9-C 第一次ワイバーン襲来
ウルメラの街北東。
だだっ広い平原を前に、街を背にして待機する。
「報告よりかは少ないな。二十くらいか? 見間違い? いや、遅れてくるかもしれねェ。警戒を怠んじゃねぇぞォ」
「はい!」
「門兵はそのまま配置に戻って、そのまま街への侵入を警戒しろ。射程に入り次第、弓兵、魔法師による遠隔攻撃を開始。盾持ちは弓兵を守りつつ落ちて来たワイバーンの処理を。他は撃ち漏らしへの対処へ……」
まだ少し遠くで旋回するワイバーンの群れを見つめながら、アタシは部下の団員達に指示を飛ばす。
黙ってアタシの話を聞く、真面目な団員達。
その一方、アタシの耳には楽しげな話し声が入ってきた。
「ブリッド・ワイバーン。ドラゴンから分岐した飛竜の一種。トカゲの皮膚、尻尾、ヒトの程の大きさがある翼をはためかせ飛んでいるように見えるが、実際には魔力で巨大な翼を形成し、それを使っているという説が——」
「ふーん、強いの?」
「戦闘初心者が初めて戦う空のモンスターのようだ。対空装備か決戦兵器があれば楽に倒せる」
「そりゃあ、決戦兵器なんか使えば倒せるでしょ」
「よゆー」
「なんでミークが威張ってんのよ」
赤、白、紺の三人組。
「ドーゴン、悪ぃが、ここの指揮を任せてもいいか?」
「は、はい」
漏れ出そうな溜息を喉の奥に押し込み、一番前でアタシの話を聞いていた盾を持った騎士に一言伝え、戦闘準備を進める騎士団員達から離れる。
「よし、弱いなら、私に任せなさい。やっぱりねぇ、せっかく特訓したのに見せ場がないのはおかしいと思うの」
「戦いたくなかったんじゃないのか?」
「戦うのも痛いのも嫌だけど、わざわざ努力したことが無駄になるのは嫌なの! 言っとくけどね、今でも偶に、近場に出るスライムを倒しに行ってるのよ。ふふん、見てなさい、私が慈悲の女神として、この翼竜どもに慈悲を……」
「——なんで、いんだよォ。待ってろっつたよなァ!」
騎士団屯所にいるはずの三人組の前に立って、そう怒鳴った。
「えーだって、待ってるより一緒に戦った方が早くない? っていうか暇。色々漁ったけど、あの部屋何も無くてつまんないもん」
「お菓子、ぜんぶ、無くなった」
「……帰れ」
「一匹だけ! 一匹だけでいいから、私もワイバーン狩りたい! 私は強くなったって見せつけたいの!」
「誰にだよ」
「……自分に?」
「知るか!」
危険度は低いが仮にも街を守る実戦。
そんな場所に共に演習をしていない素人を連れていくなど、危なかっしくてしたくない。
あまり当てにはならないリンドーに視線を向けるが、特に応答は無い。手に持っている図鑑を熱心に読んでいるようだが、もしかしなくてもアレは騎士団の蔵書ではないだろうか。
「お願い!」
「……一匹だけだぞ」
「ありがとう! ストーナ大好き」
クラリムの抱きつきを回避したアタシは三人から離れ、団員達の元に戻った。
少し待っていると、旋回していたワイバーン達は、一斉にウルメラの街目掛け移動し始めた。
分散する事なく、一直線に迫ってくる群れ。
ある程度近づくと、クラリムは手に持っていた石をテキトーに放り、当たった一匹を誘き寄せた。
それを確認した後、アタシは号令を発し、残りのワイバーンと団員達の戦闘を静観する。
主軸となる弓兵五名に遠隔魔法師が一名。遠距離攻撃を行う団員を守る重装盾兵が三名。あとは弓に当たり落下してきたワイバーンを確実に倒したり、ワイバーンの攻撃が一箇所に集中した時に撹乱するといった遊撃剣士が二名。
数としては団員の倍はいるが、連携の出来で圧倒出来る。
正直、こちらは心配していない。毎日、鍛錬に実戦を想定した演習を行なっている。こういった有事の時でも、いつも通り戦えられれば何の憂いもない。
アタシもワイバーン相手に剣を振り回したいのだが、問題はこっち。
「でりゃー」
「ふりゃー」
「とぉー」
飛んでいるワイバーンに対して、ブンブンと剣を振るクラリム(神)。
一振りたりとも当たっていない。
