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極限報道#16 弁護士はムスクの香り  結婚相手は若頭ではなく財務官僚だった

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は鏑木警部補と別れた後、霞ヶ関の日本プレスセンターへ向かった。落ち着ける場所に行きたかった。国会通りに沿って歩いていると、黄緑色のブレザーを着て早足で歩く長髪の女性とすれ違った。

 瞬間、香水の匂いが漂いハッとした。懐かしい感じがした。振り返って女性の後ろ姿をみて確信した。


 「永野さん、そうだ、永野洋子さんだ」。大神はすでに5メートルほど離れた女性に向かって声をかけた。振り返った女性は一瞬、不思議そうな顔をしていたが、しばらくしてにこっと笑った。

 「大神さんね」


 大神は朝夕デジタル新聞社に入社後、横浜総局を回って東京本社社会部員になると同時に、系列局の全日本テレビの報道局に希望して出向した。すぐに大手総合商社を舞台にした殺人事件の担当チームに入り、取材にあたった。幸田夫人の夫が殺された事件だ。その時の総合商社のコンプライアンス室長兼ビジネス推進部員を兼務し、マスコミ対応の責任者を務めていたのが永野洋子だった。

 

 東京生まれの39歳。大学では法律を学びながら東南アジアの恵まれない子供たちを支援する国際的なボランティアグループに参加した。卒業後、米国の大学に留学し犯罪心理学を学びながら、弁護士資格をとった。

 帰国後は企業法務のコンサルタントとしてさまざまな企業を渡り歩いた。M&A、投資についても精通し専門家として活躍した後、総合商社にヘッドハンティングされて就職した。

 大神は記者として殺人事件を取材し、永野と丁々発止のやり取りを繰り広げた。殺人事件の後、永野は総合商社を退職。それ以来、2人は連絡を取っていなかった。

 

 久々の出会いということもあり、大神の案内で霞ヶ関の日本プレスセンターの喫茶ラウンジに入った。


 「こんな形で再びお会いできて本当にうれしいです。仕事がピカイチできるのにいつもクールで格好いい永野さんは私の理想の人なんです」と大神。

 「相変わらず上手ね、相手をのせるのが」と永野が笑った。

 「でもよくわかったわね、私だって。横顔を見たの? 大神さんは人の顔は一度見たら忘れないという特殊な能力を持っていたわよね」

 大神は、一度見た人の顔や仕草を忘れないという特技があった。自分ではごく普通のことだと思っていたが、学生時代の親友が大神の特殊な能力に気付いて、「由希の顔認識の能力はすごすぎる。普通じゃない」と言い出して、自分でも「そうなんだ」と驚いたことがあった。


 「いえ、考えごとをして歩いていたので顔とか表情は見ていません。ずばり香りです。ムスクですよね。しかもホワイトムスクではない。最初にお会いした時に、永野さんから好きな香水はムスクと聞いたことがあります。そのときと同じで、渋く重厚感のある香りがすれ違ったざまにふわりと漂ってきました」

 「かなわないわね、大神記者には。逃げたくなっても逃げおおすことはできそうにないわね」。そう言って永野は笑った。


 「今はどうされているのですか」

 「フリーで、企業のコンサルやコーチングをしているの。同じ資格を持った者同士で連絡を取り合ってチームを組んだりしてね。大きな環境の変化としては結婚かな」

 大神は「ええっ」と素っ頓狂な声をあげた。あまりにも大きな声を出したので、近くでコーヒーを飲んでいる人たちが振り返って迷惑そうに2人を見た。

 

 「相手は誰ですか。まさか、若頭の葉山さん?」。総合商社幹部の殺人事件にからみ証拠隠滅容疑などで逮捕された暴力団山手組系羽谷組の若頭葉山豪の名前を挙げた。永野と葉山は大学時代の恋人同士だったという事実は、事件取材で知り得た極秘情報だった。

 「シー。大きな声をあげない、ばかね。相手の立場を配慮しない質問をずけずけとするところは変わってないわね。葉山は学生時代に付き合ったことがあるだけだから。それと今は刑務所だしね」

 「すみませんでした。でも、それでは相手は?」

 「大神さんは知らない人よ。財務省のお役人。友人の紹介でね」

 「財務省?」

 「田島速人 局長をしていてね。先日の予算委員会でも答弁に立たされて野党から『説明が不十分だ』とか叱られたり、追及されたりしていたわ」

 

 「そうなんですか。大変ですね。とにかくおめでとうございます。今度、お祝いをさせてください」

 「ありがとう」と言った後、「大神さんは今どうしているの?」と永野が聞いた。

 「テレビ局から新聞社に戻りまして今は社会部で、調査報道を担当しています」

 「あらそう、ぴったりの持ち場ね。相変わらず精力的に事件を追いかけているんじゃないの。『真相を知りたいんです』とか言ってね。そういえば、今は世間を騒がす事件が東京で相次いでいるようだし、忙しいんじゃないの」


 「そうですね。『トップ・スター社』の伊藤社長が惨殺された事件は未解決で続報合戦が続いているし、金子代議士が転落死した事件、社会評論家の殺人事件などもあってとても忙しくしています。どの事件もよくわからないことが多くて困っています」

