12-E パン屋、開店早々閉店危機!?
夜が明けて、翌日。
結局、昨日はずっとパン屋ちゃんの手伝いをしていて、夜も遅いということでそのままパン屋支店で泊まった。
というのも、筋肉魔王ことオルドバランと彼が引き連れて来た魔王軍は魔王城の警備の為、早々に撤収し、残った重労働をパン屋ちゃん一人では出来ないということになったので、仕方なしに手伝う羽目になったのだ。
そして、オープン初日。
早く起きたパン屋ちゃんと巻貝角女がパンを焼き上げ、私とリンドーが売り子兼アドバイザーとしてバイトとして雇われ、万全の状態で開店した。
ドンと来いと張り切っていたのだが。
「こんなにもヒトが来ないなんてことある?」
私の呟きが閑古鳥が鳴いている店内に響き渡った。
定番のパンから惣菜系、お菓子系と様々なパンが有り余っていたのだ。
売れ行きが悪い、というより、そもそもヒトが来ていない。
自分からフラッと訪れた者はほぼゼロに等しく、店の前を通りがかったヒトに営業を掛けたが、殆ど意味を為さなかった。
来たヒトと言えば、ご近所さんぐらいだろうか。
「あーあ、誰かさんがもう少し、愛想良くチラシを配ればもっと繁盛したいたでしょうに。配れた数も少なくて、誘導も出来てない。ほんと、何から何まで使えないんだから」
「ハッ、チラシ配りが大変なことを知らない素人はコレだから。チラシ配りはねぇ、鋼のメンタルか素直さの塊じゃないと出来ない難度の高い仕事なの。分かる? 分からないわよね。心が捻くれて、角まで巻いちゃったヒトには!」
「一丁前に言い訳は達者なのね。出来るか出来ないかじゃなくて、やる気を出せば良いの。アナタこそ、そんな簡単な事が分からないなんて……可哀想な頭お花畑の神様」
「何を! なら貴方がやってみなさいよ」
「ごめんなさい。ワタシ、人前で話すの苦手なの。昔から人見知りで……チラシ配りなんかしたら吐いちゃう」
「この、神にも暴言吐ける口でいけしゃあしゃあとォォ」
今にも掴み掛かってやりたかったが、肩を落としているパン屋ちゃんの影に隠れる巻貝角女。
自重を余儀無くされ、他の言葉の槍を探していると、パン屋に一人の男が入って来た。
「帰った」
「神使様!」
帰って来たのはリンドー。
店で待っていても仕方がないと言っていたリンドーは、客足が少ない事の原因を調べに行っていたのだった。
「この店に客が来ない原因はコレだ。ストーナの家のポストに入っていた」
リンドーが出したのは一枚のチラシ。
「街長オススメパン屋キャンペーン? 皆んなの愛されものウルメラ街長が厳選したパン屋クーポン、プレゼント。いつも買わないパンもこれを使って買ってみよう……へぇー、こんなのあったんだ。こんなのあるなら、この店にもヒトが来ても良いのに……どうして?」
「下に書かれている対象店舗を見てみろ」
「……あれ、この店の名前がない!」
街長のイラストがデカデカと書かれているのに対して、注意書きは小く読みづらい。
しかし、何度見ても、ベルーニャのパン屋の名前は無かった。
「ワタシ、昨日の内に他店を調べておいたのですけど、どうやら、ここに書かれているのは、この店以外の全てのようですね。全品半額ともなれば、確かに、態々この店に来る理由は無いでしょうね」
「そ、そんな。どうして」
「ストーナに聞いたが、街ぐるみのキャンペーンは今までにもあったようだ。自治体が主導して行なっているもので、前々から準備されていたものだとすれば、昨日今日オープンしたパン屋がリストに入っていないのも不思議では無い」
「ただ、それ以外にも魔王軍がパン屋をやっているということが広まっている。無論、悪い意味でだ。酷い噂となると、毒入りだと言う話も」
「そんな!」
冷静に分析するリンドーと巻貝角女。その一方で感情的に動揺の色を見せているパン屋ちゃんは、驚きで目を見開き、口を覆った。
そして私は、今までの話から嫌な推測が浮かんだ。
「ちょっと待って、それって、ウルメラが、この店を陥れる為だけにキャンペーンを始めたってこと?」
「あぁ、その可能性は非常に高いと言えるだろう。誰が書いた絵図かは分からないがな」
「そんな、一体誰が何の為に……」
大きな圧力を前に静まり返る店内。
その静けさを破ったのは、空元気を発した一人の少女。
「皆んな、そんなに深刻に思わなくても大丈夫! そのキャンペーン? で、他のパン屋がずっと割引を続ける訳じゃ無いだろうし、私のパンにはもちろん毒なんて入ってないし、スタートダッシュは切れなかったけど、前のお店みたいにコツコツ仲良くなっていけばきっと、きっと」
「本当に、地道なアプローチが効くとでも?」
「ちょ、ちょっと。リンドー!」
「悪評は時間と共に風化したとしても、ヒトの記憶の奥底には残り続ける。選択肢が複数になればなるほど、態々黒い噂がある店を選ぶことはない」
「つまり、このまま店を開いていても、赤字が続く可能性が極めて高い」
リンドーの正論がパン屋ちゃんの顔を苦悶に変えた。
「じゃあ、今回は諦めろってこと、ですか? 皆んなに手伝って貰って、折角ここまで来たのに……」
パン屋ちゃんはリンドーの意見を噛み締めるように言葉を連ねる。
その言葉の節々には、一日でパン屋をオープンさせようと手伝ってくれた全てのヒトへの申し訳なさや悔しさが滲んでいる気がした。
