15-F 『黄金の誓い』
「そう悩む事は無い。勝てばいいだけの話だ」
ギルドマスターとの交渉が終わり、部屋を出て最初にリンドーはそう言った。
私から降り注がれる不安を払拭するように、自信満々とは違うが、確かな未来を掴むように静かな応えだった。
それならばと、私が何か策でもあるのかと聞けば、
「これから考える」
ときた。
終わっている。火に群がる虫のように、この男は魔導書という『魔法』と『本』が組み合わさった趣味の一品の為に、金に誘き寄せられたのだ。
そして、その火に最初に落ちるのは私。
武闘試合に負ければ、私の身柄はこのギルドに引き渡される。
痛い目に遭わず、ここでの生活をグダグダ平穏に過ごしたい私にとって、知らない土地での冒険者稼業など、やりたくないことの五本指に入る。
自分の身を守る為にも、私が人肌脱がないといけないかと思いながら、ギルドに併設されている酒場に、ミークとストーナを迎えに立ち寄った。
「あれ? ストーナは?」
山のように重なった食器の前にいたのは、ミークだけで、座っているだけでも目立つ格好のストーナの姿は影も形もなかった。
「喧嘩売ってたから、買いに行った」
「なによそれ……そんな変なもん買うな買うな」
ストーナは根っからの戦闘マニアではないが、事務仕事でストレスが溜まっているとなると、そういう『遊び』に参加したがるのも、不思議じゃない。
「もう、仕方ないわね。私も何か食べて待ってよっかな〜」
と、色々な悩みを脇に置いて、酒場のメニューに目を落としたのだが、
「ストーナはどっちへ行った」
「あっち」
「分かった」
何かを察したようにリンドーは、そそくさとミークの指先の方角へと歩みを進めた。
「わたしも、行く」
「えっ、ちょ……もう!」
何が何やら。
メニューを片付け、二人の後を追った。
◇
ミークが案内したのはギルドに併設されている訓練場だった。
剣、槍、斧、弓等様々な武器が立てかけられ、モンスターと思しき藁人形が並んでいた。まだ武器の扱いに慣れていない冒険者見習いが、教官と思しき人物に手解きを受けている様子が見られた。
そして、その奥。実践スペースらしき何も置いていない場所に、二人の人物が。
一人は銀の全身鎧に身を包んだ人物。
手には金色に輝く直剣、兜で顔は見えないが背筋がピンと張っている事から、礼儀を重じる騎士のように見えた。
その全身鎧の人物の握られた剣は、地べたに倒れている人物に向けられていた。
倒れていたのは、荒々しい金髪ポニーテールの女性で、見知った顔が苦悶の表情で息を上げていた。
「ストーナ!!」
声を上げ、リンドーの後に続きストーナを介抱する為、駆け寄ろうとするが、
「来るんじゃねェ!!」
ストーナの怒鳴り声と、獲物を取られた野獣のような瞳が私に突き刺さる。
「いったい何が……」
普段から粗暴な口ぶりだが、いつもにも増して荒々しい。
鬼気迫る尋常ならざる雰囲気を作り出したのは、まず間違いなく、そこに立っている全身鎧の人物だが、背景が見えてこない。
「いやね。鎧の彼が喧嘩を売り、それを金髪の彼女が買ったという簡単な話ですよ」
私の疑問に答えたのは、リンドーでもミークでも無かった。
「鎧の彼、ロットンと言うのですが、最近ずっと変な調子だったんですが、今日も金髪の彼女をギルドで見かけるなり、いきなり『ヴァルデエランデの落ちこぼれが、こんなところで何をしている。己が騎士団を捨て、父のように幻想に走ったのか』とか言い始めて……何か因縁でもあるのですかね?」
声真似も交えて詳細に語ってくれたのは、中性的な顔立ちの人物。
見習い冒険者のように、金の掛かっていなさそうで動きやすそうな身軽な格好。この服装では少年か少女かは分からないが、何方にせよ、その頭に美の一文字が付くほど整った顔だった。
「貴方、何?」
「あっ、すみません。自己紹介がまだでしたね。ボクはフルムヘン。『黄金の誓い』というパーティを組んで活動している冒険者で、そこのロットンと、あと三人……いえ、あと二人の四人組なんです」
ボクという一人称なら、少年だろうか。
右手を左胸に当て、丁寧なお辞儀をする美少年。
その腰には全身鎧の人物と同じ装飾の黄金の剣があり、言っている事が嘘ではない事が分かる。
『黄金の誓い』、その名前には聞き覚えがある。確かこのギルドで最強のパーティで、私が移籍した場合加入する予定のパーティ。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
