10-D 妖精がいた湖畔
木々が風に吹かれ、青々しい葉が飛ぶ、そんな林に囲まれた湖。
碌な体力が無い者が端から端まで泳ぐとしたら、途中で力尽きてしまいそうなくらい大きな湖の前に立つ一軒家。
これが今回の依頼人、老年の男性モーガンの家。
その家から見えない角度、湖から近い林の中に私達はいた。
「つん、たん、つん、たん、つん、たんたん」
馬車で移動すること一日弱、辿り着いたモーガンが住まう村。
「つん、たん、つん、たん、つん、たんたん」
私は手拍子と声掛けをし、目の前で優雅に踊るのは、お出かけ用私服の金髪の女性。
ストーナが踊っているのは貴族の舞踏会で踊るような優雅さを全面に出した踊り。
私のリズム感とストーナの踊りのジャンルが合わないのか、今ひとつ意味がないように思える。
というか、貴族が踊る奴のテンポ感なんて知らない。
勘でやってるだけ。
「なんなんだコレは! なんでアタシが踊らなきゃいけねぇんだァ!」
少し恥ずかしがりながらも、私のテキトーな手拍子に合わせて踊っていたストーナが吠えた。
確かに、村に着いて早々、リンドーの指示でストーナの踊りをチェックしていたが、今回の依頼内容は『黒い妖精』の捜索であって、踊りを披露するような場面はないはず。
「今までに数多くの冒険者が妖精を探そうとして見つけることが出来なかった。ということは、ここには妖精がいない。しかし依頼人は妖精を見つけて欲しいという、これは決して達成することのない依頼ということになる。ならばどうするか」
リンドーは息を整え、冷ややかに答える。
「こちらで妖精を用意すればいい。奇しくもモーガンの覚えのある妖精姿とストーナが似ていると言うことなら、そのまま利用した方が効率的だ」
「でも、似てるって言っても背丈が全然違うんでしょ。すぐバレるんじゃない?」
「身長が高いというなら、モーガンには遠目で視認させればいい。あの家から、この辺りの水面だと、距離の関係上、顔も見えないし身長が高いというのも分からないだろう。今日の夜まで、ストーナには踊りの練習をしてもらう」
家から見えない位置で隠れて練習しているのはそういう理由か。
そもそも、ストーナは私とリンドーのギルドとは一切関係がなく、今回の依頼達成報酬の頭数にすら入っていない。つまり、騎士団の仕事をほっぽり出して来る必要もない。
それでも来たのは、ただ単純にリンドーに口説かれたからだった。
『ストーナが(依頼達成に)必要なんだ』
『ストーナがいないと何も(依頼達成)出来ない』
『ストーナが来ないなら、依頼は破棄する(依頼達成出来ないから)』
と、裏しかない甘い言葉で翻弄されたストーナはバンダナ頭の騎士に仕事を全て押し付け、依頼に同行した。
チョロい。それで良いのか騎士団長。
因みにミークは、モーガンから、村の特産品が果汁たっぷりのオレンジという話を聞き、それをリンドーに買ってもらう条件で同行した。
ミークの仕事はないので、九割方賑やかしである。
「だがよォ、なにもアタシじゃなくたって良いだろ。それっぽい服を作って、ミークにでも踊らせりゃ、アタシより妖精感増すだろうよォ」
「ミーク」
「うん」
リンドーに促されたミークは踊り始めた。
左右に揺れながら上下左右に腕を振り回す。型に嵌った踊りではなく、ミークの世界にある何か。
それはまるで。
「お遊戯会だったら最高のパフォーマンスね」
「ク、クラリムはどうだ? アタシより小さいだろうがァ」
「そんなに大きくは変わらないじゃない。あと、私は踊りを踊る側じゃなくて奉納される側なの」
「クラリムが踊りという高度な運動を出来ると思うか?」
「……」
「なんで黙るのよ! いいわ、見せてあげる、私の優雅で高貴な神秘の舞踏を見せてあげるわ」
そう言い、私は魂を込めた神の舞踏を披露したのだが。
「……なんで水中でもないのに溺れてるんだ」
「踊ってるのよ!」
とんでもない評価だった。
確かに私も完全独自で、次も同じのを踊れと言われたら無理な奴だけど、そんなに酷くはないだろう。
ストーナは肩を落とし、踊りの練習を続行した。
こっちはともかく、私が疑問を抱えていたのは別のこと。
リンドーが行っている作業のことだ。
