10-F 湖で踊る妖精
老人の依頼をより良い形で叶える為、
そして、私達は太陽が頂点に上がってから『黒い妖精』を探し始めた。
のだが。
「見つからなかったぁぁぁぁぁぁぁ!」
『黒い妖精』はもちろん、『妖精』もいなかった。
村で踊る少女に聞き込み、杖を突いた老婆に伝承を聞き、日が落ち切るその瞬間まで怪しいスポットを隅々まで探したが姿形も見ていない。
数多の冒険者達が行ったであろう、行動の軌跡をなぞったようなものだから当然といえば当然なのだが、神の運気を持ってしても、妖精の居場所を察知することも出来なければ、超直感や運気で妖精に出会すこともなかった。
やばい、恥ずかしい。なんか、無理矢理皆んなを引っ張ったのに、何の戦果も上げられないとは。
「そうですか。やはり妖精はいませんでしたか……」
湖が一望出来る大きな窓の真横にある机に向かって座っていた。
モーガンは物悲しそうに窓から、青い月を見つめている。
「ごめんなさい」
「いえ、期日を今日にしたのは私の都合なのです。短い時間で無理を言ってしまい、こちらこそ申し訳ない」
「もう少しだけ時間をくれない? 今日は無理でも明日とか明後日とかには見つかるかもだし。それかまた十年後にも……」
ゆったりと首を振りながら、モーガンは私と横に座るミークの前に飲み物を置いた。
「それは出来ません。私にも色々と都合がありましてね
「……そっか」
「残りのお二人は? 一緒では無いのですか?」
「ふたりとも、じゅんび」
「準備、ですか?」
「ミーク! ……準備、準備、えーと、明日帰るから、その帰り支度とか仕事仲間へのお土産とかの準備? をしているのよ」
余計なことを言いそうになったミークの口を塞ぎながら、嘘を並べる。
「そうですか。村の特産品というよりは、私の畑から採れたオレンジで作ったジュースでも良ければ何瓶か持って帰ってください」
「ありがとう」
モーガンはそう私達に気を遣うと、別の部屋へと去って行った。
ずっとなんでオレンジジュースが出て来るのだろうとは思っていたが、家でオレンジを作っているとは。老後の趣味って奴なのかな。
オレンジジュースに口をつける。
ただ原液を絞って作ったという訳ではなく、砂糖か何か甘い物で飲みやすくしていた。
「リンドー」
ガチャンと扉が開き、リンドーが入ってきた。
最初の計画である、ストーナを妖精に見立て、それをモーガンに誤認させる。その為の準備をしていたのだろう、ローブの裾が少し濡れている。作った筏を湖に下ろした際に水が跳ね返ったというところか。
再チャレンジを却下された今、やれることはもうこれしかない。
私とミークは怪しまれないようにということで、先にモーガンの家に待機していたのだった。
「お帰り、遅かったじゃない。何か問題でもあった?」
リンドーはこの部屋にモーガンがいないのを確認した後、口を開いた。
「少し思うことがあってな。いくつか計画を変更しておいた」
「急ね…………例えば?」
「一つ目、社交的なダンスから村で子ども達が踊っていた動きが活発な踊りに。二つ目、筏を闇に溶け込ませるため表面を炙った。三つ目、顔を隠す為、村で売っていた伝統的な仮面を被って決行。四つ目——」
「ちょっ、ちょちょちょ、何個あるのよ」
「細かいのも合わせれば十個」
「こんな土壇場でそんなに詰め込んだの? 鬼過ぎるでしょ」
「出来るだけ完璧な妖精を生み出す為だ」
「そりゃあ、嘘だってバレないようにってことだろうけど、急に言われて対応出来るの?」
「…………」
その無言はなんだ。
無理矢理、詰め込んだのにストーナを心配しているのか。
そして空の頂点に青い月が上り切った、この瞬間をもって、計画が決行された。
私達は揃って窓から湖を見つめる。
本来なら、筏を漕いで出て来る所をモーガンに見られるわけにはいかないので、モーガンの視線を逸らす役割を私が担っていたのだが、何故かモーガンは別の部屋に移動したので必要がなくなった。
