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極限報道#13 社会評論家の悲劇 「なんで起こしてくれなかったの」彼氏に抗議

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は自宅マンションのベッドで目を覚ました。午前7時半を過ぎていた。テレビ局に2年間出向し、新聞社に戻ってきてから1か月が経った。事件が相次ぎ、追われるように取材に走り回り、帰宅は深夜になることが多かった。


 隣のリビングに移動すると、おいしそうな卵焼きの香りが漂ってきた。河野進が2人分の朝食を作っているところだった。


 河野は、インターネットのニュース専門会社「スピード・アップ社」の創業者のひとりだが、経営はピンチの連続だ。設立資金を出したもう一人が社長を務め、河野は取締役編集本部長。社員は記者2人、新聞社を定年退職したOB1人、学生アルバイト数人の少人数だ。


 日々のニュースをネットで提供しながら、テーマを絞って調査報道を展開している。ようやくスポンサーが付き始め、徐々にだが経営は軌道に乗り始めてきた。河野は記者もしながら、営業面でも走り回っているが、月々の報酬は、大神の給与の半分しかなかった。


 大神が大学に入学してすぐにサークル「マスコミ研究会」に入会した際、1年先輩に河野がいた。2人が交際を始めたのは、河野が大学4年の時だった。その直前まで大神は別に付き合っていた男がいた。


 大学2年の時に始めたアルバイト先の繊維会社の社員で、7歳年上だった。物腰が紳士的で、顔は二枚目だった。どこか亡き父を彷彿とさせる落ち着いた雰囲気に惹かれ、交際を続けた。だが、関係が深まるにつれ、男の人格が急変した。

 

 DV男だったのだ。普段はやさしいのだが、異様なほど嫉妬深く、大神が

男性の友人の話をしただけで機嫌が悪くなり暴力を振るようになった。やさしい時と、機嫌の悪い時の落差が激しく、大神は疲れ果てていった。


 大学の友人に相談すると、みなが「別れた方がいい」と言う。それでも別れられずにいると、ますます暴力がエスカレートしていった。耐え切れなくなり、友人の男女2人に同席してもらった場で別れを切り出した。


 すると、今度はわんわん泣き出した。以後、ストーカー行為に走り、大神の自宅マンションの周りを徘徊したり、後をつけたりするようになった。友人の通報で警察が捜査に乗り出し、ようやく別れることができたが、心と体に深い傷を負った。

 

 そんな時、親身になって相談に乗ってくれたのが河野だった。付き合っていた男との関係をすべて承知した上で、交際を申し込んできた。大神にとっては最初は恋愛の対象とは考えられず、親しい先輩という感じだった。


 河野が先に社会人になり、大神が大学を卒業した後も連絡は頻繁に取り合った。大神が取材で出会う

第一線でばりばり働く年上の男性と比べると、河野はなんとも頼りなく感じることもあったが、一緒にいると心が落ち着き、安心感に包まれた。プロポーズを受ければ、いつでも「いいよー」と答えるつもりではいた。ただ、焦る気持ちはなかった。以後、年に2回ほど一緒に旅行に行き、河野は時々大神のマンションに泊まりにくる。


 大神はパジャマ姿のままだった。

 「うーん、おいしそうな香りがする」

 「今、起こそうと思っていたところだよ」。河野はだいぶ前に起きていたようだ。

 大神は昨夜も仕事が片付かず、自宅に戻ったのが午前2時を回っていた。 そのまま、シャワーだけ浴びてベッドに潜り込み眠ってしまった。リビングのソファーに毛布をかぶっていびきをかいている河野を見たが、熟睡しているようだったので声をかけなかった。


 着替えてからリビングのテーブルに座ると、淹れたてのコーヒーが大神の目の前に置かれた。「サンキュー。助かるわ」と大神。

 「どういたしまして。事件の連続で疲れているんじゃないか。4月以降休んでいないだろう。今の時代では考えられない。少しは休まないと」

 「そうだね。また温泉旅行でも行こうか」と言いながら、大神はテレビのスイッチを入れた。朝の連続ドラマが流れた。


 「『トップ・スター社』の伊藤社長のことをスター社の役員に聞いてみたけど、仕事面でも交友関係でも『敵』が多すぎて、容疑者を絞れないと言っていた。警察の事情聴取が続いて会社は仕事にならないらしい」

 「そうなんだ。伊藤社長は派手な生活をしていたからね」


 「そういえば、社会評論家の岩城幸喜って、由希が取材していた人だよな。夜半に新宿の歌舞伎町で刺されて殺されたらしいな」。河野がさらっと言った。


 「ええっー」。大神はコーヒーを飲もうとした瞬間だった。あまりに驚いたので、カップを持つ手が揺れて、なみなみと注がれていたコーヒーが机と床にこぼれた。

 「ほ、ほんとなの? どこの情報?」

 「早朝のテレビニュースでやっていた。ネットにもすでにでているよ。実は俺もさっき新聞のネットニュースを焼き直して、うちのニュースサイトにアップしたところだ」

 

 「なんで起こしてくれなかったの?」

 「いや、ぐっすり眠っていたし。疲れているようだから、起こしたらまた怒られるかなと思って」

 「なに言っているのよ。つまらないことで起こされたら怒るけど、これってとびっきりの重大事じゃない。報道に携わっているのに、何でわからないの? 信じられない、もう」


 「信じられない」を繰り返しながら、大神は電話でタクシーを呼んだ後、会社の社会部に電話した。泊まり班の1人から、社会部に入っている事件の情報を聞いた後、歌舞伎町の現場に向かうことを伝えた。すでに警視庁の捜査一課担当と新宿署を担当する若手記者が現場で取材にあたっているという。


 「卵焼きは? 渾身の出来だぜ」。どぎまぎしながら河野は言った。

 「卵焼きの前に一報入れてよね」と言い、そのまま洗面台に行き、軽い化粧をして玄関で靴を履こうとした。思い直してキッチンに戻り、立ったまま、卵焼きを口に持っていき、コーヒーで流し込んだ。

 「うん、卵焼きはよく出来ているね」。そう言うと、親指を立ててOKのサインを送った。「出る時は火の用心、しっかりやってよ。『スピード社』の方は行かなくていいの?」。そう言いながら返事も聞かずに、玄関から飛び出した。


 歌舞伎町に向かうタクシーの中で、ネットニュースを確認した。「社会評論家刺殺される。けんかか?」というタイトルを目にし、すぐにクリックして、本文を読んだ。


【トップ・チャンネル】

 5月12日午前零時15分、新宿・歌舞伎町の裏通りで、男ら数人によるけんかがあり、うち1人がナイフのようなもので刺され、病院に運ばれたが間もなく出血多量で死んだ。男性は社会評論家の岩城幸喜さん、64歳。

 労働組合運動が盛んな時期に、その先頭に立って活動し、以後、原発反対運動に熱心に取り組んだ。現在は社会評論家として、労働問題のほか、防衛、原発、貧困、環境などさまざまな社会問題に鋭い視点で評論活動を行っていた。


 間違いない。殺されたのは、大神が20日前に取材した岩城幸喜だった。


(次回は、ニセ警官現れる)




お読みいただきありがとうございました。

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