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変な魔法使い、異世界に行く  作者: 八艘宗八
第2章 果汁100%! パン屋と四天王とワイバーン~至高の一品を求めて~編
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11-E 私は卵

 体が吹き飛んでしまうほどの暴風が訪れ、バサバサと羽ばたく翼の音が耳に入る。

 うつ伏せなので、一切見えないが間違いなくワイバーンが訪れていた。


 息を殺し、私は自分が卵であると思い込む。

 そう、私が生まれる前、卵だった時の気持ちに戻って……いや、卵はないな。胎生? いや神なのでもっと違う方法で生みだされたのだろうが、今は卵の中で新たな人生を待つ雛鳥の気持ちを抱く。


 これから先、辛いことが沢山あるだろう。

 これから先、幸せなことが沢山あるだろう。

 どちらも、大変で充実して、人生を終える。


 瞬く星のように一瞬の煌めきが私を待っている。


 体、厳密には着ぐるみを大きな足で鷲掴みにされ、宙へと浮かび上がった。

 徐々に徐々に、地面と離れていく肉体(卵)。


 何かの拍子で落とされたら、昨日食べたシュウマイ擬きのようなミンチになるのだろうが、私は恐怖を殺す。

 卵には感情が必要無いなのだから。


 卵の着ぐるみは優秀なのか、ワイバーンの握力は中に入っているクッションか布の素材で緩和されているので痛くはないのだが、あることに気づいた。


 ——コイツ、デカくね。


 ヒトサイズの(ぬいぐるみ)を片足で掴むワイバーン。

 私の想定している大きさと、ワイバーンのサイズ感が合わない。


 この前に見たワイバーンはヒトより少し一回り大きい程度だったので勝手にソレを想定していたのだが、今更ながら、少し名称が違うことにも気づいた。

 雑兵(ブリッド)でも盾兵(ムルム)でもない。

 アンクーラ・ワイバーン、それがこの巨大な影の名称。


 大丈夫。

 私は卵なので、この親が恐竜サイズと気付いても恐れない。

 ほら、もう、頂上が見えてきた。

 鳩の巣みたいな枝で作られた普通の巣。卵も沢山ある。


「…………降り方聞いてない」


 卵になりきりを解いて、言葉を発した。


 一、上空から放り投げられた場合。ミンチ確定。

 二、押し付ける様に卵を巣に置かれた場合。唯一露出している顔面に枝が突き刺さる。

 三、なんとかしようとして暴れた場合。食われる。


「あれー? これって絶対絶命のピンチって奴?」


 さて、どうしようか。

 バッサバッサと、着地の準備をするワイバーンは着陸態勢に入っている。

 女将さんに助けを求めようとしても、大声を出すのはリスキー。


「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!」


 アンクーラはまだ私(卵)を手離さない。このままだと、二のパターンが私を待ち構える未来。


 卸し金で卸される大根の気持ち


 だったのだが、私の瞳は大柄な女性を捉えた。


「ちょっと痛いが我慢しな、行くよ!」


 女将さんは背負っていた鞄を下ろし、フライパンを構える。

 そして、降りてきたアンクーラの脛目掛け、思い切りフライパンをぶっ叩いた。


 ギェエエエエエエエエエエエ。


 天まで轟かんばかりのアンクーラの悲鳴。

 弱点だったのか、空中で飛び跳ねると、アンクーラは私(卵)を手放した。


「やばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


 死に際のジェットコースターを体感させられた私は、最終的に女将さんのフライパンの上に着地した。


 卵のぬいぐるみのクッション性能が良かったのか、あまり痛くは無かった。

 ただ、


「寿命が……縮む…………神で不死身だけど」


 四、女将さんがアンクーラをフライパンで殴り、痛みで手放した私をフライパンでキャッチする。これが答えとなった。


「時間は無いよ。あたしゃ、アンクーラを引きつけるから、アンタは、そこら辺に落ちてる卵を抱えて逃げな」

「わ、わかったわ!」


 私を下ろした後、再度鞄を背負った女将さんはフライパンを大剣のように構え、家程大きいワイバーン相手に突進していく。


「女将さん、普通にワイバーンと戦おうとしてるけど、街の食堂のおばちゃんが肩書きなのよね……実はワイバーンハンターだったりしない?」


 思った事をぼやきつつ私は、アンクーラから離れるように走り出した。


 足場は鋭い枝でトゲトゲで、まるで針の上を走っている感覚なのだが、着ぐるみの性能が高く、全く痛く無い。


