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極限報道#15 警部補、大神を叱る 「危険だ。これ以上事件に首を突っ込むな」

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は警視庁捜査一課殺人班の係長、鏑木亘警部補に連絡をとり、警視庁近くの喫茶店で落ち合った。大神がテレビ局に出向していた際に、鏑木が担当した殺人事件を取材していて知り合った。その際に何度か情報交換したこともあり、刑事と記者という関係だが、修羅場を経験した者同士の連帯感のようなものが培われていた。


 鏑木は、伊藤社長殺人事件を担当していた。48歳。若いころから数々の難事件を解決してきた捜査一課の中心的な人物だ。通常、最前線の警部補に記者が昼間2人で会うことなんてまずないが、今回は大神が「重要な情報がある」と言って連絡したところ、「俺にも言いたいことがある。頭にきているんだ」と言って出かけてきた。


 奥まった席につくなり、鏑木は言った。「朝夕デジタル新聞だろう、『トップ・スター社』の伊藤社長の奥さんをたぶらかして、社長が残した資料を探っていったのは。奥さんは女性記者が来たので資料をすべて見せたと言ったらしい。伊藤社長が遺体で発見された直後の資料の押収作業が適切になされていなかったのではないかとして警視庁幹部の責任問題にもなっているぞ」


 「亜紀夫人をたぶらかしてなんていません。『真相究明を手伝ってほしい』って言われたのです」

 「君だったのか」。鏑木は呆れたように首を何度も振った。

 「あの奥さんはかなり情緒不安定になっていた。愛する夫が殺されたのだから無理もない。そこに付け込んで情報をとるとか、そんな卑怯な手を使うとは、大神らしくないな。捜査妨害も甚だしい」

 

 「確かに資料を見たいという気持ちはありましたが、亜紀夫人の許可を得た上でのことです。卑怯な行動とは思っていません」

 「夫人に真相究明などできるはずがないだろう。もし本当に夫人が犯人を突き止めようと動いたとしたら危険にさらされることになる。新聞記者ならわかるはずだ。押しとどめるべきだろう。特ダネだけしか頭にないマスコミの悪いところだ」

 

 実際、その資料を参考にした続報記事を朝夕デジタル新聞は数本書いていた。そのたびに捜査関係者は苦々しく思っていたようだ。他の新聞、テレビの報道に対しても「誤報のオンパレードだ。警察評論家と称する人物が捜査の見通しを述べているが根拠も何もない。大変迷惑しているんだ」と、さんざんマスコミの悪口を言った後、「ところで今日はなんの要件だ。もっとも捜査のことなら何も言わんぞ」と話す前から予防線を張って身構えた。


 「ずばり聞きます。伊藤社長を殺した犯人は誰なんですか?」

 「わかっていたらすでに逮捕しているわ」。鏑木は呆気にとられた顔をして言った。

 「犯人はわからなくても、死の真相には迫っているのですか」

 「言えるか、軽々に。代わりに犯人逮捕につながる重要情報の提供でもあれば別だがな。犯人でもわかったのか。それならここに連れてこい」。普段は冷静でもの静かな鏑木だが、捜査が順調に進んでいないからなのか、とてもいらだっていた。


 「実は今日お伝えしたかったのは、別の殺人事件の件です。ひょっとすると伊藤社長殺害事件とつながるかもしれない。それと民自党の金子代議士の転落事故ともかかわりがあるかもしれません」

 「もったいぶらずに早く言え。俺は捜査本部を抜け出して来たんだ。暇な時間はない」


 「今日夜半に歌舞伎町で起きた社会評論家岩城幸喜さん殺人事件の件です。20日ほど前に私は岩城さんに会って取材したのです。場所は岩城さんが所長を務める労働相談所です。その時に岩城さんが今追いかけている疑惑についての資料を見せてもらいながら話を聞きました。その資料は『極秘』ということで労働相談所に置いてあった金庫の中に保管されていました。その金庫ですが、岩城さんが殺されて9時間後、警察官を名乗る男が労働相談所を訪れて持って行ってしまったのです。ニセ警官に間違いないです」


 「ほう、それは興味深い情報だな」。鏑木の声が急に低く落ち着いた感じに変わった。関心を示したのは明らかだった。

 「新宿署には連絡したのか」

 「新宿署を担当する記者がさきほど副署長に話しました。今、取調室に場所を変えて詳しく聴かれています」

 「君はなんで岩城のところに行ったんだ」

 「社会部に岩城さんから情報提供の封書が届いたのです。その封書がタレコミという扱いになって、たまたま私がチェックしていて目に留まりました。日本の防衛についての見解を語っている内容でした。個人的に興味があったので相談所を訪ねました」

