12-D パン屋準備の裏に忍ぶ影
大量の身分証確認を終え、無事? 街に入った魔王軍の面々は騎士団の団員監視の元、パン屋の開店準備を行なった。
建物そのものの改築、荷物の運び入れ、近隣住人の挨拶等々、テキパキと行う魔王軍の面々。
私も手伝おうと思っていたのだが、使者という役目を放棄したどころか、魔王軍に加担したということで関係各所に呼び出され、ストーナと共にコテンパンに怒られた。
やっていることがやっていることなので、怒られることは仕方ないのだが、元凶が逃げおおせていたのが納得いかない。
次に会ったら、騎士団に包囲された時の逃げ方教えて貰おう。
ま、そんなことで、なんやかんやあり、半日後。
夕方、私はパン屋ちゃんと二人で内装をいじっていた。
「これはここで、ここをこうしてっと……結構進んで来たわね。これなら、もう明日にでもオープン出来るんじゃない?」
「はい! 皆さんのお陰で、予定通りに行きそうです!」
「……え、ホントに? 割と冗句のつもりだったんだけど。今日来て明日オープンってテンポ良すぎるってのもあるど。ほら、この前は下準備しっかりしてからオープンしてたから今回もそうするんだって思ってた」
「私もそう思ってたんですけど、シェパナちゃんが魔王軍のパン屋っていう話題性を冷まさないように、早くオープンした方が良いって」
私が伝授した、パン屋ちゃんの魅力をアピールしパンを買わせる作戦。
どうやらこれは、シェパナ……あの嫌味な巻貝角女の作戦に負けたようだ。
パン屋の経営にプライドがあった訳ではないが、あの巻貝角女に負けた感じがして腹立たしい。
「シェパナねぇ……あの巻貝角女、テキトーなこと言ってるんじゃない?」
「そんなことないですよ! シェパナちゃん、私のパン屋を全国展開させたいって夢を応援してくれて、色んな事考えてくれてますし、今回の支店オープンもシェパナちゃんの案なんですよ」
どうやら、パン屋ちゃんからの信頼は厚いようだ。
「それに元四天王ですし、やっぱり凄いヒトなんですよ! そんなヒトが私を手伝ってくれるなんて、本当に助かります!」
「ま、確かに、世界征服とか世界滅亡とか考えてる奴らの幹部なら、パン屋を全国展開させるのも簡単かもね〜。知らないけど」
「もう、クラリム様ってば、テキトーなんですから〜」
「でもパン屋ちゃんも魔王なんだし、私|《神》も付いてるんだし、もっと自分に自信を持ちなさいよ。そんな前魔王腹心の四天王が下に着いたくらいで……」
頭を空っぽにして、本当にテキトーに喋っていたのだが、ふと喉の奥に小骨が刺さったように、この言葉に違和感を覚えた。
何か雑に返事してはいけないワードが混じっているような。
もう少しで大きな声でツッコめそうだったのだが、その思考を遮るように、パン屋の扉が開いた。
「何々〜? ワタシの話?」
「シェパナちゃん! 今ねシェパナちゃんが凄いって話をしてたの!」
「そんな、ワタシなんて、全然。そこの女神よりかは数十倍使える程度よ」
「なにをー! 私の方が貴方なんかより数千倍凄いんだから、さっさと平伏しなさい!」
「さてと、幼稚を司る女神は放っておいて……ごめんなさい店長。ワタシ、少し、離れても良いかしら?」
「どうしたの?」
「今の間に、パンの材料を売っている良いお店を探したいの」
「あっ、そっか、お店出すんだから持って来てる材料だけじゃダメだよね! 私も一緒に行こっか?」
「いいえ、大丈夫。あっちのお店で一通りパン作りしたし、元々ある程度の目利きにも自信があるから」
「でも……」
「ベルーニャ、アナタは店長で、ここの主なんだから、これぐらいの事は部下に任せたらいいのよ。それにパンの味も大事だけど、お客さんが気持ち良く買える環境も大事。ワタシはあまりそういうのが分からないから、店長がしっかりやらないとね」
「うん、わかった。ありがとう! シェパナちゃん」
なんともまぁ、聞き触りの良い言葉の数々だ。
私がこの巻貝角女に嫌悪感を覚えてなければ、なんて素晴らしい関係なんだと心を打っていただろう。
もちろん、そんな感動など一ミリもないので、出てくる言葉も、
「本当? そう言って実はサボる気なんじゃないの?」
である。
巻貝角女は私を蔑むような視線と共に、柔和な笑みを浮かべた。
「あら、心配なら着いてくる? 一人一人のプライベートを心配してくれるなんて、神様って、お暇なのね。今度からお買い物は、全部神様にやってもらおうかしら」
「誰がやるか! さっさと行って来なさいよ!」