当たらないのは当然、剣が飛んでいるワイバーンに届いていない。剣の長さと相手までの距離を絶望的に測れていない。
以前、自慢げにスライムを一万倒したと話していたが、この調子だとさぞ時間が掛かったことだろう。
「……もういいや、ミーク」
「食べていい?」
「いいわよ。好きにやっちゃって」
「わかった」
五振り目くらいで、クラリムは疲れたように肩を回すと隣で見ていたミークに声を掛けた。
ミークは飛んでいるワイバーンに目を付けた後、視線を切り、ハンマー投げのようにグルングルンと紐で繋がれたミミックを回転させた後、その勢いのまま天へと放り投げる。
中空へと舞ったミミックは、放射状にワイバーンに向かう。
そのまま口を大きく上げるとワイバーンに噛みつき、まるで肉食獣のように牙がワイバーンに突き刺さり、噛むたびにワイバーンの肉体を食い進め、遂にはワイバーンは消滅していた。
「ビューティフォー」
「でりしゃす」
「…………テメェら、なにやってんだ」
一部始終を目にしながら、気づいた時には二人の元に向かってしまっていた。
「正体隠す気あんのかよォ!」
「大丈夫大丈夫。もし見られたとしても、ミミックが空を飛んでワイバーンを食べたって言っても、誰も信じないから」
「テメェは諦めんの早ぇんだよォ」
「苦戦しているようだが、放っておいて問題ないのか?」
いつの間にかミミックを拾いに行き、戻ってきたリンドーが、私の視線を促すように言葉を投げかけた。
「……ッ!!」
大多数のワイバーンの尸の奥、傷を負い倒れている団員と、ワイバーンの攻撃を必死に防いでいる男の姿が。
残りのワイバーン数はたったの一。
しかし、そのワイバーンを見て、理解する。
この状況が陥った原因を。
アタシは後悔を噛み締めながら、防御に徹している団員の元へ駆ける。
クラリム達が、気になって本業が疎かになってしまった。
「ドーゴンッ!! 盾を上に構えろォ!」
「は、はい!」
勢いよく地面を跳躍、そして構えられ得た盾を足場にして更に跳躍。
跳びながら見定めるのは他と色が違うワイバーンの姿。
「ルクメリア騎士剣術『轟断一斬』」
大きな掛け声と共にワイバーンの動きに合わせ、縦に構えた剣をワイバーンの首元目掛け振り下ろした。
大剣がワイバーンを捉え、肉に食い込んだのを感じ取り更に力を乗せる。
大剣の長い刃は振り被りによる体重移動と大剣自体の重さが合わさり、ワイバーンの体を真っ二つに切り裂いた。
着地してすぐ、団員の一人が近づいてきた。
「団長、すみません。油断しました。ブリッドの処理に気を取られ、隙を突かれました」
「ムルムはコイツ一体か……」
地面に転がっているワイバーンとは、また別の種。
ムルム・ワイバーン。ブリッドとは違い、矢や魔法のダメージを軽減する鱗に守られた危険個体。通常、ムルムは群れで行動していた場合、味方の損害を減らす為にだろうが、自ら率先して矢や魔法を受ける盾のような奴である。
「被害は?」
「盾持ち以外は全員、負傷しました。出血していますが、生活に支障を来すような怪我はありません」
「バトレーとロットはどうした、ムルムが出てもあの二人なら対処出来るだろうがァ」
名を上げた遊撃剣士の二人は、ムルムが出てきた場合、囮となり攻撃してきたムルムにカウンターを合わせ、撃破するといった役割もあった。
「それが、二人とも、ムルムが出てくる前に負傷したので戦闘から離脱させていました。奴ら、急に弓兵や魔法師ではなく、二人を狙い始めたんです。それも矢や魔法を受けても、逃げようともせず一心不乱に。私達も遠隔戦闘員を守っていたばかりに、二人へのカバーが遅れてしまいました」
「それじゃあ、なんだ、奴らは自ら進んで捨て駒になるような真似をしたってのか」
いつもとは違う行動パターン。
妙な違和感を感じつつも、戦闘を労い街への帰投を命令しようとしたのだが。
「だ、団長! アレを見えください」
団員の声に釣られ、顔を傾ける。
危険なワイバーンの群れがそこにあった。