「それで、コレは?」
「モーガンは水面で踊る妖精を見たといっていただろう。その状況を演出するための準備だ」
そう言いながら機械のように、淡々と斧を木に当てるリンドー。
まるでベテランの木こりと同じ動きで斧を振るうが、びっくりするぐらい木に刺さってない。木を切り倒す前に、肩が壊れそう。
非力過ぎる。私とどっこいどっこいじゃないのか、この男は。
「それで木を切り倒して……筏でも作るつもり?」
「木の板では狭くて良い踊りが出来ないだろうからな。」
魔法使いなのに、斧で木を切り倒し、紐で縛って筏作りって。
水面を凍らせるとか、そもそも妖精みたいな使い魔を召喚するだとか魔法使いらしい側面も見せて欲しいものだ。
そんなことを口走ったら、神の力でやってみればいいとか言われそうなので言わない。
ミークはリンドーが切り倒しているよこで、ミミックに木に被りつかせ、根本から木を食べていた。もう半分は食べ、木もぐらついているので、こっちの方が早そう。
ストーナもなんだかんだ文句を言いながらも、楽しそうに踊っている。
逃げ道が無くなり、吹っ切れたのだろうが、基本的に体を動かすことが好きなのだろう。
まぁ、嫌いだったら騎士なんかにならないか。
出来るだけ完成された踊りをという注文なので、素人目に見てギクシャクしているだとか、腕が傾いているとかがあれば指摘をしていた。
それから二時間後。
斧を置いたリンドーが近づいてきた。
「クラリム。モーガンの家から飲み物を貰ってこい」
「喉乾いたの?」
「俺ではない」
リンドーの視線は頑張って踊るストーナに向けられる。
「わかった、ちょっと待ってて」
言われてから気づいた。
ストーナはすごく汗を掻いていた。緊急を要する程ではないだろうが、疲れは見える。
騎士服と比べ肩を露出した薄着とはいえ、ずっと踊りっぱなしなのだ。運動量は普通に走るより多いだろう。
泣き言を言わず、踊り続ける忍耐力は見事なものだが、辛いなら辛いと言ってくれないと困る。倒れられてから飲み物を持ってきても遅いのだ。
私はストーナに休憩を促した後、モーガンの家へと向かった。
湖畔を歩く。
風に乗った水辺の涼しさに思わず伸びをしたくなるほどの気持ちよさがあった。
湖の底をチラっとみるが、澄んでいるというよりかは底が見えなかった。
汚くはなさそうなので、よっぽど喉が渇いているなら、これを飲めば良いんじゃないかとも思ったが、きっとリンドーなりの労いの気持ちもあるのだろう。
少し歩き、モーガンの家に辿り着いた。
「ごめんくださーい。モーガン、いるー?」
ノックをするが反応は無い。
依頼の期日が来るまでは家で過ごすと言っていたので、いないはずはない。
聞こえなかったのかなと思い、扉を開け中へと入った。
湖を一望出来る窓があるリビングを進んでいくと、右手にある小さな部屋にモーガンはいた。
何らかの祭壇と思しき場所の中央には、長い銀の髪の束が入った箱が中置かれており、彼はそれに向かい、左胸に手を当て目を閉じていた。
彼は私とは違う宗派なのだろうが、それが故人への祈りだということは分かった。
私は掛ける声を失い、ただ彼の祈りを見つめる。
「先ほどから、木の切る音が聞こえてきますが、いったい何をしていらっしゃるのですか?」
モーガンは振り向かず、そう呟いた。
「…………水の中に妖精がいるかもしれないから、船を作ってるのよ」
「水の中、なるほど、それは盲点でした」
ストーナを妖精に仕立てる作戦がバレてはいけないので、咄嗟に嘘を吐いたが、信じてくれたようだ。
助かったが、完全に嘘なので少し胸が痛い。
祈りを続けるモーガンは、そっと目を開き、髪が入った箱を見つめる。
彼が祈りを捧げる相手は恐らく、彼の妻。
「愛していた?」
興味があった訳でも雰囲気に飲まれた訳でも無いが、気づけばそう尋ねていた。
「ええ、もちろん」
モーガンは微笑みながらそう答えた。
「妻とは、物心ついた頃からこの湖でよく遊んでいましてね。幼馴染というものですかね。妻は気さくで頑張り屋で、一度見たら忘れられないほど可愛らしく、私には勿体無いくらいのヒトでした」
「それじゃあ昔から奥さん一筋だったわけね」