「それじゃあ、失礼するわ」
そうして、巻貝角女が買い出しに出掛けた。
私はその後ブツブツと巻貝角女の私への態度の悪さをパン屋ちゃんに愚痴っていたのだが、落としたお盆を拾おうとした時、衝撃が走った。
「えっ、待って」
先程、巻貝角女の話題になった時の違和感。
スルーしてはいけない単語が何かを思い出したのだ。
「ちょいちょいちょい! パン屋ちゃん! ……あっ痛っ、えっ、あの巻貝角女って前魔王軍の四天王なの?」
ガツン、と頭をテーブルにぶつけながら、私はそれをパン屋ちゃんに尋ねる。
「はい」
「天界から神が降臨する程の危機を作り出した魔王の直属の部下にして、前魔王軍で四本の指に入るっていう、あの四天王?」
「そうですよ。さっきその話してたじゃなないですか」
パン屋ちゃんは笑いながら、そう返すが、私の心の中は穏やかではない。
「これ、もしかしてヤバい奴を街に招き入れたんじゃ」
不安が形になるように、夕暮れはいつの間にか、真っ暗な夜に変わっていた。
◇
少し時は戻って夕暮れの終わり際。
店長ベルーニャと神クラリムと別れたシェパナは、ウルメラの街を一人で歩いていた。
裏路地を、まるで住み慣れた街のように進んで行く。
彼女が足を止めたのは、パン屋の材料が売っていそうな店……ではなく、荘厳なステンドグラスがいくつも嵌められた古めかしい建物だった。
その扉を開け中へと入る。
普段であれば活気付いているはずの場所は、何故だか静まり返っていた。
来客用のロビーを抜け、関係者以外立ち入り禁止の扉を開け、コツコツと階段を登る。
彼女の歩みは誰にも邪魔をされることはなく、一枚の扉の前に辿り着いた。
扉の隙間からは光が漏れ、中にヒトがいることを知らせている。
シェパナは、無断で建物の奥へと入っていたいたので、ヒトと遭遇するのを躊躇しそうなものだが、彼女は何一つ気にする事なく、開け放った。
奥で座って部屋の入り口を見つめていたのは、一人の人族の男。
「酷い脅しだったから、どんな凶悪な奴が現れるかと思ってたけど、まさか、こんなにビューティなお嬢さんが現れるとはね……ハッキリ言って残念だ。男ならブン殴ってやってたのに」
「このアツアツの思いは君が買い取ってくれるのかい? いくらでも良い。言い値を払おう。さぁ、好きな額を……」
「なんだい? 何をキョトンとしている。アレは君の遣いなのだろう? 急に現れて、ボクの机に居座ったばかりか、業務中に食べようとした、お菓子をベトベトにした愚か者は」
一歩的にシェパナへと言葉を投げる人物、その男はウルメラを統べる街長、その人であった。
「レンブラン」
「はっ。こちらに」
シェパナは街長の問いには何も答えず、ある名前を呟いた。
すると、街長の机が独りでに開き、中からドロっとした液体と共に皺だらけの老人が姿を見せた。
老人は、どこからかナイフを煩い街長に突きつける。
「本当にコレが、この街の長で間違いないの?」
「この街に到着してからずっと監視しておりましたが、まず間違い無いかと。業務の多くは、共に行動する事が多かったメガネの女が行っておりましたが、最終的な決定は此奴が」
「ねぇ、そんな分かりきった事は事前に共有しておいてよ。ボクも暇じゃないからさ、さっさとパンケーキ作りに行きたいんだけど」
「黙れ! 貴様の安全と引き換えに人質になっている部下の命がどうなっても良いのか!」
「そんなこと言っちゃって〜、これもボクに仕事をマジメにやらせる為のレクリエーションの一環なんでしょ。分かってる分かってる。ボクは立派な街長として、ちゃんとヒトの話は聞きます! なので、人質には手を出さないで下さい! あはは、笑える。もういい?」
「今の置かれている状況が分からないなんて、本当におバカさんなのねアナタ。こんなのがトップだなんて、この街で暮らしているヒト達が可哀想」
シェパナはニヤけた男に近づき、その顔を両手で持ち上げる。
「アナタが有能でも無能でもどうでもいいわ。ワタシの計画に使えるのならね」
不自然な体の支え方のあまり、喉が締まり苦悶の表情を浮かべた街長を見てシェパナは手を離す。
「ワタシはシェパナ=ヲーラ=ロマイア。巷では魔王軍四天王と呼ばれる者の一人でございます。ウルメラの街長様。今日は一つお願い事があり参上致しました」
「お分かりになられますよね」
「アナタには協力するしか、選択肢がないことを」
ゆったりとゆっくりと、まるでどこぞの令嬢のように丁寧な仕草でシェパナは脅しを叩きつけたのだった。