遠くてストーナの様子がハッキリと視認出来ないが、何をしているかは分かるので、モーガンを呼ぶのは、ストーナが踊り始めてからでいいだろう。
そのまま、筏に乗ったストーナが湖の真ん中まで移動するのを待つはずだったのだが。
「あれ? ストーナ、筏使ってなくない?」
私はぼうっと湖を見ていたのだが、その違和感に気づいた。
畔から現れた人影は、ゆったりと湖に入り、膝から下を湖につけ、そのまま移動を始めた。
泳いでいる? いや、そうは見えない。浅い岸辺を歩いているようにゆっくりと移動しているように思える。
「底が見えなかったから、深いと思い込んでたけど、意外と浅いのね。これも変更点?」
「…………」
リンドーは何も答えず、ただじっとその人影を見つめている。
人影は一度も泳ぐことなく、湖の中央まで行くと、体を大きく揺らし踊り始めた。
リンドーが言っていた通り、人影は優雅な舞ではなく、村で子どもが踊っていたような陽気な踊りをし始めた。
ただ。
「あーあ、あれじゃあ、踊ってるってよりかは、ただ水遊びしているだけに見えちゃうわね。どうする? 何かアクシデントがあったのかもしれないし、今日の所は中止して——」
バタン。
大きな物音がした。
私とリンドーは目を合わせ、その音の方へと駆け出した。
扉を開け、目にしたのは口から血を吐いている老人の姿。
「モーガンッッ!!」
リンドーが抱き抱え、私が大きな声で呼びかける。
取ってつけたような展開だと思った。
さっきまで普通に話せていたようなヒトが急に血を吐いて倒れて、気を失っている。
そんなことがあるのか、いや、きっとモーガンがこうなる前兆はあったのだろう。ただ私が気付かなかっただけ。
何度かの呼びかけで、モーガンは目を開けた。
「あはは、すみません。ちょっと目眩がしただけですよ」
そう言いながら、立ちあがろうとしたモーガンの足には力が入っていない。
リンドーは更に力を入れ体を起こし、血を吐きやすい体勢持ち替える。
何度かの咳と共に吐かれる血。
モーガンは吐きたくないと思いながらも、全体力を使い血を外に出しているようだった。
怖い。怖い。
視界が狭まり、動悸が激しくなる。
私はこの死に近づく老人を見て、固まっていた。
神として異世界の案内人として、私は誰よりも死を見てきたはずなのに、私は震えていた。
何が神だ。何が慈悲の女神だ。
神の魔法さえ使えれば、こんな死にかけの病人一人を元気に出来るのに。
何も出来ない。魔法はおろか、医療の知識もない。
何が怖い。私とこの老人には深い繋がりなどないのに。昨日会ったばかりの他人なのに、彼が死ぬことの何が怖い。
分からない。ただ、私は、彼に何もしていない。一つたりとも慈悲を与えられていない。
そうだとすれば私はいったい、何だ。
暗闇の中で落とし物を探すように踠く。
せめて、私がモーガンにして上げられることは。
「…………モーガン、貴方の願いは叶いました。妖精が現れたのです」
震える言葉を抑え、薄い笑みを浮かべる。
「それは本当ですか」
モーガンの瞳に生気が宿り、首は顔を持ち上げる。
私は一歩近づき、床に吐かれた血の上に膝を突き、腕を伸ばす。
「ええ。立ち上がれるなら、窓から外を見てごらんなさい。貴方が言っていたように月に照らされながら踊る妖精の姿が目にできるはずです」
神の力を失った私に出来るのは、どんな不出来な妖精だとしても、それが妖精だと老人に信じ込ませる為に、厳かに神として振る舞うことだけだった。
結局これしかない。
リンドーの作戦を否定しておきながら、結局それに頼る。
その矛盾が私を蝕む。
「ありがとう」
リンドーが肩を貸し、一歩一歩、彼は歩む。大きな願いの光を見るために。
先導していた私は湖を見つめる。
ストーナも異常を悟って待機していたのか、まだ人影は踊っていた。
水を蹴るような、水を叩くような、統一性のない滅茶苦茶な動き。
しかし、アレでは踊りとはいえない。嘘がバレる。心が苦しい。目を逸らしたくなる。
でも私が、アレを妖精にしなければならない。