 「例えばどんなことがわからないの?」

 「社会評論家の岩城さんは、けんかの末に殺されたとか言われているけどどうしてもそうとは思えない。事件の20日ほど前に取材した時には、すでに身の危険を訴えていました。国による税金の無駄使いを厳しく追及していました。特に防衛問題に関心を寄せていました」


 「身の危険を訴えていたというのは気になるわね」

 「今から、記事にしますが、岩城さんが刺された直後に、ニセの警官が岩城さんの労働相談所に現れて、金庫を盗んでいきました。おかしいでしょう」

 「なにそれ。金庫が盗まれたって確かに変ね。金庫の中身はなんだったの? 大金とか宝石がしまってあったのかしら」

 「詳しくは言えないのですが、防衛に関することとか、それこそ、税金の無駄使いについて指摘した書類などです」

 永野の目が光った。大神は普段、緊張を強いられているせいか、信頼を寄せる懐かしい永野に会って、気が緩み口が軽くなっていた。一方の永野からは笑みが消えていた。


 「2つの殺人事件と金子代議士の転落死が集中して起きているわね。なにかがありそうね。ひょっとして根っこでつながっていたりして」

 「さすがは永野さん。切れ味が鋭いところは健在ですね。ところで、『日本防衛戦略研究所』というシンクタンクはご存じですか?」

 「名前を聞いたことがあるぐらい。なんで」

 「殺された伊藤社長が顧問をしていたんです。これから取材していこうと思っています」

 「そう、私の方でも何かわかったら連絡するわ。それにしても、金子さんが亡くなったことには、田島も驚いていたわ。数字に強く、日本の未来を見通せる力のある数少ない政治家で、『惜しい人材を失った』と言っていた」


 「金子さんは『孤高の会』の中心人物でした。田島さんは『孤高の会』と関係は深いのですか?」

 「いや、その逆の立場ね。田島は磯川総理にこれまでかわいがってもらっていて、いろいろと恩義があるらしい。民自党も総理と副総理が対立するようになって今は内紛状態。互いに相手陣営の汚点、弱みを探し出そうと必死になっている。水面下ではすさまじいばかりの暗闘が繰り広げられているわ。総選挙があれば分裂するのは間違いないでしょうね」


 「『孤高の会』って今勢いがありますよね。主張が単純明快な点が国民に受け入れられている。SNSをフル活用していますね。私は全く支持できません」と大神が言うと、永野は「極めて危険な組織よ。政党になって実権を握ったら日本がどうなるのかをリアルに想像してみればいい。まさに戦時下における独裁国家のようになるわ。マスコミももっとしっかりして、問題点を明らかにしていかないと」

 

 「耳が痛いですね。私は殺人事件の取材に集中します。事件取材や調査報道によって、権力の不正、腐敗に肉薄して追及していきます」

 「頑張ってね。事件はその時代を映す鏡だと言うものね。でも今回の殺人事件の方はあまり深入りしない方がいいんじゃない? 深い闇が広がっているような気がするわ。大神記者は闇雲に突進していくタイプだから心配だわ」

 「刑事さんにも同じことを言われました。でも永野さんに言われるとますます真実味が増して怖くなってきます。取材は慎重にします」

 「用心するのにこしたことはないわ。私も金子代議士の件など相次ぐ事件で少し気になることがあるので独自にあたってみる。何かわかったら連絡するから」

 「お願いしまーす」。2人は最新の連絡先を交換して別れた。


 大神はプレスセンターに残り、新宿署担当の春山記者に連絡を取った。春山は新宿署刑事課による事情聴取を終えていた。

 「ニセの警官について新宿署は本格的な捜査を始めました。相当怒っていました」と春山。ニセの警官を騙るような事案については、警察は特に力をいれて捜査をするものだ。さらに、殺人事件との関連性もでてきているのだからなおさらだろう。

 

 大神は、春山と合流して、事件の続報を出稿した。


朝夕デジタル新聞朝刊社会面【特ダネ】

ニセ刑事、極秘資料だまし取る 殺された岩城氏の労働相談所から

 新宿・歌舞伎町で5月12日午前零時過ぎに、社会評論家岩城幸喜さんが殺された事件で、同日午前9時ごろに、岩城さんが所長を務める労働相談所(台東区)に刑事を騙る男2人が現れ、岩城さんが集めた資料一式をだましとっていたことが、わかった。

 新宿署の調べや関係者の話によると、午前8時50分ごろ、新宿署の刑事を名乗る男から電話がかかってきた。男は、相談所で待機していた女子事務員に対して、「岩城さんが殺された事件の捜査をしている。今から行くので、岩城さんの持ち物には触らないように」と話し、その10分後に相談所に現れた。一人は警察官の制服姿だった。そして捜査に必要だとして、資料の入った金庫と机の中のものを持ち出していった。

 持ち出されたのは、岩城さんの日記のほか、社会評論家として調査していた極秘の資料だったという。

 新宿署は、ニセ警官による窃盗事件とみて捜査、岩城さん殺人事件との関連も調べている。

(次回は、■弁舌巧みな下河原信玄)




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