15-C 続・接待される魔法使い
「で、次は何すんの?」
一回の失敗程度では諦めないと言わんばかりに、無精髭のスカウトマンに連れて来られたのは、街の外。青空の下に広がる、思わず駆け出したくなるような広々とした草原だった。
建物もなく、人もおらず、草原には私たち三人しかいない。街からも近いからか、人を襲うようなモンスターは掃討されており、小動物が歩いているくらい。
こんな草原で、いったいどんな接待をしようというのか。
「ふっふっふ。さっきは少し想定外になってしまいましたーが、何も豪華絢爛だけが、ヒトを喜ばせるものではないのでーす。どうやらミスター・リンドーは重度の本の虫と見ましーた。そういう人物程、ぴったりな持て成しがありまーす。きっと、満足して頂けるでしょーう」
そう言いながら無精髭の男が取り出したのは、一本の棒と球。
そのままリンドーが手に持っていた本を取り上げ、私に渡すと、リンドーには棒を手渡した。
「今からミスター・リンドーにやっていただくのは、ワターシが投げるボールを、その棒で打ち返すという遊びでーす。ボールを上手く打ち返す事が出来れば、きっと最大限の爽快感を得る事が出来るでしょーう」
無精髭の男は、私たちから少し離れながら説明をしてきた。
「野球じゃん」
なんの変哲も無い、有名なスポーツ。詳しい訳ではないが、ボールをバットで打つという事くらいは知っている。
ただ、なんだろう、これ接待……?
「ワターシの投球技術は一級品。一度でも、打者のスイングを見れば、丁度良いタイミングにボールを投げ、気持ちの良いバッティングをさせる事が出来まーす」
すっごく満面の笑みで無精髭の男は語っているが、これでいいのだろうか。
接待感が無いし、今からでも野球からゴルフに変えた方がいいと思う。
まぁ、ゴルフのルールも知らないけど。
「ルールは把握した。いいだろう」
リンドーは棒を持って、無精髭の男に対面する。
構えは普通、意外と乗り気なのだろうか。
「行きまーすよ、ミスター・リンドー。楽しく振っちゃってくださーい」
無精髭の男は振りかぶりから、小さな子どもでも当てれそうなくらい遅いボールが放った。
ボールは山なりの放物線を描くとボールを待つリンドーの元へと辿り着き。
コツン。
と、心地の良い音が鳴り響き、コロコロとボールが転がる。
「ん? ミスター・リンドー、もう一球行きますよ」
「あぁ、来い」
少し困惑が私と無精髭の男を包み込んだが、無精髭の男は再度気を取り直して、ボールを同じように放った。
リンドーは縦に構えた棒を横に倒すと、山なりのボールに押すように当てた。
「……バントしてる」
リンドーは棒を振るのではなく、横に構え絶妙な転がしぐあいで無精髭の男の足元へと返していた。
「ミスター・リンドー! バットを縦に構えて思い切り振ってくださーい!」
「断る」
そう言うと、打つ素振りすら止め、棒を横に構え、ジッとボールが来るのを待つ。
「来い」
「なんか……楽しんでない?」
いつもの通り表情筋は強張ってるし、声色も明るく無いが、心無しかウキウキしている気がする。
「ダメでーす! キチンとバットを構えて、思い切り振った方がもっと楽しいはずでーす」
「違いまーす。棒は立てて、体重を乗せて、思い切りスイング!」
「振って! 振って! 振って! ……ふって、くださーい」
リンドーを自分の思い通りに楽しませないと納得がいかないのか、無精髭の男はアレコレと手を尽くしたが、その後、何度投げてもリンドーが振りかぶる事なかった。
「……接待なんだから、リンドーの好きな事をさせてあげたらいいのに」
無精髭の男の野球に対する謎のプライドがあり、接待は失敗した。
◇
その後も、無精髭の男は持ちうる接待術を駆使してリンドーを説得しようとしたが、何一つ成果を上げられずにいた。
最初に会った時に、早く帰らないと行けないみたいな事を言っていたが、こんなに時間を掛けている所を見ると、方便だったのだろう。
「で、最後がババ抜きと」
一日を使い潰して、深夜。
トランプを手に三人でテーブルを囲んでいた。
