12-C 魔王軍本陣へ
「終わった星の下、嗤う破壊者はもういない。救いは一度。絶望は光の中。二度訪れることは無い。トロマ・イポスブリオス。現出せよ」
「『決戦兵器ヴィナッシュ』決戦兵器起動……発射」
一閃。
光を飲み込み、音を掻き消し、時間を置き去りにする一撃。
世界から光を奪い取ったような深々とした白き閃光は空を駆ける。
「よし」
発射による反動で抉れた地面、熱を逃がす為にしか思えない白い煙を、持っていた機械仕掛けの大砲から吐き出す。
決戦兵器『ヴィナッシュ』。かの前魔王を一撃で倒した魔法。
そしてそれを操るのは濃紺ローブの魔法使い、リンドー。
離れた場所で目を点にし見守っていたのは、赤と白を独占したような衣装に身を包む私。
「よし、じゃないわぁ! 使者だって言ってるのに、なんで発砲してんのよ!」
「こちらの力を示した上で交渉に臨んだ方が、良い話が出来る」
「何その征服者マインド、怖いわ!」
今現在、ウルメラの街付近で屯しているとかいう魔王軍の本陣へ向かっているのだが、一回撃ったら当分撃てなくなるのに、無駄撃ちしてるのが怖い。
一丁前にパーティ前衛一人、後衛一人の盤石な布陣だと思っているかもしれないが、私がその、前衛一なのだ。一番危険な所にいることを把握して、いざという時に守れるように盾になる覚悟を持って欲しい。
「それにしても、ストーナ必死だったわね」
なんでも街のお偉いさんの頼みだとかで、絶対にリンドーを魔王軍に引き合わせないといけないとかで、苦悶の表情で説得を試みていたのだった。
「シンプルにお金を積んだり、トランプでリンドーにババが行かないよう仕組んだり、ストーナが料理当番の時、リンドーの分だけ特盛にしてたし……もはや接待ね。料理は全部、ミークのお腹の中に入ったけど」
美味しそうに食べていたミークの顔を思い出す……かわいい。
一方、当時のリンドーはかなり渋っているように思えたが、今から思えば、引き出せるだけ引き出してから頷いたのではないだろうか。
「ウルメラの街に住む一人として、街が脅威に晒されるとあれば、力を貸すのも良き行いだ。それに家族が困っているなら助けるのは当たり前だろう」
なんだこの表面上、人格者のような言葉の羅列は。
感情が篭っていないのが致命的である。
「本音は?」
「街長に貸しを作っておくのも悪くない。問題を起こしても揉み消してくれる」
「……何をする気なのよ」
「クラリムはどうして着いて来た」
「アンタが変なことをしないかのお目付け役よ。ストーナに頼まれたの。私はリンドーへの借金半額負担で手を打ったわ」
「そうか」
ストーナは万一に備え、騎士団の指揮を取らないといけないらしく、騎士団の屯所にいるらしい。
リンドーの説得で気力を使い果たしたのか、私の要求は簡単に通った。
危険とはいえ、ただの御守りで五百万マニエとは楽な商売だ。
因みに、ミークは緊急要請でウルメラの正規ギルド『果て無き大釜』に行った。このまま、魔王軍がウルメラに攻め入ったら、戦いの応援要員になるということだろう。
ミークも見た目は幼いのに呼び出されているということは、そんなにも切羽詰まった状況ということなのか。
魔王軍が街を攻めようとしているのに、我ながら呑気だなと思うが、それにはちゃんと訳がある。
ストーナから聞いた経緯。そこにあったパン屋というワード。
どこをどう考えても、あの人物を連想する。
「でさ、ここに来ている魔王軍の話なんだけどさ……ん?」
砂煙。
魔王軍の野営地から一直線。私達に向かってくる馬を視認した。
「あー、あー、あー。来てる、来てる、来てる! これもしかして、さっきの発砲への迎撃なんじゃ」
「だろうな」
「どうしてそんなに落ち着いてるの。私達、魔王軍の兵士なんかと戦える力なんてないのよ! もう決戦兵器も撃っちゃってるし、魔王の知り合いとはいえ、問答無用で斬りかかられたら……」
「問題ない。これも撃った理由の一つだ」
「……ハァ?」
