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変な魔法使い、異世界に行く  作者: 八艘宗八
第3章 最優秀ギルドアワー編
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14.5話 ミミック・ミークと妖精の木箱(前)

読み切りの番外編です。

いつものコメディ要素は薄めです。

 ウルメラの街にひっそりと佇むな店があった。


 人通りの少ない路地裏に店を構えており、並べられているのは木で出来た箱。

 玩具箱から荷馬車に乗せるような箱まで、様々な種類の箱が置かれていた。


 そんな木箱専門店を経営する店主と変わった価値観を持つ箱娘の物語。



 店の入り口が開き、ベルが客の入りを知らせる。


「いらっしゃい」


 声を出しながら、顔を上げる。

 店の入り口から入ってきたのは、一人の少女。


 白髪短髪。背丈から見て、十歳前後。

 あどけなさはあるものの、近所にいるような子どもとは少し違う雰囲気がある。そして、何より際立つのが、その体に背負っているもの。


 宝箱。この少女は大きな宝箱を軽々と背負っていた。


 布でできた鞄や、剣や盾ならばまだ理解出来る。

 が、宝箱。宝箱は背負うもので無く、家ならリビング、ダンジョンなら宝物庫に置いておくようなもの。決して背負うものではない。


 俺はこの変わった少女を知っていた。

 街中ですれ違って印象に残っているとかではなく、もっと簡単な理由。


「また来たのかい?」

「うん。お金たまった」

「もう? 十日前に来たばかりじゃないか」

「そ、そうか…………凄いな。どこで稼いでいるのやら」


 そう、この宝箱を背負った少女は、この店の常連だった。

 それも来る度に高価な商品を買って帰る太客。高いから買うなどではなく、じっくりと時間を掛けて出来の良いものを買っていく。


 もちろん買うのは宝箱で、最初に店に来た時は、商品に噛みつこうとするわ、何も払わず持って帰ろうとするわ、支払い時には金銭じゃなく宝石で払おうとするわで、大変だった。