「そうね、正直言って分が悪すぎる。理由は分からないけど、街そのものが敵になっているみたいだし、一度、ウルメラは諦めて他の店で再チャレンジした方が……」
酷な話だが、どうすることも出来ない。
そう誰もが思った、その時、奴が口を開いた。
「広まった噂を止めることは出来ない……が、悪評を払拭することは出来る」
パン屋ちゃんを静かに見据えるリンドー。
その目に揺らぎはない。
「いったい、どうやって? アンタもさっき赤字続きになるって言ってたじゃない!」
「認めさせれば良い、ベルーニャのパン屋が世界一であることを。荒波をも黙らせる看板商品を販売する。黒い噂をねじ伏せるぐらいの美味さを持ったものをな」
「……看板商品」
パン屋ちゃんはリンドーの言葉を噛み締めるように、繰り返す。
圧倒的な美味。
確かにそれがあれば、半額戦法や毒入り噂なんて吹き飛ばし集客が出来るのかもしれない。
「言うのは簡単だけど、もっと具体的にどうするかが大事なんじゃ……」
「今回、看板商品とするのは、パンはパンでもサンドイッチだ。美味で希少な食材を組み合わせ、この店独自、オリジナルなサンドイッチを作る」
「だから! その美味しい食材って何? そんな都合の良いものあるわけが……あっ」
思いついたというより、身をもって知った経験。
「ワイバーン……アンクーラの卵なら、もしかしたらイケるかもしれない!」
『神の一皿』の材料となっている大きな卵。
実際にワイバーンの卵は街の食堂でも出しているので、住人の忌避感がなく尚且つ美味しいと言うのが広まっている。
それを卵サンドにしたら、と思うだけで涎が出てくる。
ただ問題は、
「でもあのアンクーラの卵を入手するのは骨、よね」
険しい岩山の頂上に置いてある上に、アンクーラ自体が強敵。
そんな簡単に手に入るものではない。
だからこそ、希少で美味で、『神の一皿』なのだ。
「問題ないわ。ワタシがいるもの」
再度消えかかった光明を再度照らしたのは、余裕の笑みを浮かべる巻貝角女。
「最初に会った時言ったでしょ、仕事で来てたって。元々、アンクーラの卵をベルーニャのお店で使えないか調べてたの。入手経路も確保してるし少し時間を貰えたら、いくつか取ってくるわ」
そんな簡単に言えるなんて嘘じゃ無いかと思ったが、自信満々の表情。
そう言えば、この女、前魔王軍四天王なんだっけ。そりゃ、危険なワイバーンの一体や二体手玉に取る事だって出来るのだろう。
改めて思うと、怖。急に殴りかかって来ないだろうか。
「アンクーラも確か食べれる部位があったはずだし、卵をメインに肉でボリュームを増やし満足感を高める。試してみないと分からないけど、結構イイ線行くんじゃないかしら?」
「なるほど、チキン卵サンド的な? うん美味しそう。意外と料理とかのアイデア出せるのね、貴方」
「これでもワタシ、店長の元で働く事を決めてから必死に料理の勉強をしたの。普段から手抜き料理しかしてない方とは違うのよ」
「まぁあ、それも机上の空論だし! いくつか試した方が良いだろうから、私、女将さんの店で卵余ってないか聞いて来てあげるわ!」
ぐうの音も出ない事を言われたので、自分の出来る事で張り合った。
「皆んな、皆んな。ありがとう!!」
「まだ、お礼には早いわよ。それに一番大事なのは、パン屋ちゃんが美味しいサンドイッチを作れるかどうかなんだから、頑張らないと」
パン屋ちゃんは悔し涙を嬉し涙に変えていた。
私の言葉に深く頷く一同。
「看板商品の準備が完了するまで、店は休業にした方がいい。再オープンの際には、大々的な宣伝となる演出も必要となるが、それは俺が考えよう」
「わかりました!」
新店舗がいきなりの閉店危機に陥ったのも一瞬で、こうして私達は再出発を目指し志を一つにして立ち上がったのです。
「では、ワイバーン親子サンド作戦開始だ」
「「おおー!!」」
リンドーの掛け声で、各々天に拳を掲げる中、
うん、もう少しネーミングセンス磨こっか。と一人心の中で思うのだった。
◇
「あはははははは」
街長の部屋。
アンクーラの卵を取りに行く、その寄り道。
依然として伽藍としている暗い部屋の中、街長の机に腰掛けたシェパナの笑い声が木霊する。
部屋の主は喉元にナイフを突きつけられたまま、動く事を許されず、そのナイフを持った老人は、己が主の言葉を待つ。
「あーあ、おかしくっておかしくって笑っちゃった。アイツら、ワタシに邪魔されてるなんて誰も思ってないのでしょうね。本当に愚か」
「シェパナ様、せっかく、あの小娘の店にヒトが行かないようにしたというのに、手助けをなさってよろしいのですか?」
「アイツら全員騙して、仲間と思わせるのもそうなんだけど……もっともっと、イイ事思いついちゃったから」
「良い事、ですか」
「えぇ。魔王様を殺したとかいう神も、それに関わっている魔法使いも、魔王様の仇を取ろうともしない簒奪者も、ついでに、この街の住人共も全員を恐怖のドン底に落とす、とびっきりのショーをね」
暗く憎しみの籠った笑い声。
それを聞けども街長は何も出来ず、ただ無意味に時が過ぎるだけだった。
そして、いくつかの思惑が交差する中、再オープンの日が訪れた。