「いえ、それが一度だけ別の恋をしたことがあるんです」
申し訳なさそうに、モーガンは祭壇から目を逸らす。
「それは村の酒場にいた看板娘です。短い髪が印象的だった、少し年上の女性でした」
「貴方、子どもの時に酒場行くってどうなのよ」
「私の父は猟師でして、村の近くの森に入っては獣を狩り、それを捌き、色々な場所に卸していました。ですので、私は父の付き添いとして、子どもでは入れないような場所にも入れたという訳です」
「恐らく初恋でした。何もない日でも、その看板娘に会う為、酒場に顔を出して水を飲む。どんなに暑くても雨が降ろうとも通い続ける。それほど、幼い自分にとっては年上の女性というのは、階段が一段違って見えるくらい魅力的だったのでしょう」
「私の想いに看板娘の少女も気付いたのか、私に良くしてくれました。彼女と仲良くなる一方、幼馴染の少女とは段々と疎遠になりました」
酒場の看板娘に片想いをする少年。
シチュエーション的に叶わぬ恋という程ではないし、下手したらそのままゴールインしてもおかしくない展開。
「ここから良く、奥さんに戻ったわね。フラれたの?」
「ははっ、きっと当時の私なら、フラれたぐらいじゃ諦めないでしょうね」
「違うんだ」
「ええ。実はこの村には一つの言い伝えがありまして、それは、十年に一度、青く輝く満月の夜に愛するヒトに愛を伝えると妖精が恋を叶えてくれるというものでした」
「当たり前ですが、妖精が叶えてくれる恋は一つだけ。二股などあり得ません。本来なら、このまま、看板娘に愛を囁くはずだったんですが、それを阻む問題がありました」
「それは看板娘に会う一年前、幼馴染の少女と交わした約束があったのです。青き月の日に告白をするという口約束が」
「あちゃー。それは……大変ね」
「えぇ、えぇ。それはもう悩みました。青き月が登るその日まで、寝不足が続き何も無い所で転ぶほどです。疎遠になったとはいえ、親友とも言える幼馴染との約束か、当時熱中していた看板娘への恋心か」
そもそも、看板娘が自分よりも若い少年相手に本気になるか微妙な所だが、相手がどう思っているかなど考える暇などなかったのだろう。
周りが見えなくなるほどの燃えるような熱い恋。
約束を守る為に妥協したら一生尾を引き、恋に忠実に約束を破れば、それはそれで尾を引く。
幼いながらも、人生の運命を選ばなければいけない分岐点。
「青い月が登る前日の夜。夜に会う約束をしないといけませんので、この夜が最後の悩める夜でした。私は眠る前に決めてしまおうと、湖畔で月を眺めながら考えていました」
「その時に、湖から物音がし、妖精が現れたのです」
「金の長い髪に黒い蝶の羽を生やした麗しい立ち姿。湖面で踊る妖精の姿は、私の悩みを吹き飛ばし、ただ私の目を釘付けにしました。魚の音で目を離して見失ったのですが、私はより一層眠ることが出来ず、夜だと言うのに村中を探しました。父に見つかりコッテリ怒られるまでずっと」
「そして疲れて眠った私は運命の朝を迎えたのですが、不思議なことに、初恋という名の熱は急に冷え、私は看板娘への興味が失われていたです。そしてそのまま、何一つ悩むことなく、幼馴染の少女と青の月を共に眺め愛を伝え、一生を共にすることになったのです」
ハッピーエンドってことで良いのかな。
実は初恋を奪った妖精に復讐する為に妖精を探してるとかだったら泣けも笑えもしない話だが。
流石に、妖精に会えたら幼馴染の少女と結ばせてくれてありがとう、といったお礼がしたいとかそういうことなのだろう。
「あっ、もしかして、期日が今日の夜までってのは……」
「えぇ、丁度、今日の夜、青の月が上がるのです。十年に一度ですし、私もいつまでも生きられる訳でもありませんからね。見つかるなら今日この日までになるでしょう」
この世界の医療や魔法技術がどこまで進歩しているかは分からないが、病気もなければ悲観する年齢でも無さそうだが、割り切っているのだろうか。
「……が、頑張ってサガシマス」
「そういえば、どうされたのですか? なにか用事があったのでは?」
「あ゛」
飲み物を貰って来るというお使いが、あったような、あったような、あったな。




