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極限報道#17 弁舌巧みな下河原信玄 記者の仕事は「裏取り」なのか

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 政治の世界は、風雲急を告げてきた。

 政治グループ「孤高の会」の動きが活発になってきた。広報担当の民自党副代表、下河原信玄代議士は5月20日の記者会見で、新党結成を示唆する発言をした。


 「国内外の情勢が不安定で、衆議院の解散、総選挙がいつあってもおかしくないと言われています。政局になりかねない状況ですが、新党結成の考えはないか?」との記者からの質問に対して、「我々の主張はシンプルだ。憲法改正、大統領制への移行、新・民主主義の確立、高層ビルのバリア化など防衛力強化、国際的なサイバー攻撃への反撃、AI大臣の任命を始めとする政策のAIチェック機能強化、防衛のAI管制の拡張だ。果たして、今の政党に、これらの喫緊の重要政策を実現する力があるだろうか。政治の世界で新たな枠組みを構築していくことこそがまずやらなければならないことだと考えている」と答えた。


 「新党結成宣言と受け止めてもいいのか?」。踏み込んだ発言に驚いた記者が聞いた。

 「宣言ではない。それはまだ先だ。統括の丹澤副総理の出番をとったら、私が怒られるではないか」。記者たちからどっと笑いが起きた。


 「冗談はさておき、我々はみなさんと同様、日本の現状に大変な危機感を抱いている。丹澤副総理からそう遠くない時期に、新たな枠組みについて説明があるはずだ。私は主張の中身をわかりやすく説明して国民のみなさんの理解と支持を得ていきたい。ムーブメント、いや革命を起こしていかなければならないと思っている」


 「新・民主主義の確立を主張の柱の1つとして掲げている。これまで、確立までの前段階では独裁的な体制で臨むと主張されているが真意は?」という質問については、「前提として国民の強力な支持が必要であることはいうまでもない。そのために選挙があり、審判が下る。その上で、最も有能な人材がトップに君臨する強力でスピーディな政治体制を構築していく。すべては国民のため、世界平和の実現のためだ。人類が生き残るための闘いなのだ」と答えた。


 「『独裁的な体制で臨む』というのは時代の逆行であり、国民のためとは言えないのではないか?」との意見が出た。「核弾頭を装着したミサイルが今にも日本本土に着弾するのではないかという危機的な状況の時に、国民は一体何をしているか。街中に繰り出し、酒を飲んでは騒ぎ、スポーツや音楽イベントを楽しみ、遊興施設で時間をつぶしている。平時ならばいいだろう。今は緊急事態なのだ。だが、国民を批判しても仕方がない。そんな時、必要なのは国民を目覚めさせて正しい方向に導ける政治だ。絶大な権限を握る有能な大統領が必要なのだ。非常時には即刻、緊急非常事態宣言、あるいは戒厳令を発する。私権の制限を躊躇なくやる。敵に対して攻撃指令を出す。そういう政治システムを構築して初めて国民の生命と財産を守れるというもんだ」


「防衛力強化の中身だが、核武装も視野に入っているのか?」

「もちろんだ」

 「孤高の会」がいつ政党として旗揚げするのかが政局の最大の焦点になってきた。8月から年末までで何通りもの候補日があがったが、「10月1日」が最も有力視されていた。政権与党の民自党内で、「孤高の会」の独自の動きは制御不能となってきていた。


 下河原がテレビで髪を振り乱して演説し、記者の質問に答えるのを社会部調査報道班の自分の席で見ていた大神はため息をついた。

 「大丈夫なの、この国。独裁政権の下で憲法改正して核武装だって」と言うと、隣の席の橋詰は「全然大丈夫じゃないですよ。以前だったら、仮に大臣がこんな発言したら、首がとんでいましたよ。でも今は拍手喝采、ヤバいっすよ」と呆れて言った。


 「権力チェックを謳うメディアの力、影響力が弱くなってきている証拠でもあるね。それにしても、新民主主義を独裁政権の下で確立するというのはおかしいよ。この支離滅裂なことを言っても、もっともらしく聞こえる今の日本の状況は危険極まりないね。戦時体制に突き進んでいると言ってもいい危険な状況だわ」

 

 「確かに。でも世界情勢を俯瞰すれば、すでに第3次世界大戦に突入していますよね。各地で国家間の戦争が勃発しているし、アジアでも一触即発でしょ。軍事大国同士のサイバー空間での熾烈な主権争いは『火花の出ない戦争』ですでに佳境に入っていますよ」

 

 「国連は全く機能していない」

 「ただ、AI大臣の誕生は賛成です。権力欲の塊よりもAIの方が適任。汚職はしないだろうし、ダラダラした無駄な会議もなくなるし」

 「でも、AIの暴走こそが人類にとって最大の脅威だと言われているよね?」

 「それはSF映画の話で、そこまでいくのはもう少し先です。と言いたいところですが、そんなに先ではなさそうですね。AI開発の父でノーベル賞を受賞した物理学者も近い将来、AIは制御できなくなると警鐘を鳴らしている」


 「そうなんだ。報道記者を志望する学生が減ってきているらしいし、AI記者が登場するかもしれないね。ところで、『孤高の会』の活動資金はどこからでていると思う?」。大神が話題を変えた。

 「さあ、丹澤副総理のお父さんは政商として有名な人で大変な資産家らしい。副総理は手持ちの資金を相当つぎ込んでいるのでは」


 「新党結成して第1党を目指しているのだから、個人の資金でなんとかなるもんじゃないでしょ。相当大きなスポンサーがいると見るべきでしょう」

 「大神先輩は資金の流れについてすでに目鼻を付けているのではないですか。切羽詰まった取材なのに、どこか余裕を感じるんですけど」

 「でも裏取りが難しい。記者の取材って、結局のところ、『裏取り』なのかもしれないね」

 

 しばらく、「孤高の会」の話で盛り上がった。賛成であれ、反対であれ、「孤高の会」を話題にしている光景は、日本のいたるところでみられた。それだけ、わかりやすい主張が日常生活にインパクトを持って浸透してきている証拠だった。


(次回は、■戦闘正面に「黒ずくめ」)


お読みいただきありがとうございました。

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