極限報道#1 【プロローグ】 元日の夜 10人が結集した
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
【202X年1月1日 東京都内】
午後8時、会議室に10人が揃った。建設中の超高層ビル5階の一角。楕円形の大きな大理石のテーブルと黒革の椅子は昨年末に運び込まれたばかりだ。薄暗く、しんしんと冷え込む。だれもが厚手のコートを着ているが、凍り付くような冷気に触れて、身をかがめるようにして座っていた。
「新年、明けましておめでとう」 張り詰めた静寂を切り裂くように、中央に座る議長役の男がよく通る声で言った。恰幅のいいこの男にだけは、僅かだがスポット照明が当てられ、宙に浮いているように見える。
「おめでとうございます」。9人の男たちが口々に応えた。白い息が煙のように一斉に立ち上った。
議長役の男が続ける。 「新年最初の最高幹部会を始める。ビル上層部の完成はまだ先だが、待ちきれなかった。無理を言ってこの会議室を使えるように設えさせた。暖房も効かない中での開催を深くお詫びする」。男はゆっくりと頭を下げた。そして続けた。
「なぜ、この場所で開くことにしたのか。それには特別な意味がある。世界中が戦争、紛争に明け暮れ、民主主義体制の崩壊が始まっている。分断と対立が深まりゆく今こそ、我々が羽ばたく時なのだ。日本こそ、世界統一を成し遂げることができる唯一の国であることははるか遠い昔から約束されていた。もうこれ以上待てない。今年は、新しい日本を構築していく第一歩を印す年にしていく。すべてが動き出すのは秋になり、その流れは一気に加速するだろう。記念すべき年の初会合は、末永く重要な活動拠点となるこのタワー内でなんとしてもやりたかったのだ」
全員が強く手を叩いた。男が右手をゆっくりと挙げて制するまで拍手は続いた。
「秋まではこれまでと同じ役割を地道にこなしていく。資金をより潤沢なものにしていくためにあらゆる手段を尽くす。崇高な志に対して邪魔立てする者には鉄槌を下す。これは我々10人が覚悟を決めると同時に、結束するために欠かせない『血の儀式』なのだ」
男は手に持っていた9枚の紙を全員に配った。「10人の氏名、写真、経歴、罪状が書かれている。我々の活動を理解せず、なにかと邪魔をする者どもだ。おじけづいた裏切り者もいる。内容をよく読んで優先順位をつけてほしい。選ぶのはそれぞれ3名。いつも通り民主的に多数決で決める」
男の声が段々と大きくなっていく。何かにとり憑かれたかのような恍惚とした表情に変貌していった。ほかの9人は無表情なまま、紙に書かれた内容を確認し、一緒に配られた用紙に3人の氏名を淡々と書き込んでいった。9枚の用紙を集めて目を通した議長役の男は納得したようにうなずいた。
「今年上半期の標的が決まった。争いのない結果で、私が書き込む必要はなかった」。そう言うと、3人の氏名を読みあげた。「実行者は順番通りだ。期限は6月末。追い詰めるまでは組織の力を借りてもいいが、とどめは、必ず自分で刺すように。裏切り、失敗は許されない」。カッと見開いた目は、スポット照明の光を吸い込み、鈍い輝きを放った。
「今日の議題はこれだけだ。次の最高幹部会は7月1日午後8時からだ。それでは解散する。今年もみなにとってよい年であることを祈る」
再び拍手が沸き起こった。音は大きくなり、鳴りやまなかった。司会の男が再び手を挙げた。拍手は終わり、散会した。
10人は三々五々、会議室から出て行き、タワーの外に待たせていた車に乗り込み、静寂に包まれた都心の闇に消えていった。
(次回は、第1章 不連続死 ■IT社長惨殺)
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