11-C アンクーラの卵を求めて、麓
ウルメラの街から一日弱歩いた場所にソレはあった。
ツェトネア山。
人を寄せ付けないような、ゴツゴツとした岩ばかりで構成された岩山。生い茂る緑も川のせせらぎも見られない、白面の肌。
「この山の上に、ワイバーン……なんだっけ? アンクーラ? の巣があるって話だけど……」
登山道はこちら、と書かれた看板の前で、私は高い山を見つめていた。
「やっばい、まだ登ってすらいないけど、来た事後悔しそう」
思っていたよりガッツリ山。
ふわ髪ウェイトレスちゃんに乗せられて来てしまったが、もう少しハイキング的な場所に思っていたので、履いているのも日常生活で使っている普通の靴。
以前、戦闘ポジションを神から戦士にされた際、衣装変更で色々悩んだものだが、踵が高いヒールから低いヒールに変えたことは、不幸中の幸いだ。
「なんだろう。こんなことしなくても、普通に何度も謝ったらストーナ達は許してくれたんじゃ……」
そんな事を思ったが、ちゃんと戦う格好に剣も盾も装備しているので、今更帰るという気持ちにもなれない。
未だにスライムしか倒したことがないので、卵を取る時にワイバーンと戦うことになれば逃げるしかないのだが。
「ん? 誰かいる?」
200メートル、前方。
私と同じように、山を見上げているハイヒールの女性の姿があった。
靴の関係上、私と同じ登山者とは思えないが。
「貴方、どうしたの? 迷子?」
近づき声を掛ける。
迷子だと思ったのは、なんとなくだ。決して、家に送ってあげるという名目で、山登りを中断してもいいと私の心に訴えかけるなんて下心があったワケでは、無い。
その女性は私の声に反応して振り返った。
「……赤白の衣装。ふーん、アナタ、こんな顔だったんだ」
ボソリと、その女性は呟いた。
「ん? どこかで会った事会ったっけ?」
薄い紫色の髪、綺麗な青空のような瞳、ハンバーガーとか頬張れそうにない小さな口。
申し訳ないが、全く見覚えがない。
……というか頭に巻貝付いてるけど、アクセサリーじゃなくて、角………………ま、ま、魔族じゃーん。
やば、攻撃されそうになったらダッシュで逃げよう。
「ごめんなさい。アナタを街で少し見かけたことがあって……ねぇ、今日は濃紺のローブの方は一緒じゃないの?」
攻撃される雰囲気は無さそうだ。
良いヒトっぽそうだし、ここは大人しく、会話を続けよう。
濃紺のローブ、濃紺のローブ……私が知っているのはリンドーしかいない。
「そうだけど……伝言でもあるなら、聞いておこっか?」
「いいえ、必要ないわ。またワタシの方からお声掛けするつもりだから。ワタシ、アナタを頼りたいとは思わないの」
「あぁ、そう」
なんだろう、この少しムカつく感じは。淡々と話しているのだが、煽っているようにも取れる喋り方が、なんとなく癪に障る。
いいえ。私は慈悲の女神なのだから、そんなことで腹を立てない、立てちゃダメ。
「それで、アナタはここで何を?」
「そういう貴方は?」
「……質問を質問で返すなんて、お行儀が悪いのね。いいわ、答えて上げる。ワタシはこの山に仕事で来たの。知ってるかしら? ここにはワイバーンの巣があるの。それもとってもとっても……」
「——知ってるわよ。アンクーラって奴でしょ。私はオムレツを作る為に、その卵を取りに来たの。勿論、仕事で。短期だけどね。ホントよ、嘘じゃ無いから」
思いっきし言葉を被せた。意図的であり、仕事は嘘である。
巻貝角の少女は怒るでもなく、目を見開いた。
「アンクーラの卵を! オムレツに?! あは、あはははっ、そんなことを考えるなんて、なんて、なんて、おバカさんなのかしら」
「バカ…………あっ、もしかして知らないの? その卵で作ったオムレツはね『神の一皿』って言って」