「歩くのが億劫になった。捕縛され運んで貰うのが目的だ」
「その理由で、命賭けるのおかしくない?」
あーだこーだ言っている内に騎馬は近付き、乗っていた人物が声を上げた。
「神様ー! 神使様ー!」
「ん? アレって……パン屋ちゃん?」
羊のような角をクルクルと頭に生やした可愛らしい印象の少女にして、新魔王。
ベルーニャ=ウッドバーグとの再開となった。
◇
パン屋ちゃんに連れられて、訪れたのはテントがいくつもある魔王軍本陣。
何人もの兵士がいる中、中央にいたのは筋骨隆々とフッサフサの髪の隙間から角を生やした男。新魔王の一人、オルドバラン。
「おおっ、やはり先程のは神の光であったか。久しいな二人とも!」
「そう? 最近もあった気がするけど? 一ヶ月前くらいでしょ?」
「そんなもんであったか、何百年も生きていると時間の流れが曖昧になってよく分からんな」
「あっ、それ分かる。私も神長いから昔の記憶とか無いし」
「どうしよう、わたしあんまり分かんないや」
「ゾンビトークだ気にするな」
私とオルドバランの長寿トークについていけない定命のパン屋ちゃんとリンドー。
誰がゾンビじゃ、神だ神。もっと敬え。
「それで、貴方達、こんなところで何してんの? まさか本当にウルメラの街を滅ぼしに来たって訳じゃないでしょうね」
「ん? 何故そうなる。ここではベルーニャのパン屋の新店オープンの決起集会をやっていただけなんだが」
「……一応聞くけど、それ、どこにオープンするつもり?」
「無論ウルメラにだ……なんだ知って来たのでは無かったのか」
「まぁ予想通りっちゃ予想通りだけど……今、街の上層部は魔王軍が攻めて来たって大騒ぎになってるわよ」
「何故だ。ただ新しいパン屋をオープンしに来ただけだと言うのに!」
「ちゃんと、申請書も送って許可も降りてたのに、ふしぎですね!」
「うん、まぁ、何にせよ、軍はいらないわよね。軍引き連れて来てるのが問題だからね」
なるほどと納得の表情を見せる二人の魔王。
真の目的はなんであれ、魔王なんて肩書きを持ったヒトが軍持って来てるんだから、パニックにもなる。
誰かこの二人を止めるヒトはいなかったのかと思ったが、五人もいる新魔王に応対しアタフタしているであろう緑肌の老人の姿しか思いつかなかった。
……一人じゃ手に負えなかったか、ご苦労さまね。
「新店舗を出すには早いな。それほど好調なのか?」
「うーん、まぁまぁです? 本店の二人も頑張ってくれてるから、順調っちゃ順調なんですけど。魔王城近辺から殺到するほど人気って程じゃ……」
「流石に、まだ早いんじゃない? まずは一店舗目を人気店にして、売り上げを確保して余裕が出来てから二店舗三店舗と……」
「ふふふ、愚かね。本当に愚か。そんな当たり前な事しか言えないの? 神って名ばかりなのね」
私の声に被さるように、嘲笑を込めた女性の声が耳に入った。
カツカツとヒールの音を鳴らし、すぐ側にあったテントからヒトが出て来た。
「あ゛」
その人物を見て私は思わず濁った声を上げた。
巻貝のような角を生やした女性。
薄い紫色の髪、綺麗な青空のような瞳に可愛らしい小さな口。
私はこの女を知っている。
何かされた訳では無い、ただ初見で苦手意識や嫌悪を覚えた相手。
「お初にお目に掛かります。神使リンドー様。ワタシはシェパナ=ヲーラ=ロマイア。お噂は兼々。ワタシのことは気軽にシェパナとお呼びください」
ワイバーンの卵を取りに行った山の麓で出会った嫌味な魔族。
「なんで、貴方がここに……」
「シェパナちゃんはねー。ウチのパン屋の期待の新人さんで、ちょっと焼き方を教えただけですぐ出来るようになったし、すっごいヒトなんですよ!」
そういえば、パン屋勤務と言っていたような。
まさか、この二人に接点があったとは。
「あのぉ、私には挨拶はないの? 言っておきますけど、貴方の目の前にいる、この私が慈悲の女神クラリム様なのよ。リンドーのことを敬うなら私も敬いなさないよ!」