ミークは喧嘩をショッピングのように買いに行ったと言っていたが、真相としては侮蔑の言葉を受けたストーナが喧嘩を買わざるを得なかった。
だが、その喧嘩の結果は……
「仮にも『王の盾』と持て囃された名門の一族といえども、この程度か」
「まだ、だ……まだ、負けちゃあいねェ」
ストーナは体に切り傷を付け、足は痛々しく腫れ上がり、剣を杖代わりに立ちあがろうとしている。
それに対し、全身鎧の人物は疲弊の色は見られない。
つまりは、ストーナの一方的な敗北。
「愚かな。勝負は付いたと言うのに見苦しい。いっそのこと……なんだ貴様は」
全身鎧の人物が剣を痛みからか立ち上がる事の出来ないストーナ首元へと振り下ろそうとした瞬間、一人の男が二人の間に割って入った。
「リン、ドー」
濃紺のローブの男、リンドーは全身鎧の人物の剣を意にも返さず、倒れ込むストーナへと視線を落とす。
「勝ち負けを決するのはまだ早い。ストーナにはまだ戦う術がある」
リンドーはそう言いながら右手を構え、ストーナへと向ける。
それは、倒れたストーナを起き上がらせようとしたものではなく、きっと。
「リンドー! テメェ、あの魔法の事を言ってやがんのか?」
「決めるのは、ストーナ自身だ。何方でも構わない……ただ、どうせ負けるならば、出せる手を全て出し尽くして負けた方がスッキリするだろう」
「勝手に負けるって決めつけてんじゃねェよォ。ッチ、仕方ねェ。リンドー! 力を貸せ!」
「いいだろう。終わった星の下、嗤う破壊者はもういない。忘れ物は無くとも、幼き日の切望は去る。ならば永遠に続く夢の続きを見せよう。トロマ・イポスブリオス。現出せよ。『最強騎士物語』」
ストーナの背に手を当てたリンドーは、詠唱と共に腕を引き抜いた。
何度と見た衝撃波が吹き荒れると、リンドーの手に一冊の本が現れ、パラパラと開く。
「『第四章、冥王』」
その言葉と共に、今度はストーナの体を包み込むように黒い糸が現れ、一瞬で、ストーナを覆った。
黒い繭はリンドーが訓練場の中心から離れたと同時に、中から一体の妖精を出現させた。
ストーナはまるで空を飛ぶように、蝶のような翅をはためかせ、縦横無尽に訓練場を駆ける。
その速度を活かし、どこから攻撃が来るのかを悟らせない。そんな意図が見られる動きだった。
「ほう、珍しい。魔法で能力を底上げしたか……腕部や脚部といった肉体的な向上による俊敏性に、魔力を活かした擬似的な浮遊能力まであるか」
一直線の煌めきが、全身鎧へと放たれる。
「『冥王瞬星』!!」
「だが」
キィィィン。
ストーナの薔薇飾りのレイピアと、全身鎧の人物の重厚な剣が交差する。
全身鎧の僅かな隙間を狙った一撃は簡単に防がれ、そのまま剣ごとストーナは地面へと叩きつけられた。
「ガハッ」
打ち付けられた衝撃は、体を守る機能が無さそうな妖精の服を貫通し、直にストーナへと響く。
「貴様、この力まともに使ってはいないな」
ストーナは口から血を吐き、目の前に向けられた剣を見、そのまま顔を上に動かす。
「他者による力とはいえ、その力を認めず遠ざけ、窮地に陥るまで頼ろうともしない。そんな作らされた強さなどに負ける道理はない」
全身鎧の人物は剣を鞘に戻し、身を翻す。
「ま、待ち……やが…………れ」
「ストーナ!!」
誰も近づくなと言わんばかりの雰囲気が立ち消え、ようやくストーナの元へと駆け体を起こす。ストーナの言葉とは裏腹に、もうその体には力が残っていないように思えた。
「えー、ロットンさん、このまま放置するんですかー? ギルドのメンバーでもないヒトと喧嘩したなんてギルドマスターにバレたら大目玉ですよー」
美少年は行動を諌めるように軽口を叩くが、全身鎧の人物は一切意に介さず、訓練場の外へと歩みを進める。
美少年はヤレヤレと体を竦め、後を追おうと歩き始めたが、最後に一度こちらに向き返った。
「あっ、そうそう。もう既にお聞きだと思いますが、我々『黄金の誓い』一同、例の武闘試合に参加しますので、当日はよろしくお願いします。それでは……ロットンさん、待ってくださいー」
訓練場に静けさが訪れ、私は冷静に状況を分析する。
「今からでも、じゃんけん5回勝負にしない? ……うん、しないよね。そう、よね」
ギルド『試練に抗う者共』が誇る最強パーティ『黄金の光』の実力を目の当たりにし、一筋の光さえ無い武闘試合に、暗雲がより一層立ち込むのだった。




