15-D ベーベーガーヤの街にて
ルクメリア永世王国の一都市、ベーベーガーヤ。
いつも人で賑わっているウルメラの街と比べても劣らない広さと人口。かつてルクメリアを治めた、とある王が首都にしたという伝統ある街。
そして、この街にあるのが、ギルド『試練に抗う者共』。無精髭の男、スカウトマン・オッキーが所属しており、私クラリムが1億マニエで引き渡される予定のギルド。
先日の接待の後、先にギルドマスターと相談すると言って帰った無精髭の男から手紙が届き、私とリンドーは、ウルメラの街から馬車で数日掛けて、この街を訪れていた。
ただ、馬車に乗ったのは私達だけではなく、
「やっぱ、なんつっても、ベーベーガーヤの見どころといやァ、この闘技場だわなァ」
「おっきい」
「なんでも、ルクメリアどころか世界でも五本の指に入るくらい大きな建物らしいぜェ」
「食べたら、お腹いっぱいになりそう」
「……流石に、こんなの食ったら腹千切れるんじゃねェか」
そう言いながら、天界ドーム何個分と言いたくなるような、丸い大きな建物を眺めている、大と小の二人組。
片や黒を基調としたパンクな服に重そうな大剣を背負う荒々しい金髪ポニーテールの女。片や宝箱をランドセルのように背負った短い白髪の少女。
「ガッツリ観光じゃん」
ストーナとミークは、近くの屋台で買った綿飴を片手に観光を楽しんでいた。
「ちょっと貴方達! 私が他のギルドに連れられていかれそうになって、引き留める為に付いてきたんじゃないの?」
「「違う」がァ」
「おーい、じゃあなんで着いてきたのー。ミークはともかく、ストーナ、貴方、騎士団長でしょ! ウルメラを放り出して着いて来ていいの?」
「騎士団長だろうが、休みは休み。どう使おうがアタシの勝手だろうがァ。それに前からずっと、ベーベーガーヤに来てみたかったんだよォ。あー、一度でいいから、この闘技場で戦ってみてェなァ」
「あ、そ……闘技場見て、その感想が出てくる事に突っ込んだ方がいいのかしら。それとも、騎士団長! って突っ込むべきなのかしら……で、ミークは? どうして」
「クラリムと、さよならだから」
「さよなら?」
「うん。クラリム、出て行っちゃう。だから、最後の、思い出作り」
小さなクリっとした瞳から悲しげな視線が私の胸を刺す。
何を言ってんだと思いつつも、思わず、ミークを抱き締める。
「……ミークぅぅ、そんな寂しい事言わないで! 大丈夫、大丈夫だから!」
どうせ、リンドーから穿った解釈の説明をされたのだろう。私が今の活動していないギルドに嫌気が差し、金に目が眩んで移籍するようになったとか。
だが、私は移籍する気など毛頭ないし。契約も進めさせる気もない。
そう、今回のベーベーガーヤ訪問は、諸悪の元凶であるリンドーの商談を妨害し、私の契約を、うやむやにするという目的があるのだ。
てっきりそれを知って手助けしてくれるものかと思っていたが、二人は普通に旅を楽しみに来たようだ。
……それも一旦許そう。全て上手くいけば、普通に楽しい旅だったで終わるのだから。
とはいえ、そもそもだ。
「神を一億で売るな! いえ、神であろうとヒトであろうと、売るな! 金に目を眩ますな!」
私達と少し離れた所で、街の歴史が書かれたガイドブックを読み込んでいる濃紺ローブの男に詰め寄る。
「今度開かれるオークションで、ヘンゲリーアンダーソン作の魔導書が販売される」
リンドーは剣幕を込めた私を一瞥すると、再度本に視線を戻しながら、そう呟いた。
「はい? ……それが、なに」
「相場は5千万だが、資金は多いに越した事はない」
「おうおうおう、まさか、そんな理由で神を売ろうとしてるのかー! アンタって奴は!」
「……まさか、知らなかったのか?」
「知らないわよ!! そんな話、常識っぽく言われても困るって」
どうやら、リンドーが無精髭の男の要求を突っぱねていたのは、そのオークションで1億という軍資金を用意したかったからのようだ。
エージェント契約がどうこう言っていたのも、きっと、この為。
「嫌なのか?」
「えっ、嫌に決まっているけど? なんで神である私が知らない土地で一冒険者として働かないといけないのよ」
「そうか……あんな悪どい条件が書かれた契約書にサインをしようとするぐらいだから、移籍自体乗り気だと思っていたが勘違いだったようだな。悪かった。もし、クラリムが望むのなら、あの契約書の条件で再度交渉しても良いが……」
「へ?」
契約書って、あの無精髭の男の口車に乗せられた時に出て来た紙の事だろうけど。何が書いてあったかまでは覚えていない。というか、読んでない。
「無論、契約書を読んだ上でサインしようとしたんだろうな?」
「も、も、も、もちろん、ちゃんと読んだ上でサインしたわよ。でも、今になって、やっぱり、契約したくないなーって思っただけよ!」
一瞬不穏な方向に進みかけたので、無理矢理話を戻す。何の条件が書かれていたとしても、移籍したくないという意思表示をすればいいのだ。
私の心の声を読み取ったのか、リンドーは小さく息を吐くと、本を閉じ、私に向き合った。
「安心しろ。仮に移籍話が纏まったとしても、契約後最優秀ギルドアワーを勝ち抜ける人材を探し出し、クラリムとのトレードを画策するつもりだ。クラリムのポンコツ具合を上手くアピールすれば容易だろう」
「……めちゃくちゃ言ってる。まるで、不良品を良く見せて売る詐欺師みたいね……いや、誰が不良品よ!」
思わず自分で突っ込んでしまった。
割と悪どい事をしているなと思ったが、街に入る為の戸籍の為だけに初対面のストーナに求婚したりしたくらいだから、いつも通りっちゃいつも通りか。
ただ、こうまでして1億に執着しているのは、リンドーの趣味である『魔法』の『本』に対する熱意の表れなのだろう。
好きと好きが重なると、人間って何やらかすか分からないな。
普通に今の生活から離れるのは嫌だし、妨害しようと思っていたけど、ちゃんと先の事をリンドーが考えているなら、一旦様子見るか。




