰なのか。そこがポイントになり、記事にする上で外せないところだと思います。それと、警察はまだ捜査に入っていない。調査報道で独自に調べている案件なので、竹内興業側の言い分も聞く必要があるのではないでしょうか。やるだけやってみましょう」。大神は引き下がらず、取材の意図を繰り返した。
橋詰はどう思うかと大神に聞かれて、「どちらでも。決めてもらえばやりますよ、なんでも。ただ、あまり厄介ごとは勘弁してほしいですね。結婚前の大事な体ですから」とさらっと言った。
「なによ、その言い方は。日曜日のデートでプロポーズもできなかったくせに。何事も度胸がないだけでしょ」。橋詰は、ぽろっとこぼした愚痴をばらされ、カッとなって言い返した。「なにを言っているんだ。言い出すタイミングがなかっただけだ。大神先輩こそ、仕事ばっかりでたまにはデートでもしたらどうですか。行き遅れますよ」
「うわっ、言った、言ったな。セクハラ発言。セクハラ110番に通報してやる」
「俺のデートを邪魔しまくって、茶化す方がセクハラだし、パワハラです。応訴します」
「やめろ、バカらしい」。村岸がどなった。「子供のけんかか。キャップを呼ぼう。竹内興業の取材についてどう思うか聞こう」
井上遊軍キャップが呼ばれた。いきなりの突撃取材は避けるべきとなり、取材のアポがとれるかどうか大神が事前に連絡してみることになった。その時の相手方の様子を見てから考える、ということになった。
村岸は井上キャップよりも年上で、大層不服そうに言った。
「記事を書く場合は、『抑え気味にする』と言った方が主張は通りやすい。だが、取材については前向きな方が通りがちだ。それが無謀であってもな。大神の姿勢はいつも前向きでそれはそれでいいが、時に、積極的と無謀を混同していることがある。危険な方向に突き進みがちだ。仮にアポがとれても俺はいかんからな」
大神が竹内興業に電話してみると、いとも簡単に取材の予約がとれた。「栃野」という男が電話に出て、「俺が社長だ。何が聞きたいのかわからんが、こちらにやましいことはない。今は終日、工事の現場事務所にいる。そこに来るならすべてを話す」と言ったのだ。
「話し方は荒っぽいところもあったが、対応は普通だった」という報告で、井上キャップは取材にゴーサインを出した。
大神は、相手が「すべてを話す」と言ったことに強く惹かれた。あいまいだったことが明らかになるかもしれない。期待ばかりが膨らんでいった。
翌日、大神と橋詰で取材に行くことになった。会社からハイヤーに乗る寸前で、村岸が駆け付けてきた。「お前らみたいな素人に任せられん。心配なので来てやった」とうそぶいた。「ありがとうございます」と大神は感謝した。暴力団の取材を重ねてきた村岸がいるのといないのでは心強さが全く違う。
「親しい刑事に聞いてみたが、竹内興業の栃野は暴力団竹内組の幹部だ。暴力団とつながりのあるフロント企業にもいろいろあるが、竹内興業は組の直轄部隊だ。取材は細心の注意が必要だ。ところで、会う場所はどこだ」と村岸は聞いた。「相手方の現場事務所です」と大神は言って、江東区の湾岸エリアの住所を伝えた。
「あまりよくないな。都心のにぎやかなところで会うのが鉄則だろう」。村岸の悪い予感は的中した。指示された場所に着くと、東京湾に面した工事現場だった。研究施設や企業、ホテル、娯楽施設が集中したエリアからかなり離れた場所で、広い敷地の海側に2階建ての簡易なプレハブ小屋がぽつんと建っていた。
周辺は更地で人の気配がない。3人は敷地の入り口でハイヤーを降りた。砂利道を進んでプレハブまでの200メートルほどを歩いた。周囲には、金具などが散乱していた。
「大神先輩、今からでも遅くない。引き揚げましょう。やばいっすよ、ここ」。橋詰が言った。大神もいやな感じがした。普通のオフィスであれば、なにかあっても大声を出して逃げ出せばいい。工事現場とは聞いていたが、港区赤坂周辺再開発の現場のように人が頻繁に出入りしているものとばかり思い込んでいた。この場所では何が起きても逃げようがない。声を上げても周りに届かない。
「どうする大神」。村岸が試すように聞いた。
「行きましょう。ここまできたら行くしかない」
大神の前向きな姿勢は、とんでもない事態を招くことになる。
(次回は、■全員が病院送り)
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