「卵、卵、っと、流石に選ぶ時間は無いわよね…………ちょっと待って」


 卵にも新鮮な見分け方があるとか聞いた事があるな、なんて思っていたけど、そんなどうでも良いことよりも、もっと決定的で致命的な事に気づいた。


(ヒト)サイズの卵を、どうやって抱えて逃げるの?」


 卵になり切って巣に行くという作戦の時に気づくべきだった。

 巣にある卵もそりゃあ、巨大。

 恐竜サイズのワイバーンなら、そりゃ子も巨大。


「こんなの、持てる訳ないじゃない」


 木のように立っている卵を前に、私は膝を突いた。


「女将さん! 無理、こんなに大きいの私には運べないわ!」


 アンクーラの爪攻撃にフライパンでいなしている女将さんの背中に声を掛ける。


 卵の着ぐるみを着ているとか、そういう問題じゃ無い。

 単に筋力不足、ここまで大きなもの、リンドーやストーナでも無理だろう。


「そいつは、まずいねぇ。いくらなんでも、アンクーラに目を付けられた状態で、その卵を背負って山を降りるのは無理ってもんさ」

「それじゃあ! 神の一皿は!」


「諦めるしかないだろうね。こうなってしまった以上、また日を改めるしかないだろうね。ただ、アンクーラも当分警戒を解きはしないだろうから、いつになることやら……」


 どうしようもない事実を前に、体から力が抜ける。


 家を追い出された原因である私の怠慢への贖罪だけではない。

 神の一皿なんて言われる程、美味しい料理を皆んなに食べてほしいと、心から思っていたのだ。

 だからこそ、色々我慢して、巣まで辿り着いたってのに。


「それじゃあ、このまま離脱を……………………えっ、いや、ホントにかい?」

「?」


 アンクーラと戦っている女将さんの、まるで誰かと会話しているような独り言が聞こえてきた。

 そして、次の言葉に私は耳を疑った。


「ここで……神の一皿を作る」


「ど、どういうこと?」

「……卵が持ち帰れないんだったら、この場で作って仕舞えばいい。鞄の中には他の材料も、調理器具も、全部揃っている」


 卵が重くて持って帰れないなら、巣で料理にしてしまい、質量を減らす。

 理には叶っているようで、なんともメチャクチャな方法。


 まるでよく知った男のような発言をした女将さんの表情は何故か困惑していた。


「でもここで作っても、冷めちゃうんじゃ」

「ワイバーンの一種である、アンクーラの卵は、別名不知冷(サメシラズ)とも言われていて、一度火にかけたら唾液に触れるまで保温され続ける」


「だとしても、ここはキッチンでも無ければキャンプ場でもない。ワイバーンを相手しながら料理をするなんて、いくらなんでも危険だって!」

「そうだねぇ。だから」


「あたしが調理中、あんたにはアンクーラを足止めしてもらうことになるねぇ」


「えっ、私が、アレを……止める?」


 女将さんから視線を上に向けると、猛獣よりも凶暴なオオトカゲが目に入った。

 家の如き巨体を支える翼。切れ味の鋭い爪と牙。

 そして何よりも、巣を荒らされたという迸る怒りの叫び。


 敵いっこない。

 常識を携えた冷静に分析する脳が、

 異世界を救ってきた神としての経験が、

 スライムしか倒した事が戦士としての能力が、

 私を動かす全てがそう叫んでいた。


「さぁ、どうする?」


 アンクーラの猛攻を達人のフライパン捌きで対処する女将さん、そんな彼女から信念を問うような視線が、私に突き刺さる。


「やるわ。私が、あのワイバーン……アンクーラを足止めする。だから、女将さん。神の一皿を作って」


 不死身であっても、痛いのは嫌だ。

 その事は変わらない。


 だけど、こんな馬鹿みたいな展開、あの変な魔法使いだったら訳の分からない方法で乗り越える。

 そう思ったら、なんだか勇気が湧いてきたのだ。


「わかった。じっとしてな、服を切る」


 女将さんはアンクーラを弾き飛ばし、私の着ぐるみをどこからか取り出した包丁で裂いた。

 そして、女将さんは背負っていた鞄から何故かハミ出ていた、ある物を取り出して渡してきた。


「あと、これを使いな。その安い盾よりかは幾分かマシだろうよ」

「赤いだけで充分よ」


 手渡されたのは縁に三ツ首の赤い龍の装飾施され、大部分が鏡のように私を映し出す大きな盾。

 それを両手で構え、私はアンクーラに対峙する。


「残念だったわね。貴方が拾ったのは毒卵! それを今から思い知らせてあげるわ!」


 足をガクガクと振るわせ、声高らかに宣言した。

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