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変な魔法使い、異世界に行く  作者: 八艘宗八
第3章 最優秀ギルドアワー編
89/116

15-A スカウトマン、オッキー

「月の光に照らされながーら、ヒトに扮したモンスターを、暗闇に紛れて瞬殺する。そう、それはまるーで名うての暗殺者。グレイトでファビュラスな、その腕にワターシは見惚れてしまったのでーす」


 まるで吟遊詩人のように、高らかに声を上げ、歌うように賛美を並べているのは、一人の男。

 羊羹のように整えられた髪とは反対に、髭は無精髭。髪型をセットしている時間に髭も剃って欲しいと僅かに思う、そんな見た目。


「いや、誰」


 クラリムの屋敷、客間にて。

 昼寝場所を探して家の中を放浪し始めた私、慈悲の女神クラリムは、虚空相手に一人で語っている名も知らぬ無精髭の男と遭遇した。


「ワターシの名はオルツキー=ベルベンシカ。お気軽にオッキーとお呼びくださーい……」

「リンドー、なんか不審者がいるんだけどー」


 私は男が自己紹介を始めたと同時に、同居人に助けを求める為、部屋を出た。



「もう、お客さん来てるなら、ちゃんと共有してよね。びっくりするじゃない」

「共有しようにも、部屋にもリビングにもいないのならば、どうすることも出来ないだろう」

「それは……そうね。ん? でも私、客間に行く前は部屋に居たんだけど。本当に来た?」

「……」

「普通に嘘付くじゃない。普通にビックリなんですけど」


 立て続けのビックリはさておき、不審者には変人をぶつけようと思いリンドーを呼びに行ったのだが、どうやら、ちゃんと客人だったようだった。

 客人を一人で待たせていること自体、どうかと思ったが、なんでもリンドーは客人用の紅茶を淹れに退室していたらしい。


 二人で客間に戻り、机を挟んで無精髭の男に向かって座る。


「ふんふんふふふふふふん」


 客人用の紅茶を啜りながら、奇抜な鼻歌を奏でる無精髭の男。

 さっき不審者扱いしてしまった事を詫びようかと思ったが、やめた。


 なんとなく。

 別に鼻歌が鼻についたから、とかではない……うん。


「それで、貴方何しに来たの?」

「おーや、まだ言ってませんでしたかな? それでは改めまして、ワターシはこういうものです」

「ん? 何これ、名刺?」


 机の上に置かれたのは、一枚の長方形の小さな紙。

 書かれていたのは、先程名乗っていた名前と、肩書き。


「ルクメリア永世王国、アッシェラントの街にあるギルド、『試練に抗う者共グロリアス・トリックスター』からスカウトをしに参りまーした」

「スカウト? 誰を?」

「貴方でーす。ミス・クラリム」

「……何に?」

「もちろん、『試練に抗う者共グロリアス・トリックスター』の冒険者にでーす」


 ギラついた瞳が私を捉える。

 降って沸いたように現れたヒトに、よく分からない勧誘話に頭が混乱し始める。咄嗟に隣に座っているリンドーに視線を傾けるが、リンドーは我関せずとばかりに、どこからか取り出した本を読んでいた。


「昨晩。ワターシは、アナータの戦闘風景を目にしました。目にをも止まらぬ手刀、ヒトの気配に敏感なモンスターに察知されない隠密性。正に正に正に! アナータは、ワターシが追い求める人材だったのでーす。そう、そしてアナータこそ、『黄金の誓い』に相応しき最後のピースなのでーす」


 あぁ、私に擬態したスライムにリベンジした時か。

 ど深夜だったから、誰にも見られてないと思っていたけど、こんな見た目のインパクトが強い人物に見られているとは。


「ふぅん、貴方、良い目を持ってるじゃない。あの私の技を見切れるなんて、大したものよ」

「これでーも、一流のスカウトマンですから。これぐらいは」


 褒められるのは嬉しかったので、スライム限定の強さというのを隠し自慢げに胸を張る。

 無精髭の男も褒められて嬉しそうだ。


「でも、こう言っちゃなんだけど、私よりも強いのなんて、ゴロゴロ居るんじゃ無い? なんで私なの?」

「簡単な話でーす。ワターシが欲しているのは、単純な強さでは無いからでーす……そうでーすね。順を追って説明しましょーう」


 話が見えてこなかった私がキョトンとしているのを察したのか、無精髭の男はゆったりと語り出した。


「まず、最優秀ギルドアワーと言うものをご存知でーすかな?」

「ううん、知らない」

「最優秀ギルドアワーとは、全世界のギルドを対象とした一大イベントで、各ギルドから選抜されたパーティが運営により指定された難関ダンジョンを攻略し、最も被害が少なく最短で踏破出来た者に栄誉を与えるというものでーす」


「我々『試練に抗う者共グロリアス・トリックスター』は、来たる最優秀ギルドアワーの受賞を狙って日々活動しているのでーすが、その受賞に最も近いパーティ『黄金の誓い』に欠員が出てしまったのでーす」


「抜けてしまった彼は優秀な斥候でーした。ダンジョンに潜る上で斥候は必須。他のギルドメンバーから補充する事も考えましたーが、残念な事に、我がギルド最強のパーティである『黄金の誓い』に釣り合う人材などいなかったのでーす」