 それでも年齢、宝箱、目利き、世間知らず、どれをとっても珍しい少女の来店は、しがない店を経営している俺にとっては、小さな楽しみで胸が躍る客であった。


「おじさん」

「ん? あぁ、ちょっと待ってくれ」


 声を返し、店の奥の作業場で動かしていた手を止め、少女の元へと歩み寄る。


「決まったのかい?」


 首を振る宝箱の少女。


「他にある?」

「他、他か……いや、今あるのは、これだけでね。ごめんよ」

「……そう」


 文字通り肩を落とす少女。

 店に並べてある物では、満足しなかったようだ。


 少女から目を逸らし、店を見渡す。

 所々、歯抜けになった商品棚。足元に置いてあった、在庫が入っていた大きな木箱の中も空っぽで、もう目に見える物で最後。


「……こんなに減っていたんだな」


 ボソリと独り言が飛び出た。

 店の開店準備をしている時、掃除をしている時、商品が減っている事に気づく場面はたくさんあったのに、指摘されて初めて頭で理解した。


 まだ、大丈夫だと思っていたのに。一年も経てば、こんなに減るんだな。


「あれは?」


 店の主人として問題ではあるのだが、商品が減っている事に焦る事なく、ボウっとしていると、少女が移動し店の奥を指差していた。


 少女の後ろに立ち、その指先を眺める。

 作業台の上、木彫り用の工具の横。そこにあったのは、とある装飾された木箱。


 大きさは掌に乗る程の小ささで、箱の側面に木彫りで絵が施されていた。


 描かれているのは、羽の生えた二匹の妖精達。妖精達は楽しそうに両手を握り合い、向かい合っているというもの。

 ただ、一匹は、彫刻がされているのに対し、もう一匹は、下書きのままで一ミリたりとも削られていない。


「あれが、いい」


 作りかけの未完成品。薄らと埃が乗っているソレを宝箱の少女が欲したのだった。


 突如、俺を目眩が襲った。

 胸がバクバクと踊り始め、顔が歪む。


「ダメだ」


 急に訪れた不調を止めるように、言葉を吐き出した。


「どうして?」


 俺の動揺を一切気にする事のない、純粋な粒らな瞳が俺を見つめる。


「売り物じゃないからだ」

「いくら?」

「……いやだから」


 普通だったら、俺の態度や言葉で諦めてくれるものだが、少女は頑として引く気はない。

 話を聞いていないというより理解をしていない感じだった。


 率直に売りたく無いと言えば良かったのだが、少女の問いかけに苛立ちを覚えてしまった俺は、


「そうだな。一千万マニエだ」


 不可能を押し付けた。

 こんな寂れた小さな店にあるはずのない額を口に出していた。


 この少女が少し金持ちの娘だとしても、小遣いでは決して届かない額で、例え冒険者だとしても、一般の冒険者が稼げるものではない。


 それに、この箱にはそんな価値はない。


「わかった」

「わかったって……おい!」


 宝箱の少女は何一つ疑う事なく、呟きを残し店を出て行った。



『ほう、良き品だな。うむ……主人、王への献上品として一品作ってはくれないか』


 その日は、窓を打ち付けるような雨が一日中降っていた。

 店にフラリと訪れた老人は、王と懇意にしている商人と名乗り、俺にそんな依頼を出した。


『お、俺がですか? でも、こんな小っぽけな店の無名の俺なんかが、王のお眼鏡に叶うものなんて、とても』

『名が馳せていようがいまいが、良き物を作れる者であることに変わりは無い。もっと自分を誇りなさい。それに、今回の件が上手くいけば、その腕に見合うだけの名声が手に入るだろう。もしかしたら、王宮御用達の店になるやもしれん』


『この店が……王の……』


 祖父から父、父から俺へと木箱作りの職人を継承し渡されてきた店。

 細く長く続いてきた店に一世一代のチャンスが巡ってきた。


『どれほどで出来そうだ?』

『二ヶ月頂ければ、腕によりを掛けたものを用意いたします!』

『うむ、わかった。それでは、頼む。そうだな。出来栄えにもよるが、一千万以上で買い取ろう。それとこれを』


 手渡された麻袋には三百万は優に超える大金が入っていた。


『こ、これは……前金? こんなに貰えません』

『遠慮するな。店の営業に支障をきたすかもしれんからな。なんだったら材料費とでも思えばいい』


 そう言い残すと、老人は傘を手に店を出て行った。


 唐突の出来事に驚きながらも、チャンスを手繰り寄せた奇跡に感謝をした俺は、すぐに店を閉め、王の献上品作りを始めた。


 高い報酬。王に認められる名誉。

 何よりも、無名の俺を買ってくれた老人の期待に応えようという思いで、創作に明け暮れた。


 来る日も来る日も図案を考え、試行錯誤を繰り返し、寝食を忘れ創作に没頭、遂には王に認められる至高の一品が出来る、はずだった。


『どうしてだ! 何故、彫れなくなった! あと、この面さえ彫れれば完成だってのに』


 箱の側面、一面に舞う二匹の妖精。

 その片割れを彫り終えた途端、腕が動かなくなった。


 道具が壊れた訳でも、構図がおかしい訳でも、出来に納得がいかなくなった訳でもない。

 ただ、もう一匹の妖精を掘れなかった。


『掘ろうとしたら頭の中が否定しやがる』


 まるで体が乗っ取られたみたいだった。


 疲れが出たのかと思ったが、何日休んでも、片割れの妖精を削る事は出来ず、約束の日が訪れた。


『納期を伸ばしても難しいのですかな?』

『……はい』

『そう、ですか』


 老人は静かに呟いた。

 もしかしたら王に俺の木箱の良さをアピールしていたかもしれない。そうなら、献上品を用意出来なかった彼は王に見限られるかもしれない。


 老人に怒りは無かったが、俺は心の底からとんでもない事をしてしまったのだと悟った。


 頭が上手く回らない。体が震え、鼓動が高鳴る。


『すみません! 前金は、結局、殆ど、材料費に使ってしまって、すぐには返せないんですが、なんとかして、必ず』

『いえ、返さなくて結構。こうなることを予見出来なかった私の不手際。貴方に責はありません。少し痛いですが、勉強代と致します』


 言葉が出なかった。

 期待されたものを用意出来ないどころか、老人に大損をさせて、俺は情けなさで頭が真っ白になっていた。


『それにしても、残念な事です。王に献上出来なかった事もそうですが、一人のファンとして、貴方が全身全霊を込めた作品を見てみたかった』


 去り際に置かれた言葉は俺の胸に深く深く突き刺さった。



 過去の記憶。

 一生忘れる事の出来ない出来事は、こうして荷馬車に乗せる用の木箱を作っている今も思い起こされる。


 一年経った今も、妖精を彫る事は出来なかった。


 あの日以来、彫刻道具を持ってすらいない。

 新作一つ作る事なく、貯蓄を切り崩し店を続けていたが、さっき、あの宝箱の少女に指摘された時、もう店を続けられる程、商品が残っていないことに気づいた。


「もう終わったんだな。俺も、店も」


 商品を作れない今、他の職人から仕入れるなどという伝手もないから、今あるものが終わったら、店を畳むことになる。


 彫れなくなっても、木箱を作る事は出来る。

 幸い、芸術品ではなく業務用品としての木箱を卸す仕事はいくつか持っている。

 店を倉庫に変え、そちらを、これからの生業にすればいいだけだ。


 大枠は変わらない。

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