接待とは何ぞや、という感じなのだが、無精髭の男は至って大真面目なので何も言えない。
とりあえず、リンドーに清々しく勝ってもらいたいという事なのだろうか。
「これまた露骨な」
三人共、トランプの残り手札は少なく、無精髭の男は一枚のカードを手札から突き出している。
恐らくアレがババで、無精髭の男の心情を察するに、リンドーに引かせないよう警告をしているのだろう。
「そんな見え見えの手に乗る気はない」
そう言いながら、リンドーは手札から突き出しているカードを、引き抜いた。
「……」
「なんで引いてんの! どこをどう見ても、ババに決まってるじゃない!」
「……俺はババなど引いてないが?」
「いや、もうこんなに手札ないのに、捨ててないって事はババじゃん! なに見栄張ってるのよ」
「もしそうだとすれば、オルツキーは俺の推測を上回る配置をしただけだ。よく練られた策だと褒めるべきだろう」
「そのヒト、そんな風には考えてないと思うわよ」
そして数巡後。
「のーお……」
「まさか接待側のヒトが一抜けするなんてね」
すっからかんになった手で頭を抱える無精髭の男。
負ける気でやったババ抜きで一抜けすることあるんだ。
ということで、私とリンドーの一騎打ち。
これは私が代わりに接待して、リンドーに上がらせた方がいいのだろうか。
……いや、勝つ。
ババ抜きだろうとなんだろうと、リンドーを真正面から倒せる機会を逃すわけにはいかない。
勝って、煽りまくってやる! 今までの不満を解消してや
「こっちだ」
「グハッ……どうして、分かったの?」
「顔に描いてある」
二人だけになって、一瞬で終わった。
ババの押し付け合いなんてなく、私の敗北となった。
夜も遅いのでトランプを片付け、解散しようと私とリンドーは立ち上がったが、一人その場で固まる者が。
「ミスター・リンドー。移籍金をどうにか安くしては頂けないでしょーか? 4000万……いえ、5000万用意しまーす。それで、どうか……」
「断る。移籍金は1億だ。1マニエ足りとも負ける気はない」
凄いな、この男。
押し付けの接待とはいえ、ここまで色々して貰って一切安くしないなんて、頑固というか感情がないというか。
「そう、でーすか。どうやら交渉は、ここまでのようでーすね」
朝にあった元気は消え失せ、虚な瞳を浮かべながら無精髭の男は立ち上がった。
ペコリとお辞儀をし、そのままフラフラと外へ歩みだした。
が。
「待て。ここまで時間を掛けてクラリムに執着いている所を考えるに、他に当てがないのだろう。このまま帰って良いのか?」
リンドーの言葉にピタッと止まる無精髭の男。
「……だとすれば。どうと言うのでーすか? 移籍金を安くする気はないのでしょーう?」
「あぁ」
堂々巡り。
法外な金額を吹っ掛ける男と、金を用意出来ない男。
リンドーが折れるしかないのに、それもする気はないようだ。なのに、なんで引き留めたのだろう。
「1億だ。1億さえあれば、お前のスカウトマンとしての経歴に傷が付く事はなく、クラリムにも充分な金銭を得る事が出来る。用意さえすれば、誰も不幸にはならない」
これ、裏を返せば、1億じゃなかったら、移籍される私自身の報酬が充分じゃないって事よね。私とリンドーのエージェント契約どうなってるんだろう。
契約した記憶もないけど、詐欺紛いの契約書になってそう。
「しかーし、ワターシに与えられている権限では、1億なんて大金を約束することは出来ませーん。ギルドマスターに相談しなくては……」
そりゃそうだ。
リンドーはさっきから簡単に要求しているが、そんな大金、一人の裁量でどうこう出来る額じゃない。
だから、無精髭の男は、困っていると言うのに。
「それならば、行けばいいだけの話だ」
静けさを破ったのはリンドーの呟き。
「え、どこに?」
「無論、ギルド『試練に抗う者共』にだ」
私も無精髭の男も、キョトンとした顔でリンドーを見つめる。
「そのギルドマスターに直談判し、1億を勝ち取りに行く」
リンドーは清々しい顔で、簡単な問題を解くように、軽やかに宣言した。
終始意味不明なまま。そもそも、私は移籍する気は無くなっていると言うのに。




