14-A 慈悲の女神様の趣味
趣味。
それは日常を過ごす上で、生きる日々に彩りを与えてくれるもの。
崇高な趣味なんて物は存在しない。漫画を読むのも、ゲームをするのも、サーフィンをするのも、推し活、ボードゲームや勉強、寝るのだって趣味なのだ。
そして、趣味はもちろん私達にもある。
例えば、濃紺ローブの魔法使いリンドーの場合。
私が家の掃除をした際、リンドーの部屋の窓際で見つけたのは動かないフワフワの動物たち。
「このぬいぐるみどうしたの? どっかで買ったの?」
リビングルームで本を読んでいるリンドーにそう問い掛ける。
「作った」
リンドーは集中して本を読みたいのか、パタンと本を閉じぶっきらぼうにそう答えた。
「作った?! ぬいぐるみって作れるものなんだ……アンタ、結構可愛い趣味持ってるのね。でも作ってる所見たこと無いんだけど、いつ作ってるの?」
「家が静まり返る深夜だ。全神経を費やす作業である以上、何かしら騒いでいる昼間には到底出来ない」
「……さいですか。私は五月蝿くしたつもりは無いから、ミークかストーナね。全く、ゆっくりする時ぐらい静かにして欲しいものね」
「碌に物を探さない癖に、大声で助けを求めるどこかの誰かよりかはマシだとは思うがな」
「あはは、だ、誰だろ〜、酷い奴ね」
気のせいか凄く心当たりがある。
包丁が行方不明だと、リンドーに助けを求めた所、まな板の下敷きになっていたという出来事は記憶に新しい。
「あれ? そういえば、熊のぬいぐるみは無いのね? ぬいぐるみって言ったら熊! って感じなのに」
これ以上、私への文句が増えない内に話題を変える。
リンドーの部屋で見かけたのは確か、猫、犬、カエルにクラゲ。
ラインナップは人気っぽいものからちょっと変わったもの。
個人的なイメージ的には熊を最初に作るものかと思っていたので、そう尋ねると、リンドーの顔が少し険しくなった気がした。
「……食べられた」
「えっ?」
「ミークが欲しいと言うから、上げたが気が付いた時には完食していた」
「それは……災難だったわね」
リンドー的には愛でる物だと思っていたのだろうが、仕方ない。
見かけ上は小さな女の子であるミークも、雑食ミミックなので、きっと熊のぬいぐるみが美味しく見えたのだろう。
そう言えば、ミークが嫌いな野菜を薄く練り込んだハンバーグが夕食で出てきた事があったけど、きっとその日に食べられたんだろうな。
次、白髪のミミック少女ことミークの場合。
とある日のこと。
「うーん」
「ミーク……何をしているの?」
誰よりも無機質な部屋に置かれた数個の宝箱。
その内の一つの前で、何やらゴソゴソとしながら唸っていたミークの背に語りかける。
「飾り付け」
そう答えたミークの横から回り込んで手元を覗き込むと。
赤銀金等の宝石、お金、秘密の巻き物等、冒険者の依頼で行ったダンジョンで手に入れたであろう物を入れては出し、出して入れてと、内装を拘る職人のように弄っていた。
「なるほどね〜、溢れんばかりの金塊の宝箱も良いけど、こういう整頓された中身ってのも、それはそれで良いわね」
「うん。見栄え、だいじ」
宝石類を花に見立て、それを地図や巻き物で包み込んだ花束。
金塊の山を見つけた冒険家の一幕を宝箱の内部で再現してみたりと、一種の立体的な芸術品のようにも思えた。
それと同時に思ったことが一つ。
「ドールハウスのお人形遊びだと思えば可愛い趣味よね……宝箱への擬態の研究とかだったら怖いけど」
「?」
「ううん、大丈夫、大丈夫」
ミミックとしてのモンスターの本能が垣間見えた気がして少し怖かったけど、ミークのキョトンとした顔を見て、思い過ごしだろうなと思うことにした。
自身とは別の宝箱を買ってきては、それに何を入れるのが似合うのかを試行錯誤するという趣味。所謂『映え』的な趣味なんだろう。
三人目、荒々しい金髪ポニテの騎士団長ストーナの趣味。
それは……
「ストーナ、ストーナ。ストーナの趣味って何?」
「なんだァ、急に」
「いやぁ、リンドーとミークの趣味は知ってるのに、ストーナのだけ知らないのは嫌だな〜って思って。やっぱり、剣振り回すとか、筋トレとか?」
「クラリム、テメェ、アタシの事を何だと思ってやがんだァ。そんな根っからの戦闘狂とかみたいに言いやがって。違ェよ、どっちも好きだが、仕事の為に必要だからやってんだ。趣味じゃねェ」
「じゃ、なんか他にあるの?」
「趣味なんざ、ねェな……仕事ばっかりしてっからよォ、あんまし暇な時に何かをするって事を考えた事もねェ」
少し考える素振りを見せたが、すぐにそう答えた。
ただ、喋っている内に何かを思い出したのか、少し顔を下に向けた。
