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変な魔法使い、異世界に行く  作者: 八艘宗八
第3章 最優秀ギルドアワー編
96/116

16-B サスペンスは宿屋の中で

 部屋の真ん中、うつ伏せで倒れている男。

 口から赤い液体を溢しながら、ピクリとも動かない。目元は男自身の長髪で隠れて見えないが、白目を剥いていると容易に想像出来る。


「し、死んでる……」


 見ず知らずの人物だが、泊まっている宿で死体が出た事に驚き、同時に呼吸が荒くなる。


 刺し傷や殴打痕が見られない。何かを摂取した跡が見られるので、毒の類の何かを摂取したのだろうか。


「さ、殺人事件?」


 私が死体を前に動けないのとは正反対に、もう一人の第一発見者ストーナは、ズカズカ部屋に入り死体の胸元に耳を当てた。


 ウルメラの街の治安を預かる騎士団長として、こういう事態にも慣れているのだろう。


「落ち着けェ、クラリム……コイツはァ」

「何? どうしたの? 犯人の手掛かりでもあった?」


 ストーナは男の口元に付いていた赤い液体を指先に付けると、匂いを嗅ぎ、舐めた。


「……これはトマトだ。コイツ、トマト吹き出しながら倒れてやがらァ」

「へ?」


 まさかと思い、恐る恐る倒れている男に近づき、赤い液体に鼻を近づける。


 少し熟した酸っぱい香りが鼻腔を刺激する。

 トマトだ。ストーナみたいに得体の知れない物を舐める気はしないので、確信は持てないが言われてみれば、そういう匂いと思える。


「ホントだ……こっちは血じゃないのかよ」


 つい先日、古びた小屋で逆のパターンがあったなと微かに思い出しながら呟く。


「食べ物……ください」


 すると、男の口が急に動き出し、しゃがれた音と共に空腹が訴えが聞こえてきた。



 私たちの部屋に食べるものが無かったので、物音を不安がっていた宿の主人に事情を話し、食事を分けて貰った。


 スプーンで掬ったスープを長髪の男の口元へと運ぶと、男はバッと体を起こし飢えた獣のように私の手から椀を引ったくり飲み干した。


「ふぅぅぅ、生き返りました。お二人とも、ありがとうございます。危うく死ぬ所でした」

「人騒がせなって思ったけど、餓死寸前だったんだ。後で宿の店主にお礼言っときなさいよ。最初に気づいたの、あのヒトだから」

「えぇ、もちろん。ただ実際に助けてくれた、あなた方にはそれ以上の感謝を」


 丁寧な仕草で頭を下げる長髪の男。

 まぁ、私としても、最近ドタバタして、慈悲の女神として慈悲を配れて無かったから、丁度良かった。偶にはこういう事をしないと自分が慈悲の女神だと言う事を忘れてしまいそう。


「僕の名はロミオ。どうぞよろしく」

「見たところ、金に困っていたって訳じゃねェんだろ? なんでメシをちゃんと食わなかったんだァ?」


 ストーナは机に置いてある膨れた財布をチラ見しながら、そう問いかけた。


「実は僕、トマトが嫌いなんです。味、匂いはもちろん、ぐにゅっとしたあの歯応えや噛めば噛む程、味が口の中に広がり続けるというのが本当に嫌いなんです」


 急なカミングアウト。

 ストーナの疑問の答えになっていないが、それよりも、


「矛盾してない? トマトが嫌いだったらトマトなんか食べないでしょ」


 さっき、この男の口元に付いていたのはトマトで、それは誰かに食べさせられたのではなく、自分から食したようだった。


「好き嫌いをね、克服しようと思ったんです。餓死寸前まで体を追いやって、ギリギリの所でトマトを食べる。そうすれば、どんなに嫌いなものでも、美味しく食べれるでしょう?」