「神ぃぃぃいのヒトサラぁぁぁ? あは、もういい、もういいから。笑かさないで」
「なんだ、コイツ」
失礼な奴だ。
強い強いオーラを放っておらず、ハリセンでもあれば叩き込みたい顔で笑っている。
せめて何かこの顔を刺す一言を。と思っていたのだが、混沌はいつだって気付かぬ内に這い寄ってくる。
ドスドスドス。
それは大きな足音だった。まるでゴリラのような、まるで恐竜のような、巨大生物を思わせる音に恐怖をしながら振り返る。
新手のモンスターが最有力候補だったのだが、大きな言葉が私達を飲み込んだ。
「待たせたね!!」
女性。縦にも横にも大柄。丸太を内蔵しているのでは思える、その立ち姿は熊をも錯覚させる。背には、これまたキャリーバック程の大きな鞄。
そして一番目に入ったのは鉄塊と見間違う大きなフライパン。
特徴しかない女性を前に脳を過ったのは誰? という単語。
思わず、隣にいる巻貝角の少女へと視線を動かす。
「貴方の知り合い?」
「いいえ、こんなヒト、ワタシは知らないわ」
「「誰?」」
何度も頭から足先まで見る。
知らない。知らないのに、この大柄な女性は私達から目を離そうとしない。
「こそこそ話してなんだい。アタシだけ仲間外れにしようっちゃないだろうねぇ。ん? そういえば、一人って聞いてたのに、なんで二人もいるんだい? クラリムってのは?」
「私だけど」
「そっちは?」
「ワタシ? 名を尋ねるのなら自分から名乗るものよ。ワタシの名前は知らないヒトに教えて上げられる程、安っぽい名前ではないの」
コイツ。ほんと、コイツ。
「あたしゃ、『胃袋の盾』のアイギスって言うもんさ」
「誰よ……ん? 『胃袋の盾』、アイギス?」
「さぁて、名乗ったよ。ちゃんと名乗り返して貰おうかね?」
「ワタシはシェパナ=ヲーラ=ロマイア……とあるパン屋で働く、フツウの魔族よ」
「そうかい。よろしく、シェパナ」
「勝手に名前を呼ばないでくれる?」
「そうかい、そうかい、それは悪かったねぇ」
がはは、と豪快に笑う大柄な女性。小生意気な巻貝角の少女への対応が大人だ。
『胃袋の盾』、昨日行った店の名前がそんなのだった気が。ここへ来たのも、そこが原因で、ワイバーンの卵を教えてくれた、ふわ髪ウェイトレスの名前が確か、アイアス。
「あーー! もしかしてアイアスのお母さん? 食堂の女将さんの!」
「なんだい、今頃気づいたのかい」
「もしかして、私の手伝いに? でもどうして?」
「アイアスの奴に起こされたんだよ。ゆっくり寝てたが、ウチに食べに来てくれたお客さんの一家離散の危機と聞いちゃあ、一肌脱ぐしかないだろう? 任せときな、絶品のオムレツ作り、手伝ってやるよ」
大きなフライパンを担ぎながら、私の横を通り過ぎる。
「アイアスのお母さん!」
「あたしのことは女将さんと呼びな」
大きな後ろ姿に涙腺が緩む。
「女将さん!」
「よし、着いておいで」
「はい!」
なんて頼り甲斐のあるヒトなのだろう。この世界に舞い降りてから初めてだ。
「なんだか盛り上がってるみたいね。それじゃあワタシはこれで」
この場の雰囲気に呑まれない方が、若干一名。
「なんだい、アンタも卵が欲しいなら一緒に連れてくればいいのに」
「遠慮しておくわ。ワタシ、群れるのは好きじゃないの。それに一人で出来る簡単なことをヒトに手伝って貰うって、ダサいと思わない?」
「それじゃあ、ご機嫌よう、神クラリム、それと……また会う日まで、お元気で」
巻角の少女は、山へと逆の方向へと去っていった。
「友達じゃなかったのかい?」
「それだけは絶対違うから」
少し話しただけだが、仲良くはなれなさそうだ。
「よぉし」
助っ人の登場で引くに引けなくなったので、美味しいオムレツを手に入れる為、私は気合いを入れ直した。