「……いや、アレは趣味に入るのかァ?」
「えっ、なになに、教えて!」
「いや、なんでもねェよ。アタシの趣味は無い、以上!」
と、何故か顔を赤らめてはぐらかしたストーナだった。
その時はそれで、教えてくれなかったので、諦めたのだが、数日経って、ストーナの趣味に一つ心当たりが出来た。
ただ、その趣味というのが。
「……」
ジッとストーナが見つめていたのはリンドー。
本を黙々と読み続けるリンドーを、こうジッと黙って少し離れた所から見ていた。
言葉にするとちょっと怖いのだが、その様子をコッソリ観察をしていると、ストーナは急にニヤけたり、怪しげな笑いを漏らしたりしていた。
これはこれで、怖いのだが、私はストーナの趣味について一つの仮説を立てた。
妄想。
これがストーナの趣味。
リンドー相手に手を繋ぐデートのようなピュアっとした事を思い描いているのか、ナニかを想像するムッツリさんなのかは知らないが、暇そうな時は結構妄想していた気がする。
大丈夫、私はまだ引いてない。
そう言えば、出会った頃恋愛ピンク脳気味だったなと思い出したくらい。
全体的に荒々しいのに、そういう事は奥手なのだ。妄想の一つや二つしてもいいだろう。
三者三様、前座はおしまい。
というのも、今回起こった事件は私の趣味から発展したものなので、彼ら彼女らの趣味とは関係ない。
で、私はというと、天界にいた頃は、ゴロゴロとアニメやゲームを楽しむのが趣味だった。
そう、過去形。
この世界にそんな娯楽道具があるわけもなく、私は新たな趣味を開拓し、得ることとなったのだ。
「はぁはぁはぁ……ふぅぅー」
息を整えながら、額に浮かんだ汗をタオルで拭う。
近くにあった岩に腰掛け、気持ちの良い風を体全身で感じながら辺りを見渡す。
目の前に散らばっていたのは、青が多数を占める色鮮やかな粘液。
そして、その粘液に浮かんでいるのは木っ端微塵に砕けた硬質の破片。
それは粘体生物スライムの死骸だった。
「やっぱ、楽しい〜わ。コレ」
手に持った武器をクルクルと回しながら、この惨状を作り出した私は笑みを浮かべる。
慈悲の女神こと私の趣味、それは……『スライム潰し』。
湧水のように出てくるスライムをプッチンプッチンと潰すという遊び。
最初は戦士としての訓練をしたので、強くなったという充実感を得る為にスライムを狩って自己満足に耽っていたのだが、途中からスライムを倒すという事自体に快感を覚えたのだった。
「リンドーとかには『神にあるまじき悪趣味』『破壊神』『邪神すぎる』『いつか天罰が下る』とか言われてるけど、何故か、やめらんないのよねぇ。なんて言うのかしら、昔天界に届いたゲームとかと一緒に入っていた透明なアレをプチッと潰す快感と似てるみたいな?」
そんな毎日じゃなくてもいいけど、頭を空っぽにしたい程度のストレス発散にはもってこいなのだ。
幾らでも湧くスライムだから、お金も掛からず使う道具も日用品で事足りる。
「モンスター退治だから、街の平和を守っているという見方をすれば、慈善活動とも言えるし、そんなに変な事はしてないわよね。うん」
スライムは普段大人しく、ヒトが大量にいる街にも現れないそうだが、放っておくと街へと続く道を塞ぎ、馬車や荷車の通行の邪魔になると言う事で、冒険者ギルドが討伐依頼を出すという話もある。
私はマトモなギルドに属していないので、そういう依頼報酬は手にいれる事は出来ない。
が、楽しいので良し。
「よぉーし、今日はこんなとこかな。百体ぐらい潰したら、湧くのが遅くなるのよね〜」
散らばった残骸も、時間と共に土に帰るので掃除の必要もない。
スライムの部位も一部換金出来るのだが、集めるのが面倒なので放置。
服に飛び散った粘液を近くの泉で拭って、私は街へと帰った。
◇
クラリムが去ってすぐ、草陰から飛び出たのは一匹の小さなスライム。
運良く殺戮の嵐を逃れた、たった一匹の生き残りは静かに狩り尽くされたスライム湧き場を眺めていた。
そのスライムはミークや怪物貴族のように意志が無い普通のモンスター。
冒険者等に倒されるなどは日常で、時が経てば大量に発生する仲間に紛れるだけの存在。
この殺戮の嵐に遭遇したからといって、トラウマに残るような記憶になる訳でも無い。
しかし、そのスライムは今、正に変化を遂げようとしていた。
プルプルと体を震わし、粉々に砕けた核を体内に取り込んで行く。
同胞を倒された事による復讐心ではなく、あの暴力の化身に勝ちたいという鋼の意志が、一匹のスライムに変化を齎したのだった。
この事実を鼻歌混じりにスキップして帰ったクラリムが知る事となるのは……すぐ。