嘘が唯一、モーガンに希望を見せることが出来るのだから。
「……あぁ、あぁ」
振り返った私が見た老人の瞳は大きな炎が燃えていた。
モーガンはリンドーを押し除け、倒れそうになりながら、何を思ったのか、玄関へと走り、靴も履かずに飛び出した。
「待って、待て、待ってくれ」
叫びながら、湖へと走っていくモーガン。
私とリンドーも飛び出し追うが、追いつかない。彼は必死になって何度転んでもただ前へ進んでいた。先に出ていたミークは人影を見つめるだけでモーガンを止めようともしない。
「やっぱり、あの時の『妖精』も君だったんだね」
モーガンはミークの横を通り過ぎ、湖の中へと入って行った。
「ちょっ、ちょっと待って! 止めないと! リンドー! いない! ミーク手伝って」
私はミークの腕を掴み、水の中へと追いかけようとした。
しかし私の体がみるみる内に水に浸かっていく。
「深い?!」
「あぶない、よ」
私はモーガンを目で追う。
私の瞳が映し出したのは一つの御伽噺。
どんなに進んでも、老人は膝ほどしか濡れていないどころか、湖の水が老人を押すようにゆったりと背中を押し、勢いよく人影へと近づいていったいた。
老人を待ち構える人影にスポットライトのように青い月の光が差し込む。
そこに映し出されたのは、長い銀の髪を流した少女。
「……ストーナじゃない」
ここまで近づくまで気づかなかった。
いつの間に変わったのだろうか。それとも最初から?
私の思考は立て続けに起こる奇跡を前に無理矢理止められた。
少女の前にまで辿り着いた老人は青い光に照らされて少年の姿に変えられたのだ。
「会いたかった。本当に会いたかったんだ、エミリナ」
「わたしもよ、モーガン」
二人の少年少女は抱き合い、少年は少女と共に踊り出した。
「ずっと、ずっと聞きたかったことがある。あの青い月が登る前日の夜、君はどこにいたんだい?」
「なぁに、そんなこと? 気づいてたんじゃないの? 知ってて聞かなかったんだと思ってた」
クスクスと笑う銀髪の少女。
少年は困ったように顔を背ける。
「知らなかったんだよ。君が死んで、妖精のことを思い出すまではずっと」
「あんなに妖精の話をしていたのにね……そうね、私はあの夜の日、湖にいたわ。小さい小舟の上で、ちゃんと妖精っぽい服を着てね。前は有り合わせで作ったから少し不恰好だったけど、今日はちゃんとしてるでしょ」
少女は少年の前で一回転する。
楽しげな少女に対して、少年は顔を曇らせる。
「どうしてそんなことをしたんだ? そんなにオレが君を選ばないかもって思って……」
「あんなにウェネティアに夢中だったのに、それ言う? 誰がどう見てもウェネティアに告白してたわよ」
「じゃあ、やっぱりオレに君を選ばせる為に、キミは夜に湖の上で踊るなんて危ないことを……」
「ばーか、わたしは、あなたが、わたしを選んでくれるって信じてたわよ」
「ならどうして」
「わたし、好きな男は確実に落としたい性格なの。知らなかった?」
少女は満面の笑顔を浮かべると、釣られるように少年はクスリと微笑んだ。
「なんだそれ」
「あなたこそ、その当時のわたしの心配をするのね。どうしてオレとウェネティアの恋を邪魔したんだって言うと思ったのに」
「そんなこと言うもんか。オレは君と一緒になれて、後悔なんて一度もしたことはない」
揺らぐことを知らない瞳のようだった。
言葉と瞳とで思いを告げた少年腕が震え、口からは血が流れ始めた。
「時間ね。会えて嬉しかったわ」
「君を一人で行かせて悪かった。オレももうすぐそっちへ」
「ダメよ。モーガン。あなたにはまだ時間がある。どんなに辛くたって、すぐ来ちゃダメよ」
少女は少年を押し、月の光から追い出した。
すると少年は老人へと姿を戻し、湖は老人を包み、少女から遠ざける。
「待って、待ってくれ」
声は届かない。
少女は体の羽を上下に揺らめかせ、青い月へと昇り始める。
「わたしはいつまでも待ってる」
そして少女は、月の光と重なり合うとその姿を隠したのだった。