「……力技ね」

「まぁ、失敗したんですけどね。どうやら僕は餓死寸前になっても、トマトを吐いちゃうくらい、トマトが嫌いなようです」


 長髪の男は部屋の隅にある大きな木箱に沢山入っているトマトを見ながら、悲しげに答えた。


「はぁ、これくらい出来ると思ってたのに……これじゃあ僕は、あのヒトの元にいる時と何も変わらない」


 思ったよりも単純な話だった。

 好き嫌いを治す。凄く良い事だけど、もうちょっと子どもの頃にやったら良かったのにと思ってしまう。私は生まれた時から神だから、偏食の塊だけど。


 大の大人が何をしてるんだと思いつつ、折角知り合ったので、私は私自身の問題を解決することにした。


「ねぇ、貴方、超強かったりしない?」

「はい? それはいったい何の話ですか」


 かくかくしかじか。

 如何に私が困っているかを強調して今までの経緯を話した。命の恩人というアドバンテージがある以上、この男がある程度腕が立つなら、闘技試合に参加させられる。

 好き嫌いの克服で死にかけるような人物なので、あまり期待は出来ないが。


「ははー、それは大変ですね。『黄金の誓い』とですか。それは、相手が悪いと言わざるを得ませんね」


 長髪の男は、可哀想にと言わんばかりに私の肩に手を置いた。


「魔王軍四天王ジャッカルを倒した『天珠』フルムヘン。かの大殺戮から生き残り、その幸運と武勇を元に富を築いた『元ベラエランデ騎士団』ロットン。どんな病も完全に治癒することが出来る『聖女一等星』アリステラ。今となっては絶滅危惧種の魔法使いにして天候を操る『雷』シャーロット……どの人物も最強の肩書きに相応しい腕前の持ち主なのです。無名の冒険者が敵う相手じゃありません」


 私は私で知らない所で四天王負けてるのかよ。と心の中で突っ込む。

 先程の戦闘を思い出したのか、ロットンの名前を聞き、ピクリと耳を動かすストーナ。


「フルムヘンとロットンには会ったわ。ロットン……あの全身鎧の奴って普段から他人に喧嘩を吹っ掛けるような奴なの?」


 なんか『黄金の誓い』に詳しそうなので、ついでに尋ねると、長髪の男は髪で隠れていない左目を大きく見開いた。


「……ロットンが喧嘩?」

「えぇ、そこのストーナを挑発して決闘を」


 顔を背けるストーナ。


「まさか! ロットンは、到底元騎士とは思えない卑劣で卑怯でゲスい男ですよ。荒事は基本金で解決し、いざ冒険に出てもよっぽどの時以外は本気を出さない。そんな彼が真正面からの決闘なんてするわけないです」


 酷い言いよう。

 私の第一印象的には、もっとプライドを重んじる硬い人物だと思っていたが、正反対だ。あれか、戦闘中は性格が変わるとかなんだろうか。全身鎧で顔も見えてないので、なんとも人物像がハッキリしない。


「えらく詳しいのね。『黄金の誓い』のファンなの?」


 ギルド最強パーティらしいので、街でも有名なのだろうが、長髪の男が饒舌に語っていたのでちょっと気になった。


 もしそうなら、武闘試合で私の手助けはしてくれないだろうし。


「そうじゃなんですけど、つい最近まで所属してましたから、ある程度見知っているだけです」

「ふーん、それなら詳しくて当然ね……え?」


 流そうとした会話に入っていたワードに脳がつっかえる。


「所属していた? 『黄金の誓い』に?」

「えぇ、一応『万能』という二つ名で斥候を……」


 その答えで色々なパーツが組み合わさり始める。


 あの無精髭のスカウトマン、オッキーがウルメラの街で斥候を探していた事。それは、最優秀ギルドアワーを獲得する為で、パーティ『黄金の誓い』を辞めた人物の穴を埋める為。


「おまえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ここ数日のワチャワチャの元凶が発見された。

 この男が『黄金の誓い』を抜けなければ、私が冒険者にスカウトされたり、武闘試合も起こらなかったのだ。


「どうどうどう、落ち着けクラリムゥ」


 思わず掴み掛かりそうになったが、襟首をストーナに引っ張られ元の位置に戻される。

 長髪の男は少し驚いていたが、さっき私がした話と今の行動から意図を察したようだった。


「どうして辞めたの?」


 長髪の男は悪く無いのだろうが、火の元であることは違いない。

 どうしても聞かねばいけない気がした。


「とあるダンジョンの奥底で見つけた、『怪血王』の遺児。その取り扱いについて揉めたんです」

「そのモンスターは箱の中に封印されていたので、危険は無かったのですが、万が一を考え、その場で討伐した方が良いと私は進言したのですが……最終的に、その手の嗜好家に売るというこ事になりました」

「それで袂を分かつことになったのです。最優秀ギルドアワーを獲得するという目標がある以上、わだかまりを解消せずに行動を共にする訳にはいきませんから」


 遠い過去を見つめるように語る長髪の男。

 不穏なワードが耳に入り、それについて尋ねようとした瞬間だった。


「ふーん、そうだったのねぇ〜。てっきりワタシに使われるのが嫌で逃げ出したんだと思ってたわ」


 長髪の男の部屋の入り口から声が掛かった。

 そこにいたのは、金の長髪を波が打ったように跳ねさせた女性。


 白い修道服を見に纏っている、その女性は一歩二歩と部屋に入ってくる。

 それを見ていた長髪の男は咎めることもなく、カタカタと震え始めた。


「アリステラ様、どうしてこちらに」

「ロミオ、アナタに用は無いわ。そもそもアナタがこんな宿に泊まってるなんて知らなかったもの。用があるのはそっち」


 うねった金髪の女性は私を指差す。


「私の名はアリステラ。これからアナタのご主人様になる女よ」


 次から次へと面倒毎が押し寄せてくる。

 あぁ、頭を悩ますとはこういうことか。

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