「そこでギルドマスターに優秀な斥候を助っ人としてスカウトするように、ワターシが派遣されたという事でーす。そして、見つけたのがアナータ。ミス・クラリムには、その隠密性、機敏な動きを活かし、『黄金の誓い』の斥候としてダンジョンで罠の解除やモンスターの索敵、及び他パーティの妨害を行って欲しいのでーす」


 喋り終わった無精髭の男は、机に置かれた紅茶に再度手を伸ばし、喉を潤した。


 長かったけど、要は大会に出場するメンバーの代打が私というワケか。


 よし………………………………………………………………断ろう。


 なんで私がダンジョンに潜って斥候をしないといけないのだ。私には平穏な日々を、ぐーたら、過ごすという責務があるのだ。危険に自ら飛び込むような事をする気はない。


「もちろーん、タダという訳ではありませーん」


 私が返事を返そうと口を開いた瞬間。

 無精髭の男は、そう言いながら銀色の箱を机の上に置いた。


「これは契約金でーす」


 男が箱を開くと、眩い輝きを放つ大量の金貨が姿を見せた。


「3000万マニエ分の金貨が入っていまーす」

「さ、さんぜんまん!」

「それだけではありませーん。我がギルドの一員となれば、この屋敷の倍の家を用意しまーす。執事にメイドも選り取り見取り、食事も超一流のシェフに作らせ、王族に勝るとも劣らない最高級の待遇を約束しまーす」


「ゴクリ」


 無精髭の男が提示した条件に、喉が勝手に鳴った。

 その条件は、私が、かつて恋焦がれた天国生活に似通ったものだったのだ。


 滞納している借金を利子を付けて返せる上に、日常の雑務からも解放される。


「そ、それって、その最優秀ギルドアワーってものを取ったら、辞めても良いの?」

「うーっむ、誠に残念な事ではありまーすが、そういう契約にする事も可能でーす。ワターシが責任を持って、ギルドマスターに掛け合う事を、お約束しまーす」

「少し考えさせて貰ってもいいかしら?」

「それは困りまーす。上司であるギルドマスターが定めた期限が迫ってましーて、今すぐーにも帰らないといけないのでーす」


「えっ、えっ、どうしよう」


 坂を転げるように、二転三転と動き始めた状況にアタフタと目が回る。


 私がどうしようかと考えていると、無精髭の男は残念そうに金貨が詰まった箱の蓋を閉じ始めた。

 それはタイムリミットという名の短剣を喉に突き付けられているようで、


「わかった、やるわ! 手伝ってあげる」


 気づけば、そんな言葉が喉から発せられていた。


「おおっ、本当ですーか!」

「じ、慈悲の女神として、困ったヒトに慈悲の手を差し伸べるのは当然だしね」

「それではこの契約書にサインをお願いしまーす」


 ニパァと顔を綻ばせた無精髭の男からペンを受け取り、契約書の文面も読まずに言われるがままペンを走らせようとすると、


「待て」


 パタンと本を閉じる音と共に凛とした声が部屋に響いた。

 私と無精髭の男は、その音に視線を動かす。


「クラリムは、今、別のギルドに所属している。他ギルドへの引き抜きとなれば、移籍金が発生するはずだ。まだ移籍金の話を聞いていないが?」


 リンドーが放ったのは、私への静止の言葉では無かった。


「ワット? 何の話ですーか? ワターシが事前に調べた情報では、ミス・クラリムの名前なんて名簿には載っていませんでしたーよ」

「それは何処のギルドの話だ?」

「もちろん、このウルメラの街に唯一存在するギルド、『果て無き大釜(サトリタス)』でーす……まさーか」

「そうだ。この街には、もう一つギルドが存在している。そして、クラリムは、そのギルドのギルドマスターだ」

「嘘でーす。そんなギルド、聞いた事ありませーん」

「嘘だと思うなら、街長にでも問い合わせるといい。すぐにでも、お前の調査にボロがあった事が分かるだろう」

「おーまいがっ」


 思っていた事と違ったとばかりに狼狽える無精髭の男。

 ギルド……そういえば、この部屋が丁度ギルド部屋だ。ストーナに無断で借りた、無名のギルドの活動拠点。活動実績一の幽霊部ならぬ幽霊ギルドだからね、仕方ない。


 無精髭の男は事実かと、私に目で疑問を投げかけてきたので、私はコクリと頷いて返した。


「相場の移籍金を払ってしまうと……ワターシへの報酬がこれだけ……失敗しまーした。こんな事になるなら、契約金をもっと下げて提示しておけば良かったでーす」


 顔を青ざめた無精髭の男は頭を両手で抱え、別のカバンから算盤のような器具を取り出し、何かを計算し始めると、そう呟いた。


「ところで、アナータはいったいドナータですか? ミス・クラリムのギルドメンバー? フレーンズ? それともボーイフレンド?」


 何かを諦めた顔になった無精髭の男は、想定外を生み出したリンドーに向かって疲れたように問いを投げた。


「俺はクラリムの……」


 リンドーがこちらをチラッと見てきた。


 なんて言うんだろう。

 そう考えると、ドキドキと胸が高鳴る。

 最初は神と転移者という関係だったけど、今は一つ同じ屋根の下で暮らしている。


 ま、私はリンドーのことなんて、なんとも思ってないけど、リンドーはもしかしたら、私の事を大事に……


「エージェントだ。交渉役、代理人。彼女に纏わる契約の管理を任されている」


 せめて家族って言えやぁ。


 何を期待したのか自分でも分からないけど、心の中でそう叫んだ。

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