 

 大神は岩城の見解の内容についてかいつまんで鏑木に話した。殺人事件の被害者にまつわる重要な情報であり、捜査の手掛かりになるかもしれない。

 「なるほど。それで、伊藤社長殺害事件とも関連があるかもしれないとさっき言っていたが、それはどういう意味だ」


 「鏑木さんは『日本防衛戦略研究所』という組織をご存じですよね」。一瞬にして、鏑木の顔が険しくなり、鋭い刑事の目に変わった。

 「その組織がどうした。伊藤社長夫人から盗んだ資料に書かれていたんだろう」

 「実は、岩城さんも『防衛戦略研』について独自に調べていたんです。さらに、自分の命も狙われているという趣旨のことも言っていました。調べた内容を報告書にまとめた書類が、今朝盗まれた金庫に保管されていたんです」

 「なるほど」。鏑木は考え込むような仕草をした。


 「『防衛戦略研』はグループとして防衛に関するさまざまな事業を展開していますが、不正な手段で多額の資金を集めているほか、暴力装置が備わっていると聞きました。どういうことでしょうか。ご存じのことを教えてください」

 「その組織については俺の担当ではないでの詳しくは知らん」

 「知らないって。そんなことはないでしょう」と大神は不満を露わにした。「こちらは苦労して取材した貴重な情報を提供したのです。何も話してくれないのですか。これでは社に帰れません。鬼デスクにどやされるだけです。なにかお土産をくださいよ」。大神は柄にもなくダメ元で甘えるように言ってみた。


 「事件に関して知っていることを警察に話すのは市民の義務だ。記者だって同じだ。それが『取材源の秘匿』とか言って義務を果たさないこと自体がそもそもおかしいんだ」

 「ずるいですね。聞くだけ聞いてなにも教えてくれないなんて。転落した金子代議士も『防衛戦略研』主催のパーティで挨拶するなど深い関わりをもっていたようですね」


 「『防衛戦略研』について注目していることは確かだ。岩城さんが調べていたというのは貴重な情報だ。代議士の転落についても別の班が調べているが、俺は事故でも自殺でもないと思っている」

 「事件ということですか。誰かに突き落とされたとか。巧妙に仕組まれた殺人事件だったのでしょうか」

 「俺はそう睨んでいるということだ。刑事としての勘でしかない」


 「自殺ではないのですね」

 「自殺ね。悩みごととかトラブルなんていうのは第一線で活躍している人間ならいくらでもあるだろう。政治の世界でばりばり動き回っていたのだから日々、トラブルのオンパレードだろう。だがな、手帳には死んだ後の予定がぎっしり書きこまれていた。あの日の午後には、奥さんの誕生日のプレゼントを受け取りに百貨店に行く予定まで入れていた。そんな人間が自殺するか」


 「転落事故の可能性はないのですか。三友不動産社長はその可能性が高いと言っていました。今では転落の危険がありそうな場所には柵が取り付けられています」

 「団体行動で1人だけ危険なところに行って、突風にでもあって落ちたか? 子供じゃあるまいし」


 「事件だとすると、犯人の目星はついているんですか?」

 「ない」

 「組織がからんでいるのですか? やはり『防衛戦略研』の仕業ですか?」

 「めったなことを言うもんじゃない」


 「教えてください」

 「十分土産物は渡した。これ以上は言えん」

 「今のお話で、『金子代議士転落死 殺人で捜査 警視庁捜査一課』って内容の記事を書いてもいいですか」

 「殺人の後に、はてなマークをつけろ。書くのは勝手だが、根拠を示すことができないだろう。クレジットに『刑事の勘によると』とでも書いたらどうだ」

 「鏑木さんの名前入りで書いてもいいなら記事にしますよ。百戦錬磨の鏑木さんの勘であればみな信じるでしょう。とにかく伊藤社長、金子代議士、岩城さんと、著名人が次々に殺されている。とても不気味です」

 

 「それは俺も同じ考えだ。君もくれぐれも気を付けることだ。取材で暴走する傾向があるからな。記者は何人か知っているが、君ほど危なっかしい記者はいない。日本の防衛問題に関心を持つ前に、自分自身の防衛本能というものを研ぎ澄ますことが先だ。欠落してしまっているからな、君は。これ以上、事件に首を突っ込むな。警察に任せろ。自分の命を守ることを考えろ」

 「お気遣いありがとうございます。取材は慎重を期します」


(次回は、■美人弁護士はムスクの香り)





お読みいただきありがとうございました。

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