「ふふっ、もちろんアナタが神であることは知っているわ。知ってて放置しているのよ。出しゃばらないでくださる?」
あー、ムカつく。
なんだコイツ。いっちょビビらせてやるか。
「あれ? アナタさっきの見てなかったの。私の力をそれをもう堂々と見せつけたんだけどなぁー」
先程リンドーが放った決戦兵器をチラつかせる。
虎の威を借る狐状態だが、この女の驚愕と尊敬の顔が見られるなら、なんでもいい。
「ごめんなさい。ワタシ、余所見してたみたい。もう一度見せて下さる?」
「うっ、それは」
「どうしたの? ねぇ神様、どうかこの哀れな子羊に神の奇跡を見せてくださいな」
二発目は撃てない。
エネルギー不足だか、なんだかで再装填まで時間が掛かるのだ。
それを知っているかのように煽ってくるので、私もムキになってギリギリまで威圧しようとしたのだが、
「なら見せてあげる! あの魔王を——」
「クラリム。前魔王は病気で死んだ。そうだな」
リンドーに口を抑えられた。
そうだ、前魔王の死はトップシークレット誰彼構わず言うものではないのだ。
「もう、ダメだよ。シェパナちゃん。喧嘩しちゃ。クラリム様も神使様も、パン屋を手伝ってくれたことある、仲間なんだから!」
「はぁーい、店長。ごめんなさいね、えーとクラ、クラ、クラリネットさん」
「クラリムだ、このヤロー。わざとね? わざなのよね? おい」
澄ました顔で惚けやがって。
なんだコイツ、私に恨みでもあるのか。
「……この後の行動についてだが、俺とクラリムが先導し、街まで連れて行く」
「待って待って待って、えっ、連れてくの? この一軍を」
「あぁ。ベルーニャはキチンと申請をしたのだろう。なら連れて行っても、なんの問題もないはずだ」
「そりゃ、そうだけど。いやいやいや、このまま連れてって言ったら裏切ったとか思われちゃうでしょ。使者なんだから、この一軍に敵意がないことを伝えて、街に入る許可を貰って、もう一度こっちに戻ってきて」
私の常識的な理論に、嫌そうな顔を浮かべるリンドー。
面倒臭いと言わなくても顔に出ている。
「要は無理矢理押し入らず、向こうから門を開けてくれるような状態にすればいいんだな?」
「まぁ、そうだけど……」
「安心しろ。策はある」
そこはかとない不安を抱えて、私とリンドーを含めた魔王軍は進行を開始した。
◇
ウルメラ。騎士団屯所、執務室。
「団長! 魔王軍が進軍し始めたっす」
「……リンドー、クラリム…………やっぱりアタシが付いて行くべきだったか。いや、アイツらがそう簡単にやられる訳ねェ」
ノックもせずに入って来たバンダナ頭の男の言葉に、椅子に座っていたストーナは立ち上がった。
「まだ距離はある。戦闘の意思があるようなら……いや、なんにせよ街の外に騎士団を配備しなきゃなんねぇみたいだなァ。大事にしたくは無かったが仕方ねぇ。ギルドの連中にも連絡して、急ぎ準備を」
「それが……どうやら、魔王軍を先導しているのはリンドーさんとクラリムさんみたいっす」
「何してんだ、アイツらァ。裏切ったのか、操られてんのか、それとも人質にでもなってんのか?!」
「あと、リンドーさんですが、機械仕掛けの大筒? をこちらに向けながら進軍してるようなんすけど、一体なんなんすかね」
「機械仕掛けの大筒?」
ストーナは、以前見たワイバーンを木っ端微塵にした光を思い出すと、みるみる内に顔を青ざめた。
「待機中の団員に通達。このまま待機だ。誰一人として外に出るんじゃねぇ」
「え? それでいいんすか? もうそろそろ準備しないと……」
「いいんだ! 下手に刺激すれば、街が吹っ飛ぶぞ」
◇
リンドーの作戦。
決戦兵器による脅しの甲斐もあり、魔王軍は何一つ障害なく、そのまま街へ辿り着いたのだが、
「身分証はお持ちですか?」
魔王軍を相手にただ一人、街の外にいた門番。
「貴方も大概ね」
どんな状況だろうが、己が仕事を全うしようとする門番に心の中で賛辞を送った。




